第37話「偽兵士」

 統一暦一二〇九年一月五日。

 ゾルダート帝国中部、リヒトロット市。シャッテンアルノー・レーマー


 皇帝マクシミリアンがリヒトロット市に入った夜、私は部下と共に歓楽街の一画に入った。


「準備はできているか?」


「もちろんだ」


 私の問いかけに頬に大きな傷がある大男が獰猛な笑みを浮かべて頷く。

 この男はこの辺りを縄張りに持つラスゲブ一家ファミーリエの頭、サンドロ・ラスゲブだ。


「だが、間違いないんだろうな。お宝を手に入れたら、皇都から逃がしてくれるというのは」


「間違いない。我々は帝国軍に一泡吹かせるのが目的だ。お前たちが捕まったら意味がない。皇都から確実に逃がしてやる」


 彼の後ろには二十人ほどの男たちが雑然と座っている。佇まいはならず者だが、見た目は異なる。

 彼らは帝国軍第三軍団の装備を身に着けているのだ。


 この装備は一二〇五年のヴェヒターミュンデの戦いで得たもので、帝国軍の正式装備だ。

 マティアス様がこのような状況を想定し、密かに取っておいたものだそうだ。

 私も指揮官用の装備に身を固めている。


「標的はモーリス商会だ。奴らは帝国に協力している悪徳商人だ。それに貴族たちからがめつくせしめ、大量の金品を持っていることが分かっている。それを奪い、皇国軍の軍資金とするのだ」


 私が皇国軍の元指揮官という触れ込みでならず者たちに接触した。ならず者を使う理由だが、あと腐れなく処分できるためだ。


 サンドロたちには、義勇兵は武装解除され監視が付いており、下手に動かせば足が付くから、お前たちを使うのだと言って納得させている。


「お宝の三割が俺たちの取り分でいいんだな。それにこれまでの罪はすべて水に流すと言うのも間違いないな」


「その通りだ。ここにマイヘルベック閣下の署名入りの文書まである。約束通り、これを渡しておく。これで安心しただろう」


 この文書は本物だ。

 但し、リヒトロット市でレジスタンス活動を行った者に対する免罪符であり、彼らに適用されると明記されているものではない。しかし、帝国軍に損害を与えた場合は過去の罪を問わないと記載されており、説得力は十分にある。


「ならいい。それじゃ、いっちょ儲けに行くぞ!」


 ならず者らしい掛け声にこめかみを押さえたくなる。


「お前たちは帝国軍の兵士なのだ。軍隊式にやれとは言わんが、せめてそれらしく見せてくれ。そうでなければ意味がないのだからな」


 そう言ったものの、彼らにできるとは思っていないからあまり期待していない。

 目撃者はこちらで用意するから、不利な情報はあまり出さず、第三軍団であったことを強調する予定だ。


 私はサンドロたちと共に夜の帳が下りた後、巡回を装って歩いていく。

 私の配下のシャッテンが確認したルートを通り、他の帝国軍兵士と出会わないように配慮してある。


「ここで止まれ!」


 サンドロたちに命令を出す。目の前にはモーリス商会の看板があった。

 既に営業は終了しており、店の扉は閉められている。

 私は激しく扉を叩いた。


「帝国軍の者だ! 直ちにここを開けろ!」


 中から若い従業員が不安そうな顔で出てきた。


「どのようなご用件でしょうか?」


「皇国軍の残党が潜伏しているという情報が入った! 中を検めさせてもらう! 行け!」


 最後はサンドロたちに向かって命令を出した。


「やめてください!」


 従業員はそう言って抗議するが、サンドロたちはそのまま中に押し入っていく。


「何事ですか!」


 支店長のルディ・ピーク殿が現れた。


「皇国軍の残党を匿っているだろう。そいつらを引き渡せ」


「そのような者はおりません! 即刻引き上げていただきたい!」


 そう言って扉の前に立つ。


「邪魔をするな!」


 私はそう叫んでピーク殿を殴り倒した。

 私としては同じマティアス様の命令を受ける仲間としてやりたくなかったのだが、ここで殴っておかないと彼が疑われる可能性があるためだ。


「「支店長!」」


 従業員たちが叫ぶが、それを無視して押し入っていく。

 ピークは口元をぬぐいながら、従業員たちに命じた。


「抵抗するな! 間違いだとすぐに分かる!」


 従業員たちはその命令に従い、私に道を譲るが、憎しみを込めた目で私を睨み付けている。


 ピーク殿にこの作戦のことを事前に説明して協力を要請したかったが、マティアス様から彼に伝えずに実行するようにと指示があったため、事前調整はしていない。但し、彼にはマティアス様から別の指示が出ている可能性はある。


「中を検めろ! 怪しい奴はすべて捕らえろ! 証拠の品があるかもしれん。それも押収するのだ!」


 サンドロたちは嬉々として中に押し入り、白金貨などの貨幣や宝石などを袋に詰めていく。


「証拠でも何でもないじゃないか!」


 従業員が抗議してきたので睨み付けると、すぐに黙る。


 サンドロたちは手早く集めて逃げるということを忘れ、財宝集めに夢中になっている。

 二十分ほど経ったところで命令を出す。


「ここにはいないようだ! 次の場所に移るぞ! 急げ!」


 私の命令で彼らも長居することが危険だということを思い出し、慌てて店から出ていく。

 既に人が集まり始めていた。


「次の場所に移るぞ! 急げ!」


 そう言って私が早足で歩き始めると、袋を担いだサンドロたちが付いてくる。その顔はにやけており、その緊張感のなさに頭が痛くなった。


 モーリス商会のあった商業地区の方では騒ぎ声が大きく聞こえており、帝国軍の巡邏隊が到着したと部下が符牒で知らせてきた。


 こちらで用意した目撃者が騒ぎ、帝国軍の兵士がモーリス商会に押し入ったという話を広めているはずだ。


 我々はそのまま裏路地に入り、周囲の目がなくなったところで、サンドロたちに声を掛ける。


「このまま港に向かうぞ! 急げ!」


 帝国軍の巡邏隊をやり過ごしながら、二十分ほどかけて港湾地区に到着した。

 港の警備を行っている指揮官に声を掛ける。


「ダーボルナ城に向かえという命令を受けた。これが命令書だ」


 用意しておいた命令書を渡す。これは偽造したものだが、限りなく本物に近いものだ。


「こんな時間にか? 何があったんだ?」


「こっちが知りたいくらいだよ。いきなり行けと命令されたんだからな」


 そう言って肩を竦める。


「俺たち下っ端は上の都合に振り回されるのが仕事だからな」


 指揮官はそう言いながら命令書を改めるが、すぐにそれを返してきた。


「命令書に問題はない。通っていいぞ」


 まだ騒ぎの話が来ていないため、特に疑われることなかった。

 兵士に扮したならず者たちが袋を抱えているが、私物だと思われたようだ。


「船はあれだ。急いで乗り込むんだ」


 一隻の輸送船を指さす。

 この船はマティアス様が緊急脱出用に準備しておいたもので、乗組員は全員が情報分析室の協力者だ。


 全員が船に乗ったところで出港の合図が出された。


「よくやってくれた! まずは戦利品を確認しよう」


 革袋が次々と置かれていく。

 中には白金貨や大金貨だけでなく、手当たり次第に放り込まれた銅貨まであった。

 ざっと見たところだが、現金だけで百万マルク(日本円で約一億円)は下らない。それに数百個の宝石があり、総額で一千万マルクにはなるだろう。


「宝石類はナブリュックで鑑定してみないと分からないが、ざっと見たところ、君たちの取り分は少なくとも三百万マルク、多ければ五百万を超えることになるだろう」


「そりゃすげぇ!」


「よっしゃ!」


 その言葉にならず者たちが歓声を上げる。


「静かにしてくれ! まだ帝国の勢力圏内から出ていないんだぞ!」


 その言葉で静かになる。


「すまないが、明後日の朝までは船室に隠れていてくれ。そこまでいけば帝国軍も手を出せないからな」


 そう言いながら、船員に目で合図を送る。


「騒がないと約束するなら酒を用意する。下の船室で待っていてくれ」


 酒がもらえると聞き、ならず者たちは下に降りていくが、私はサンドロを止めた。


「臨検の船が出ているらしい。絶対に騒がせるな」


「分かっているぜ。それよりも約束は違えるなよ」


「もちろんだ。マイヘルベック閣下の文書まで渡しているのだ。それにこちらの方が、人数が少ないんだ。裏切りようがないだろう」


 私の言葉にサンドロはニヤリと笑った。


「そうだな。奴らがバカ騒ぎしないように見張っておくぜ」


 そう言って船室に入っていった。


 一時間ほど経ったところで、船室に降りていく。

 船室にはならず者たちが無様に転がっていた。


 遅効性の痺れ薬を酒に仕込んであったのだが、全員が無警戒に飲むとは思っていなかった。もっとも全員が飲まなくとも、私と二人の部下だけで二十人全員を殺すことは容易いので結果は同じだ。


「……てめぇ……う、うらぎり、やがった、な……」


 まだ意識のある者が残っていたようだ。


「裏切った? 最初からの計画通りだよ。帝国軍に捕まらないように皇都から脱出させただろう?」


 全員に止めを刺した後、服の中を検めて身元が割れるようなものがないことを確認する。

 そして、死体を川に放り込んでいく。鎧を身に着けているので、浮かんでくることはないだろう。


 私と部下は小舟で上陸し、再びリヒトロット市に戻っていった。

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