第33話「御前会議での応酬:前編」

 統一暦一二〇八年十一月十四日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 王宮内で御前会議が行われる。開催を提案したのは王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵だが、宮廷書記官長であるミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が反マルクトホーフェン侯爵派を弱体化させるために仕掛けてくる可能性が高い。


 御前会議には国王フォルクマーク十世と軍務卿であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵の他に総参謀長のユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵と私が出席する。


 本来なら宰相であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵も出席するのだが、今日は新たに作られる商業施設の視察のために欠席している。


 宰相はマルクトホーフェン侯爵と対立しているが、いるとややこしくなるため、事前にモーリス商会に視察を計画してもらい、今頃は美女たちの接待を受けているはずだ。一応、御前会議が急遽決まったと連絡しているが、接待を優先することにしたようだ。


 マルクトホーフェン侯爵により開会が宣言されると、ホイジンガー伯爵がリヒトロット皇国の皇都救援作戦の状況を説明した。


「……現状では皇都リヒトロットへの直接的な軍事行動は難しいという結論です。最新の情報では皇王テオドール九世陛下が皇都を放棄する決断をされ、年内にも帝国に引き渡されるのではないかという噂が皇都で流れています。それを踏まえ、今後の方針を提案したいと考えております。では……」


 そこでマルクトホーフェン侯爵が遮った。


「提案の前にすることがあるのではないか? 王国騎士団一万五千を動員しながら、皇都を救援するどころか、帝国領の一都市を占領しただけで軍を進めてすらおらぬ。王国騎士団の怠慢は明らか。信賞必罰の観点からも、その責任の所在を明らかにし、適切な処分を下さねばならん。まずは陛下にその旨を報告すべきだと思うが、騎士団長の見解はいかがか」


 ホイジンガー伯爵は国王に一礼し、謝罪の言葉を述べる。


「大軍を動かしたにもかかわらず、皇都救援という目的を達し得なかったことは小職の力不足。この点について陛下に謝罪いたします」


「うむ。皇国が滅べば、帝国は我が王国に牙を剥く。王国の安全に重大な懸念を残したと言わざるを得ぬ」


 国王がそう言うと、マルクトホーフェン侯爵が再び発言する。


「陛下のお言葉の通り、我が国に大きな危険が迫ることになる。その責任を誰がどう取るのか。それについて明らかにするべきであると小職は考える」


「よいだろうか」


 そこでレベンスブルク侯爵が発言を求めた。

 司会であるマルクトホーフェン侯爵が小さく頷くと、レベンスブルク侯爵が話し始める。


「責任の追及というが、グランツフート共和国軍が派遣されぬ中、王国騎士団だけで戦いを挑めば、倍以上の数の帝国軍に挑むことになる。そのような無謀な行動を起こさなかったことに対し、処罰の対象とするのはいかがなものだろうか。陛下のお考えを聞かせていただきたい」


 国王はその言葉を受け、小さく頷いた。


「レベンスブルク侯の言うことはもっともなことである。倍する帝国軍に戦いを挑むことは蛮勇と言っていい。余は王国騎士団長を処罰する必要は認めぬと考えている」


 国王もマルクトホーフェン侯爵の考えが読めており、レベンスブルク侯爵の言葉に乗った。


「陛下のお言葉ではありますが、それならば共和国軍の派兵が確定した段階で、作戦を発動すればよかっただけのこと。多くの軍費を費やしたにもかかわらず、何ら成果を挙げていないのです。作戦を立案した参謀本部には然るべき罰を与えるべきでしょう」


 標的を参謀本部に定めたようだ。


「成果を挙げていないと言うが、王国騎士団はシュヴァーン河上流で敵の一個軍団三万を相手に二千以上の敵を討ち取っている。それに早期に我が軍が動いたからこそ、皇国は帝国に抵抗できたのだ。共和国が派兵を決めてから動いていたのでは、皇都は既に帝国の手に落ちていただろう。マルクトホーフェン侯爵は現実を見ておらぬのではないか」


 レベンスブルク侯爵が舌鋒鋭く指摘する。


「結果がすべてであろう。確かに帝国軍に多少の損害は与えたが、それが戦局に何ら影響を与えなかったことは事実。皇国のために共和国軍の派兵を待たずに作戦を発動したというが、帝国軍を撤退に追いやることができず、皇都が陥落するのであれば意味がない。そうではありませんかな、陛下?」


 マルクトホーフェン侯爵は国王に同意を求めた。

 国王は目を泳がせながら答えようとするが、その前にホイジンガー伯爵が発言する。


「宮廷書記官長殿の言うことは間違っていない。王国騎士団は皇国救援に失敗した。これは事実である」


 その言葉にマルクトホーフェン侯爵がニンマリとしている。

 ホイジンガー伯爵が武人らしく責任を取ると考えたのだろう。


「しかし、王国騎士団の究極の目的は王国を守ることである。皇国の救援はその手段に過ぎず、ここで兵力を損なうことなく撤退することは王国を守るという目的に合致する。聡明なる陛下であれば、ご理解いただけると思いますが、いかがか」


 ホイジンガー伯爵の迫力ある言葉に国王は思わず頷いた。


「伯爵の言葉はもっともなこと。王国を守る騎士団を損なえば、帝国に対抗する術を失う。余はこの件で参謀本部に罰を与える必要はないと考えている」


「それでは戦うべき時に戦わないことを認める発言とも取れますが、陛下の考えをお聞かせいただきたいですな」


 マルクトホーフェン侯爵はそう言って国王を睨んだ。


「し、しかし……」


 国王が反論しようと口を開いたが、言葉が出てこない。

 そこで私が手を上げた。


「ラウシェンバッハが発言を求めておるぞ」


 国王は安堵の表情を浮かべて私を見ている。

 しかし、マルクトホーフェン侯爵は私を睨み付けた。


「今は陛下と侯爵である私が議論しておるのだ。子爵風情が口を挟むのは不遜だ」


 それでも私は手を上げたまま侯爵を見つめている。


「余が許す。ラウシェンバッハよ、発言せよ」


 国王の言葉に私は恭しく頷く。


「陛下のご厚情に感謝いたします。マルクトホーフェン侯爵閣下のお言葉はごもっともなれど、大局が見えておられないと言わざるを得ません」


 私は微笑みながら煽るように侯爵に視線を送る。


「大局が見えていないとはどういう意味だ? 侯爵たる私に意見するつもりか!」


 マルクトホーフェン侯爵が怒りに任せて怒鳴る。しかし、その目は冷静で、私を委縮させようと声を荒げたことは明白だ。

 侯爵の罵声を無視して国王に向かって話す。


「確かに皇都を失えば、リヒトロット皇国はその国力の五割を失います。ですが、皇都は千年の歴史を誇るリヒトロット皇国の都です。この地を帝国が手に入れたとしても民たちが唯諾々と受け入れるでしょうか? 私はそうは思いません」


「うむ……」


 国王はどう言っていいのか迷うように曖昧な表情だ。


「我が国に当てはめてみれば分かりやすいと思います。グライフトゥルム王国は大陸最古の歴史を誇る国家であり、王都の民はそのことに誇りを持っております。陛下及び王家の方々への忠誠心は他の地域とは比較にならないでしょう」


 そこで国王は大きく頷いた。


「確かにその通りだ!」


「皇都には十万人にも及ぶ民がおります。その者たちが反抗的であれば、帝国も容易には動けません。皇帝が大胆な懐柔策を施しても民たちが帝国の支配を認めるには長い年月がかかるはずです」


「何が言いたいのだ!」


 マルクトホーフェン侯爵が私のペースを乱そうと声を荒げる。


「マルクトホーフェンよ、少し静かにしてくれぬか。余はラウシェンバッハの話が聞きたいのだ」


 国王にそう言われ、侯爵も黙らざるを得ない。


「ありがとうございます」


 そう言って国王に頭を下げた後、話を続ける。


「以前南部鉱山地帯でグレーフェンベルク伯爵閣下が行われた不正規兵による攻撃はご記憶にあるかと思います。あの作戦のお陰で帝国軍の侵攻は十年近く遅れました。皇都リヒトロットで同じことが行われれば、それ以上の時間を稼ぐことは可能であると考えます。参謀本部としましては、万が一皇都救援が叶わなかった時のことを考え、リヒトロットに残る義勇兵への支援について、密かに準備を進めております……」


「そのようなことを考えておったのか……」


 国王が独り言を呟いているが、それを無視して説明を続ける。


「戦略を立てる上で重要なことは一つの作戦に依存することなく、目的を達成する方法を常に準備しておくことです。一の矢が駄目なら二の矢、二の矢が駄目なら三の矢と、次々に手を打っていけば、仮に一の矢で失敗しても目的を達成することは可能になりますので。今回も皇都救援には失敗しましたが、帝国軍の侵攻を遅らせるという目的が完全に失敗したわけではないのです。侯爵閣下はその点を見落とされていると言わざるを得ません」


「そなたの言いたいことは理解した。確かに一度の敗北ですべてが失敗するわけではないな。大きな損害を受けたのであればともかく、次に備えて戦力を温存したのだ。咎めるに値しないことはよく分かった」


 国王はそう言うと、マルクトホーフェン侯爵を見る。


「マルクトホーフェンよ、ラウシェンバッハの申すことはもっともと思うが、卿はどう考えるか」


「陛下のおっしゃる通りかと」


 ここで反論しても無駄だと考えたのか、即座に撤退する。この辺りの判断の速さはさすがだと思う。


「ですが、見逃せない事実がございます」


 そう言って侯爵は笑った。

 まだこれで終わったわけではないようだ。

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