第34話「御前会議での応酬:後編」

 統一暦一二〇八年十一月十四日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。宮廷書記官長ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 リヒトロット皇国救援作戦が失敗に終わると聞き、この機にラウシェンバッハ、軍務卿のレベンスブルク、総参謀長のオーレンドルフのいずれかを排除しようと考えた。


 責任を追及すれば、弁明してくるだろうが、失敗には変わりない。解任までは無理でも、参謀本部と軍務省の権限縮小くらいはできると安易に考えていた。


 もっとも昨夜、腹心たちと対応を協議した際、エルンスト・フォン・ヴィージンガーから難しいと言われている。


『ラウシェンバッハはいろいろと手を打っております。また、今回の作戦も最初から失敗すると考えていた節がございます。他の手を打っているでしょうから、この作戦が成功しなかっただけで責任を問うことは難しいと考えます』


 以前は自信なさげな態度が多かったが、この二年でエルンストも一皮剥けた感じで自信に満ちている。


『失敗する前提の作戦だと言いたいのか?』


『はい。共和国軍が計画通りに派兵されたとしても、帝国軍八万に対して劣勢は否めません。皇国軍が当てにできるならいいですが、水軍のパルマー以外の皇国軍の将に期待することはできません。私が気づいたほどですから、ラウシェンバッハが皇国軍に期待していないことは明らかです』


『確かに見るべき将がいるとは聞かぬが、皇国軍は八万から十万だ。王国と共和国の連合軍が加われば、十五万ほどになる。数で圧倒できるのではないか? そこまで言い切る根拠は何なのだ?』


 エルンストは小さく首を横に振る。


『強大な帝国軍に対し、倍程度で圧倒することは不可能です。根拠ですが、イリス・フォン・ラウシェンバッハが士官学校である課題を出しました。その課題は皇都救援作戦を成功させる戦術を考えろというものですが、その講義で彼女は皇国軍との共同作戦には期待できないと断言していました。つまり、夫であるマティアスも同じ考えであるということです』


 いつの間にかそのような情報も仕入れていたことに驚くが、アイスナーの下で苦労した成果だろう。

 その上でどのようにラウシェンバッハらを嵌めるかを相談した。


 そして今日、御前会議が行われ、エルンストの予想通り皇都救援作戦の失敗だけでは責任が問えなくなった。


 しかし、ここまでは想定内だ。

 そこである事実で攻めることにした。


「皇都リヒトロットにおいて、商人組合ヘンドラーツンフトに属するモーリス商会が皇国貴族から不動産を買い漁っております。そのモーリス商会が不動産を買うようになったのは、ラウシェンバッハ子爵が指示したことだという噂があります」


 私の説明に陛下が首を傾げている。


「それがどうしたというのだ? 商人が不動産を買おうが、ラウシェンバッハが指示しようが関係ない話ではないか」


 陛下は何を言っているのだという顔をしている。


「皇都が帝国の手に落ちなければ、陛下のおっしゃる通りでしょう。ですが、帝国が皇都を手に入れれば、皇都内の不動産は高騰するはずです。子飼いの商人を儲けさせるために、底値で不動産を買い漁らせ、帝国が占領した後に売却する。膨大な利益が上がるはずです。そして、その商人から子爵に利益の一部が還元される。一体どれほどの額になるのか、想像でもできませんな……」


 そこでラウシェンバッハをチラリと見ると、一瞬だけ目を見開いた。

 “千里眼”と言われていても、この話は予想していなかったようだとほくそ笑む。


「ラウシェンバッハ子爵は皇都救援作戦の立案者。その子爵が自らの儲けのために、あえて失敗する作戦を立てたとしたら、これ以上ないほどの背信行為だと言えます」


「それは真か!」


 陛下は驚きのあまり立ち上がり、ラウシェンバッハに視線を向ける。


 この話はエルンストが探ってきたものだが、証拠はない。しかし、ラウシェンバッハ子爵領がモーリス商会の投資によって発展し、商会長の息子二人を預かっている。これらの事実から、ラウシェンバッハを貶めるのに使えると判断したのだ。


「モーリス商会に不動産を買い漁るように示唆したことは事実です」


 ラウシェンバッハは既にいつもの笑みを浮かべた表情に戻っており、あっさりと認めた。そのことに今度は私の方が驚きを隠せなかった。


「マルクトホーフェンが言うように、自らの利益のために皇都を救援しなかったというのか!」


 陛下は裏切られた気分なのか、ラウシェンバッハに罵声を浴びせる。


「いいえ、それは違います。これも帝国に損害を与えるための策の一環であり、私に利益があるわけではありません」


「どういうことなのだ?」


 陛下もラウシェンバッハの表情に余裕があることに気づき、冷静さを取り戻したのか、声のトーンを落とす。


「皇都が陥落した場合、皇国貴族の資産は帝国が没収するでしょう。特に不動産は持って逃げることができませんから、確実に帝国の手に渡ってしまいます」


「確かにそうだが……」


 ここで私はラウシェンバッハが何を言いたいのか理解した。そして、この策が上手くいかないと悟る。


「モーリス商会は帝都ヘルシャーホルストにも支店を持ち、帝国内に多くの投資をしている大手の商会です。更に商人組合ヘンドラーツンフト内でも発言力があり、ヴィントムント市の商人たちへの影響力は計り知れません……」


 モーリス商会は新興の商会だが、組合ツンフト全体の利益になるようにいろいろと動いていると聞いている。中小の商会はもちろん、大手の商会にも影響力は大きい。


「そのモーリス商会から資産である不動産を没収すれば、モーリス商会だけでなく、多くの商会が不安に思い、帝国から撤退するでしょう。そうなれば、帝国の経済は回らなくなります。そのような愚かなことを皇帝マクシミリアンがするはずがありません。そして、帝国は皇都内に不動産を必要としています。つまり、モーリス商会は言い値に近い額で帝国に売ることができるのです」


 ここまで説明して陛下にも理解できたようだ。


「なるほど。帝国がただで手に入れるはずだったものを高く売りつけて、帝国の金を奪うということか……しかし、皇都が陥落することが前提の策ではないか」


「いいえ、それも違います。皇国が皇都を守り抜き、帝国が諦めた場合、皇国貴族が戻ってきますから、適正な価格である以前の相場で売るだけで、モーリス商会には充分な利益は出ます。どちらに転んでも儲けが出る話ですので、快く引き受けてくれました」


「なるほど。帝国に損害を与えるための準備ということだな。見事だ」


「我々にとってはそうですが、モーリス商会にとっては単純に儲けられるから協力したということです。我が国だけに協力する姿勢を見せれば、モーリス商会といえども帝国に潰されてしまいます。商会長のライナルト・モーリス殿は優秀な商人ですから、そのようなリスクを負うことはしないでしょう」


「つまり商人の習性を利用した策だということだな。財務官僚であった私にはよく分かる。彼らを動かすには最適の方法だ」


 総参謀長のオーレンドルフが感心したような表情で呟いていた。

 財務次官であったオーレンドルフの独り言に陛下も納得した表情を見せた。


「マルクトホーフェンよ、この件は問題ないと思うが、この告発を取り下げるつもりはあるか?」


「取り下げさせていただきます」


 そう答えるしかなかった。

 結局、御前会議ではラウシェンバッハらに何らダメージを与えることができなかった。


 苛立つ心を鎮めながら屋敷に戻る。


「首尾はいかがでしたか?」


 エルンストが聞いてきたが、私が憮然とした表情のままであることで結果に気づいたようだ。


「モーリス商会の件は見事に切り返された。そなたはまだ奴に及ばぬということだな」


 私の言葉にエルンストは悔しげな表情を浮かべる。


「だが、奴も一瞬だけだが驚いた表情を見せた。ここまで調べているのかという感じだったな。これからも奴らを排除する策を考えよ。貴様に期待しているのだからな」


「はっ! 必ず弱みを握って見せます」


 そう言うと、エルンストは配下の者たちに指示を出し始めた。


 その様子を見ながら、私は焦りを覚えていた。


(エルンストは多少使えるようになったが、他は全く使えん。ラウシェンバッハとは言わんがもう少し使える者を探さねば、そのうち我らの方が追い込まれてしまうだろう……)


 そんな危惧を抱きながら、私は書斎に入っていった。

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