第29話「仕切り直し」
統一暦一二〇八年十一月八日。
グライフトゥルム王国東部ヴェヒターミュンデ城、城主館。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
私は十一月に入ったところで、リッタートゥルム城からヴェヒターミュンデ城に移動した。
ラザファムの第二騎士団第三連隊も一緒に帰還し、シュヴァーン河上流に残っているのは実弟ヘルマン率いるラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団の斥候部隊だけだ。
私たちがヴェヒターミュンデに戻ってきたのは、総司令官である王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵の命令を受けたからだ。
ホラント・エルレバッハ元帥率いるゾルダート帝国軍第二軍団は未だにリッタートゥルム城の対岸に残っているが、こちらに睨みを利かせるだけで積極的な動きを見せなかった。そのため、ラザファムの連隊では嫌がらせにしかならず、本隊に帰還させ、それに合わせて私も帰還した。
王国騎士団は私が帰還する前に、第二から第四の三個騎士団一万四千名が到着しており、そのうち第三騎士団と第四騎士団が対岸のフェアラートを占領した。
占領といってもフェアラート守備隊は王国軍が渡河した段階で撤退しており、戦闘を行うことなく開城した。また、王国軍もフェアラートの住民とトラブルにならないよう、町の中には入っておらず、占領したという感じは全くない。
私はホイジンガー伯爵の下で今後の計画を練っていたが、本日皇都リヒトロットから皇国水軍の提督、イルミン・パルマーが暗殺されたという報告が入った。
そのことをホイジンガー伯爵と参謀長エルヴィン・フォン・メルテザッカー男爵に報告する。
「先ほど情報部より皇都リヒトロットで皇国水軍のイルミン・パルマー提督が暗殺されたという報告が入りました」
「パルマー提督が暗殺された……まずい状況ですね」
メルテザッカー男爵が憂い顔でそう言い、ホイジンガー伯爵は無言で苦い表情を浮かべている。
「はい。それに加えて皇国水軍のうち、五分の一に当たる二百隻が帝国軍の罠に嵌まり沈められました。幸い、情報部の者が適切に対応したため、皇国上層部の動揺は最小限に抑えられていますが、この状況を打破する方法がありません」
そこでホイジンガー伯爵が発言する。
「第二軍団が居座ったままでは動きが取れぬからか……君が言っていた厄介な状況というのを実感してきたな。ケンプフェルト閣下が動けぬのも痛い」
グランツフート共和国軍の重鎮、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥とその麾下の二万の軍は、レヒト法国に対応するため、派遣が中止された。
そのため、現在王国軍二万のみが動けるだけで、手の打ちようがない。
「ラウシェンバッハ騎士団を使うことはできませんか? グリューン河まで行けば、シュヴァーン河で行ったのと同じように船による奇襲が可能になりますが」
メルテザッカー男爵が提案してくるが、私はそれに頭を振る。
「皇国水軍と連携が取れるか不安があります。それに皇帝マクシミリアンには五万の兵がありますし、補給線も短いですから輜重隊を襲撃する奇襲作戦は難しいですね」
「そうなると皇都の陥落は時間の問題ということか……」
伯爵が目を伏せて呟く。
「私が皇都に行くという手もあります」
「君が行けば帝国軍を撤退に追い込むことができるのなら許可するが、陥落を先延ばしするだけなら認められん」
その言葉に反論できない。
私が皇都に行ったとしても逆転の策はなく、結果を遅らせることしかできないからだ。
唯一の望みは東のシュッツェハーゲン王国が動くことだ。しかし、これまで何度も使者を送っているが、帝国領内に進攻する気が全くなく、手詰まりの状況だ。
「皇都陥落まで王国騎士団はここに留まるしかない。駐留費は掛かるが、同盟国を見捨てるわけにもいかんからな」
「おっしゃる通りです。ですが、フェアラートから第三、第四騎士団を引き揚げさせるべきです。第二軍団が動いた際に万が一取り残されると全滅の恐れがありますから」
今のところ第二軍団の監視に問題はなく、動けば即座に連絡が来るが、悪天候によって浮橋が使えなくなった場合、最悪三日程度足止めされる可能性があるためだ。
単に撤退すると、皇国を見捨てたように見えるため、フェアラートに一個大隊程度を残しておき占領は続けておく。こうしておけば、二個騎士団一万が全滅するリスクを抑えつつ、皇国を見捨てないという姿勢を明らかにできる。
「やむを得まい。だが、単に撤退するだけでは芸がない。何か良い策はないか?」
「そうですね……一旦東に向けて進軍し、夜間に大きく迂回してヴェヒターミュンデに帰還させましょう。その上で王国軍が皇都に向かったという噂を流せば、偵察隊と伝令部隊を大きく損なっている第二軍団が気づく前に皇都攻略部隊に届きます。皇帝も一万程度の兵力で何をするのかと考えるでしょうが、こちらが無謀な策を行う可能性は低いと考えてくれれば、焦らせることが可能です」
第二軍団の偵察隊と伝令はラザファムの連隊と黒獣猟兵団の斥候部隊によって本隊を離れたところで殲滅しており、現状ではほとんど機能していない。
唯一の連絡線は補給路を守る第三師団だ。第三師団の連隊はリッタートゥルムの対岸にいる第一師団とエーデルシュタインを往復しており、それで情報をやり取りしているのだ。
そのため、情報伝達速度は帝国軍とは思えないほど遅い。
また、偵察隊を出せないため、エルレバッハ元帥もフェアラートの現状を掴めておらず、
北公路経由の場合、千キロメートル以上の距離があり、情報が届くのは一ヶ月以上先になる。
皇帝マクシミリアンもエルレバッハ元帥が偵察隊を出せない状況は聞いているだろうし、伝令を送ったとしてもタイムラグが大きすぎることから、自分で対処しなければならないと考えるはずだ。
「惜しむらくは共和国軍がいないことだな。この状況で共和国軍がいれば、本格的に帝国軍を掻き回してやれたのだが」
ホイジンガー伯爵が悔しそうな表情を浮かべている。
「そうですね。三万五千の兵で分散している第二軍団を各個撃破しつつエーデルシュタインに向かうという情報を流せれば、皇帝も危機感を持ったはずですから」
精鋭である帝国軍第二軍団だが、三つの師団に分割配備されている状況では、共和国軍二万と王国軍一万五千の計三万五千で攻め掛かれば勝利することは難しくない。
エルレバッハ元帥なら即座に撤退するだろうが、偵察隊を出せない状況ではその撤退すら難しく、各個撃破は非現実的な話ではないのだ。
「ないものねだりをしても仕方がないな。法国を動かした帝国に軍配が上がったのだからな」
伯爵の言う通り、共和国軍が派遣されなくなったことで、ただでさえ成功の見込みが低かった皇都救援作戦が完全に失敗した。
「皇国のことより王国内の方がきな臭くなってきました。オーレンドルフ閣下からマルクトホーフェン侯爵が王宮内でしきりに動いていると警告がきております」
総参謀長であるユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵は軍務卿であるマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵と軍務次官であるカルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵と共に王国内での不穏な動きに対応してもらうよう依頼してあった。
「マルクトホーフェン侯爵に動きが……具体的にはどのような動きなのだ?」
ホイジンガー伯爵が首を傾げている。侯爵がこのタイミングで動く意味が分からないようだ。
「共和国軍の遠征が中止されたという情報が入った後くらいから、“皇都が奪われれば、その責任は王国騎士団にある”とおっしゃっているようです。特に参謀本部は“大規模な作戦を立案しながら何もできなかったのだから、無用の長物であり、即刻廃止すべき”と主張されているらしいですね」
「何を言っているのだ? 君が計画し実行した策がなければ、皇都は既に陥落しているのだぞ」
そう言って呆れている。
そのため、伯爵に事情を説明することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます