第28話「暗殺後の対応」

 統一暦一二〇八年十月二十四日。

 リヒトロット皇国皇都リヒトロット、皇宮内。情報分析室所属シャッテンアルノー・レーマー


 昨日、護衛対象であったイルミン・パルマー提督が暗殺された。

 油断していたわけではないが、まさかあれほど強引な手段に出てくるとは想像できず、後手に回ってしまった。


 帝国に雇われた暗殺者は“ナハト”であることは分かっており、常時二名の“シャッテン”を張り付かせていた。


 しかし、提督が御前会議に出席した際、皇王テオドール九世が謁見の間に入ってきたところで、エマニュエル・マイヘルベック将軍の副官がパルマー提督に襲い掛かった。


 まさか皇王がいる謁見の間で暴挙に出るとは思っていなかった。しかし、貴族の子息ということで武術の腕も大したことはなかったため、シャッテンが動くまでもなく、皇国が雇っていた“真実の番人ヴァールヴェヒター”の護衛がすぐに取り押さえた。


 あとで分かったことだが、その副官は特殊な薬物で洗脳に近い状態にされていた。そして、その薬物は“ナハト”が使う物に酷似していた。なお、魔導マギを使う洗脳は禁忌だが、薬物による洗脳は三塔盟約に違反しない。


 パルマー提督にシャッテンを集中させた影響で、マイヘルベック将軍の周囲まで目が行き届いていなかったところを突かれたのだ。


 副官を取り押さえた後、警備兵たちが慌ただしく乱入してきた。

 このこと自体は当然の行動なのだが、その中に五名の暗殺者が紛れ込んでいた。副官の襲撃は陽動だったのだ。


 密かに護衛の任に就いていたシャッテンナハトの暗殺者がいることに気づき、警告を発した。その声に“真実の番人ヴァールズーハー”の護衛が反応し、乱戦になる。


 皇王テオドール九世が怯え、宰相や将軍たちが口々に命令を叫び、謁見の間は大混乱に陥った。


 シャッテンたちはその状況が危険であると考え、提督を脱出させようとしたが、敵は更に二名のナハトを投入してきた。


 シャッテン二人がナハトを食い止めていたが、兵士に扮していた敵の工作員が毒を塗った短剣で提督を刺した。


 結局、ナハトの暗殺者二名を倒したが、治癒魔導師の解毒が間に合わず、提督はそのまま息を引き取ってしまう。

 我々“闇の監視者シャッテンヴァッヘ”は任務に失敗した。


 私はこの報告を聞くと、マティアス様にこの情報を届けるべく、すぐに伝令を走らせた。

 更に予めマティアス様に命じられていた通りに行動を開始する。マティアス様はパルマー提督の暗殺は不可避と考えておられ、綿密な計画を我々に託していたのだ。


 私には“グライフトゥルム王国軍情報部大陸中央区統括官”という大層な役職名がある。また、グレーフェンベルク伯爵が直々に派遣した軍師という噂も流しており、皇国軍上層部とコンタクトできるようになっていた。これもマティアス様のご指示だ。


 そのため、すぐにマイヘルベック将軍に面会を申し込んだ。

 将軍は自らの副官が暴挙に出たことで事情聴取を受け、憔悴しているようたが、今回の件と関係あると思ったのか、すぐに会ってくれた。


「パルマー提督が亡くなったことで、帝国軍が更なる罠を仕掛けてくる可能性があります」


 将軍は目を見開くと前のめりになって聞いてきた。


「それはどのようなことじゃ?」


「水軍を出撃させるべく、何らかの動きを見せるはずです。ですが、水軍はパルマー提督を失ったばかり。指揮命令系統が不完全な状態で出撃すれば、敵の罠に嵌まる可能性が高いと考えます」


「あり得ることじゃな。で、儂にどうしろと」


「水軍を半数に分け、皇都に二百五十、ダーボルナ城に二百五十となるように配置していただければ、一度で全滅することは防ぐことができます」


 マティアス様は皇帝マクシミリアンが皇都にある水軍を一網打尽にする策を仕掛けてくるとお考えだった。但し、どのような策までは分からないため、できる限り水軍が生き残るようにすべきだとおっしゃっていた。それに忠実に従うことにしたのだ。


「それでは皇都を守れぬのではないか?」


「今回帝国軍は渡河用の小型艇を一千しか用意しておりません。つまり、ガレー船であれば二百五十隻でも十分に対処できるのです。ですが、万が一水軍が全滅すれば、皇都からの脱出が難しくなります。水軍をできる限り温存すべきだと考えます」


 脱出という言葉に将軍が反応する。


「確かにそうじゃな。陛下に脱出していただくための戦力は確保しておかねばならぬと説明すれば、水軍の連中が反対しようと、陛下がお認め下さるはずじゃ」


 皇王を逃がすためと言っているが、実際には自分が脱出する際のことを考えているはずだ。将軍は既に自身の資産の多くを西部に送り、いつでも皇都を逃げ出せるように準備していた。このことはモーリス商会を通じて確認してある。


 マイヘルベック将軍が皇王を何とか説得し、水軍は二隊に分割された。

 その直後、予想通り帝国が仕掛けてきた。


 帝国軍はパルマー提督の暗殺に成功したと知ると、その夜に渡河用の舟艇を皇都の東二キロメートルの場所に配置した。

 この場所は皇都とイスブルク城の間にあたり、比較的防備の薄い場所だ。


 皇国水軍はパルマー提督の敵討ちと言わんばかりに、その情報が届くとすぐに出撃する。一応、私から警告は発しておいたが、結局無駄になった。


 帝国軍は一千隻の舟艇の半数を焼き討ち船にして、二百五十隻のガレー船のうち、二百隻余りを沈めることに成功した。


 私自身で直接確認したが、帝国軍は“真理の探究者ヴァールズーハー”の通信の魔導具と夜目が利く獣人族セリアンスロープ森人族エルフェを使っているらしく、深夜の襲撃にもかかわらず、的確な動きで皇国水軍を引き込み、焼き討ち船で包囲して殲滅した。


 皇国はガレー船二百隻を失ったが、帝国も渡河用の小型舟艇の半数を失ったことから、すぐに渡河作戦が行われる可能性は低い。恐らく、この事実をもって皇国政府が皇都を明け渡すことを期待しているのだろう。


 皇都に戻ると、すぐにマイヘルベック将軍の下に向かった。

 まだ夜明け前だったが、強引に面会を申し出た。

 将軍は眠そうな目で私を睨む。


「水軍が出撃したことは存じておろう。そのお陰で儂はほとんど寝ておらんのじゃ」


 その言葉を無視して報告を行う。


「正確な情報は後ほど水軍より届くと思いますが、先ほど出撃した水軍のガレー船のうち、約二百隻が敵の焼き討ちで失われました」


「な、何! それは真か!」


「はい。私自身の目で見てまいりました。あと一時間もしないうちに水軍より報告が入ると思いますが、先にご報告しておこうと思い、早朝にもかかわらず、まかり越しました」


「二百隻が……どうすればよいのじゃ? レーマー殿であれば策があるのではないか?」


 不安が強いためか、それまで横柄な口調ではなく、縋るような視線まで送ってくる。


「特に問題はございません。こういうことを想定して水軍を分けたのですから」


「そ、そうじゃな……だが、ダーボルナから水軍を引き揚げさせても三百隻にしかならん。帝国が渡河を狙ってきたら守り切れるのか……」


 この程度のことで狼狽える人物が防衛の最高責任者という事実に笑いたくなるが、真面目な表情を崩すことなく説明する。


「それも問題ございません。帝国は二百隻のガレー船と引き換えに五百艇の渡河用の小型艇を失いました。残りの五百隻では一度に五千人程度しか運べませんから、警戒を緩めさえしなければ危険はありません」


「そうじゃの……うむ。そうじゃ!」


「危険なのはこの敗戦を機に皇都を明け渡して撤退すべきと皇王陛下がお命じになることです。現状ではダーボルナ城は確保できていますし、下流のナブリュックを始めとする都市も敵の手に落ちておりません。弱気になる必要はないのですが、宰相閣下が皇王陛下の不安を煽れば、撤退も止む無しとなりかねません」


 宰相であるアドルフ・クノールシャイト公爵は皇国を裏切り、皇都を帝国に明け渡そうとしている節がある。また、皇王テオドール九世は凡庸な君主であり、命の危険を感じれば、すぐに逃げ出そうとするだろう。


「確かにあり得る。あの者は皇国貴族としての矜持を持たぬからの」


「今回閣下のご英断で水軍を大きく損なうことなく、敵の渡河手段を失わせました。また、閣下の配下であるレーヴェンガルト騎士長がダーボルナ城で勝利を重ねております。既に我が国の状況はお伝えしておりますが、ホイジンガー伯爵率いる王国軍がシュヴァーン河を渡河し、フェアラートを陥落させたという報告が近々入ると思われます。更にシュヴァーン河上流ではラウシェンバッハ参謀次長が帝国軍を翻弄しているという情報も入っております。これらのことを考えれば、貴国の勝利は着実に近づいているのです」


「うむ。その通りじゃ」


 先ほどまでと打って変わって自信に満ちた表情だ。

 これほど操りやすい人物もそうそういないと内心で呆れるが、真面目な表情は崩さない。


「閣下には皇王陛下にお伝えいただき、拙速なご判断をされぬように説得いただきたいと考えております」


「よかろう。グレーフェンベルク殿の右腕であった貴殿がそう言うのであれば間違いない。宰相らの戯言など聞くに及ばぬと陛下に言上しよう」


 いつの間にかグレーフェンベルク伯爵の右腕にされているが、そのことは指摘せず、静かに頷く。


 将軍の屋敷を出るが、皇国上層部の無能さにどこまで皇都を守り切れるのか不安になる。

 そのため、私はマティアス様から依頼されていた謀略の準備を行うべく、モーリス商会に向かった。

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