第27話「暗殺部隊」

 統一暦一二〇八年十月二十三日。

 ゾルダート帝国中部、グリューン河南岸、ムスハイム村。皇帝マクシミリアン


 皇都攻略作戦を開始して四十日ほど経った。

 皇国軍は余の想像以上に頑強に抵抗している。また、グライフトゥルム王国軍も積極的に動き、帝国最西部の都市フェアラートが陥落した。


 エルレバッハ率いる第二軍団はフェアラート奪還には動かず、百キロメートルほど離れたリッタートゥルム城の対岸で王国軍に睨みを利かせているが、伝令部隊を狙い撃ちされているため、不定期にしか情報が入ってこないため、状況を掴めきれていない。


「王国軍もやりますな」


 赤ワインのグラスを持ったヨーゼフ・ペテルセンが微笑んでいる。


「そうだな。特にラウシェンバッハは五千ほどの兵で五倍以上の第二軍団を翻弄している。どうやったらそのようなことができるのか、直接聞いてみたいほどだ」


「それは私も同じですよ。第二軍団からの報告だけでは何が起きているかすら分かりません。研究材料として王国側の証言も欲しいと思っているくらいです」


 その言い方に余も笑みが零れる。

 都市を一つ占領されただけでなく、一個軍団が翻弄されているが、余はもちろん、ペテルセンにも余裕があった。


「それにしてもエルレバッハ元帥は思っていた以上に優秀な方ですな。独断でゴットフリート殿下と交渉し、遊牧民たちが敵対しないという確約を取り付けてくれました。このお陰で我々は皇都攻略に専念できます」


「卿の言う通りだ。兄上なら動かぬと確信していたが、ラウシェンバッハが何をしてくるか分からん状況では必ず不安が残る。それを払拭してくれたことは勲功一位に匹敵する働きだ」


 遊牧民についてはリヒトプレリエ大平原から出ないと確信していたが、エルレバッハからの情報ではラウシェンバッハが南部のドンナー族を懐柔し、協力体制を構築しているとあった。その情報を聞いた時には焦りを覚えたが、こちらが手を打つ前に対処してくれたことは値千金と言っていい。


「そうなると問題は皇国水軍ですな。パルマーはただの船乗りだと思っていましたが、意外に用心深い」


 ペテルセンには我が直属の“オウレ”に水軍提督イルミン・パルマーを暗殺するよう命じたと教えてある。


 パルマー暗殺のために“ナハト”の暗殺者三名とオウレの暗殺者五名を投入しているが、パルマーは暗殺を警戒し、自らの旗艦に篭って隙を見せないため、一ヶ月以上経つのに、未だ成功の知らせが来ない。


「ダーボルナ城も想定外でしたな。ヴェルナー・レーヴェンガルト騎士長があれほどの指揮官だとは諜報局も把握していなかったようです」


 レーヴェンガルトは千人の部隊を率いる騎士長に過ぎないが、先の皇都攻略作戦では我が国の伝令を攻撃し、兄ゴットフリートと部下であったテーリヒェンの軍団を分断した指揮官だ。


 地の利があるとはいえ、兄が育てた伝令部隊を一騎も見逃すことなく排除した能力は侮りがたい。そして今回も、ラウシェンバッハから策を授けられていたのだろうが、ダーボルナ城で指揮を執り、我が軍の策略を着実に防いでいる。


「城兵に紛れ込ませた間者を炙り出す手腕は瞠目に値する。我が配下に加えたいと思ったほどだ」


 ダーボルナ城攻略作戦だが、事前に城兵の中に工作員を紛れ込ませており、タイミングを見て城門を開かせる予定だった。


 しかし、レーヴェンガルトは自らが率いてきた義勇兵と元からいた城兵を組み合わせ、更に義勇兵の中に間者を潜り込ませて、こちらの工作員を炙り出した。

 そのため、ほとんどの工作員が排除されてしまった。


「確かにあの知略と指揮能力は是非ともほしいものですな。こちらの謀略を逆手にとって、城内に引き込んだ後に殲滅するなど、若いが豪胆さも持っておりますからな」


 レーヴェンガルトは謀略が成功したように見せかけて、跳ね橋になっている城門を開いた。そのため、作戦に成功したと喜び勇んで第三軍団の兵はダーボルナ城に飛び込んだが、そこには五千を超える伏兵が待ち構えており、我が軍は二個大隊一千名を失っている。


 この作戦は王国軍がレヒト法国軍に対し、ヴェストエッケで使用した策に似ており、ラウシェンバッハが策を授けた可能性が高いと見ている。


 更にこの勝利を積極的に使い、皇国軍の士気が上げている。その結果、皇都内で高まりつつあった撤退論が一気にしぼんだ。


「敵が優秀であったこともあるが、第三軍団の士気が低いことが気になる。以前ならこの程度の罠に嵌まることはなかったし、嵌ったとしてもあれほど大きく混乱することはなかったはずだ」


 罠に嵌まったことはまあ仕方がないと諦められるが、その後の醜態は目に余るものがあった。退却中に橋の上で味方同士ぶつかり、川に落ちる者が続出している。その数は五十人近くに達していた。


「行軍中もガリアード元帥が直接引き締めねばならんほどでしたからな。訓練計画を見直さねばならないかもしれませんな」


 ペテルセンは戦略家としては優秀だが、兵を指揮したことがないため、こういったことで具体的な対策を考えることは苦手としている。


「皇都攻略後は第四軍団を創設する。それに合わせて引き締めを図れば問題はなかろう」


 皇都攻略後に第四軍団を創設する予定だから、大規模な再編が行われる。その際に引き締めを図ればよいと考えていた。


 第四軍団を創設するのは占領地域の治安維持と、グライフトゥルム王国及びグランツフート共和国への牽制のためだ。


 軍事費が更に増大するが、豊かな皇都リヒトロットとグリューン河中流域を手に入れることで、帝国の国庫は一気に潤うはずだ。最初のうちは税の軽減を行うから税収の増加はそれほどでもないが、五十万人近い人口の増加が見込まれるから問題はない。



 その夜、“オウレ”の指揮官、ジークリンデが余の天幕を訪れた。

 ジークリンデは神霊の末裔エオンナーハの上級魔導師で、建前としては宮廷魔導師として雇っている形だ。


 宮廷魔導師らしいローブ姿の普人族メンシュの女だが、魔導師なので本当に普人族メンシュなのかは不明だ。見た目は三十代半ばくらいの妖艶な美女だが、不思議と色気は感じない。


「イルミン・パルマーの暗殺に成功いたしました」


「よくやった。皇国水軍の様子はどうだ?」


 褒めたもののようやく成功したかという思いが強い。


「混乱しているようです。マイヘルベックも事態を収拾できず、情報統制もできていない状況です。その結果、無責任な憶測が飛び交い、指揮命令系は機能していないものと思われます」


 予想通りの結果に笑みが零れる。


「よろしい。ちなみにこちらの損失はどうだ?」


ナハトが二名、オウレが三名死亡しました。現在動けるナハトは一名となりましたので、新たな標的に向かわせることは控えた方がよろしいでしょう」


ナハトが二人も殺されたのか……王国の手の者か?」


「分かりません。ナハトと互角の能力を持つ護衛が複数いたようです」


 ジークリンデは感情の篭らない声で答える。

 王国の情報部は“叡智の守護者ヴァイスヴァッヘ”と繋がりがあり、“闇の監視者シャッテンヴァッヘ”の間者を多数雇っているという噂がある。


「まあいい。パルマーさえいなくなれば、皇都攻略は成功したも同然だ」


 余がそう言うと、ジークリンデは静かに下がっていく。

 彼女が退出してからベルを鳴らし、近習を呼んだ。


「ペテルセンを呼んでくれ」


 ペテルセンはすぐにやってきた。


「パルマー提督の排除に成功したようですな」


 さすがに察しがいい。


「その通りだ。皇国軍は大きく混乱している。この機を利用し、水軍を殲滅する。焼き討ち作戦を実行する」


「承知いたしました。では、ガリアード元帥に連絡いたします」


 ペテルセンはすぐに自らの副官にガリアードを呼び出すよう命じた。

 ガリアードはすぐにやってきた。


「皇国軍が混乱していると聞きましたが……」


「パルマーが死んだ。この機に皇国水軍を攻撃する。直ちに焼き討ち作戦を決行せよ」


 ガリアードはすぐに事情を理解し、敬礼する。


「ハッ! 敵水軍を殲滅いたします!」


「あとはガリアード、卿に任せよう。吉報が届くことを余が確信していると、兵たちに伝えてくれ」


 ガリアードは余に頭を下げると、戦場に向かった。


 翌日、焼き討ち船による攻撃を行い、皇国水軍のガレー船二百隻を沈めることに成功した。


「思ったより戦果が上がりませんでしたな」


 ペテルセンが憂い顔で話してきた。

 彼の言う通り、本来なら皇都に残っている五百隻のうち、少なくとも六割の三百隻、できれば四百隻は沈めるつもりだったからだ。


「パルマー以外にも優秀な指揮官がいたということだな。まあよい。いずれにしても皇王を始めとする皇国の支配層を追い詰めていくだけだ。水軍が残っている方が逃げやすいと考えてくれるかもしれんしな」


「では、皇国が崩壊するのをじっくりと待ちましょう」


 ペテルセンはそう言って赤ワインのグラスを掲げた。

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