第23話「皇都攻略開始」

 統一暦一二〇八年九月十日。

 ゾルダート帝国中部、グリューン河南岸、ムスハイム村。皇帝マクシミリアン


 リヒトロット皇国の皇都の南約二十キロメートルにある、ムスハイム村に到着した。

 ここを前線基地として皇都攻略作戦を実施する。

 総司令部の天幕の設置が終わったところで、師団長以上による作戦会議を開いた。


 総参謀長のヨーゼフ・ペテルセンが司会役となって口火を切る。

 いつも通り、片手には酒を持っており、今日は暑いからか、ビールのようだ。


「では、作戦会議を始めさせていただきます。既に皆さんもご存じの通り、皇国軍は守りを固めて打って出るつもりがありません。ですが、こちらも無理に攻撃することなく、敵が焦るまでじっくりと待ちます……」


 基本的な戦略は皇国内部の崩壊を待つというものだ。消極的に思えるかもしれないが、無理に攻めても双方に損害が出るだけで、占領後まで考えると旨味が少なすぎる。


「……待つといっても無為に待つわけではありません。最大の障害である皇国水軍のパルマー提督を排除した後、水軍自体にも大きなダメージを与えます。皇王テオドールにとって、水軍が唯一の頼みの綱ですから、パルマー提督を失えば、戦意を喪失することは間違いないでしょう……」


 パルマーの排除は余が直々に行う。我が直属の謀略部隊、“オウレ”には魔導師の塔“神霊の末裔エオンナーハ”の下部組織、“ナハト”の暗殺者と契約させている。“ナハト”側は対象ごとに契約することを望んだが、年間契約という形にした。


 毎回、“塔”を通じて依頼していては時間が掛かり過ぎるし、ノウハウも盗めない。“ナハト”の暗殺者に“オウレ”の者を組ませ、将来的にはナハトに依頼しなくても暗殺が行えるようにしたいと考えている。


 オウレは東方系武術を習得している元諜報局員で構成されているが、数百年の歴史を持つナハトの暗殺者とは実力差がありすぎる。また、彼らが極端に無口で受けた命令以外のことはしないことから、暗殺者として育っているという点では成功とは言い難い。


 当面はナハトの暗殺者を主とせざるを得ないが、教育という点を除けば、能力的には全く問題がないので、作戦の実行に問題が出ることはないだろう。


「……この他にも皇都では様々な噂を流し、皇王及び重臣たちの間に楔を打ち込んでおります。今のところ降伏を主張する者は少ないですが、水軍の敗退をきっかけに皇都を放棄すべきという意見が強くなると考えております……」


 皇国には“徹底抗戦派”と“全面降伏派”、そしてその中間の一旦皇都を放棄して西部で再起を図るべきと主張する“再起派”の三つに分かれている。


 現状では再起派が最も多く、徹底抗戦派と対立している。実際には全面降伏派も多くいるのだが、一戦も交えずに降伏を主張することをためらっており、再起派に属しているように見せている。


 そのため、頼みの綱の水軍を潰すことで、皇都放棄も止む無しという流れを作る。重臣たちの多くは国に殉じるつもりはなく、守りやすく王国との連携がとりやすい西部に向かい、時機を見て降伏を主張するつもりなのだ。


「……水軍は投石器での攻撃だけでなく、罠も張ります。パルマー提督を排除した後、皇都近くに直接渡河すると見せかけます。以前ナブリュックで行ったように焼き討ち船で攻撃を行い、更に失敗に見せかけ、敵を引き込んで殲滅します。パルマーがいれば策に気づくでしょうが、今のところ水軍に警戒すべき人材はおらず、焼き討ちに失敗したと見せかければ、十分に食いついてくると考えています……」


 渡河すると見せかけて焼き討ちする策は、兄ゴットフリートの部下ウーヴェ・ケプラーが使っているから、警戒している可能性は高い。


 しかし、すごすごと逃げ出せば、パルマーに代わる皇国水軍の将は手柄を挙げようと追撃してくるはずだ。そこに隠しておいた焼き討ち船を上流から接近させ、一気に焼き払う。


「……水軍を引きずり出すためには、皇国軍の上層部に危機感を持たせる必要があります。そのためにダーボルナ城に対して攻撃を仕掛けます。ダーボルナ城はご存じの通り、ダーボルナ大橋のみが攻撃点であり、敵は水軍を派遣し、川面上からも攻撃してくるでしょう……」


 ダーボルナ城は皇都から七十キロメートルほど西にある皇国の防衛拠点だ。通常は五千名で守っているが、恐らく更に多くの兵を送り込んでいるはずだ。


 ダーボルナ大橋は全長五百メートル、川面からは三十メートルの高さに架かる巨大な石造りの橋だ。城の手前は十メートルほどが跳ね上げになっており、愚直に攻撃しても突破することは不可能だ。しかし、やりようがないわけではない。


「……現状では水軍を二つに分けていますので、五百隻程度が皇都に配備されていますが、そのうちの百隻程度が派遣され、攻撃に加わるものと考えています。猛攻を加えることで、すべての軍船を投入させ、その上で先ほどの焼き討ち作戦を実行します。この作戦で皇都に配備されている水軍の半数を失えば、皇王が逃げ出す可能性は非常に高いと考えております」


 そこまで説明したところで、ビールをクイッと飲む。

 しかし温かったのか、微妙そうな顔をしてジョッキを見つめていた。その仕草に笑みが零れそうになるが、ぐっと堪える。


「質問してもよいだろうか?」


 第三軍団長のカール・ハインツ・ガリアードが発言を求めた。


「どうぞ」


 ペテルセンが表情を戻して許可する。


「作戦の大筋は理解しているが、王国軍に対する備えは現状でも不要と考えているのだろうか?」


「シュヴァーン河方面はエルレバッハ元帥に任せておけばよいと考えています。王国軍もそろそろヴェヒターミュンデに到着しているでしょうが、共和国軍は要請を受けて動いたとしても、ヴェヒターミュンデまであと二週間は掛かります。そこから渡河したとしても、十月に中旬にしか、ここには到着しません。無論警戒はしますが、現状では拙速に動く必要はないと考えています」


 グランツフート共和国軍に関しては、ペテルセンが提案した謀略によって動けなくなるはずだ。しかし、このことは余とペテルセンに加え、各軍団長と諜報局を管理しているシュテヒルト内務尚書のみが知っている事実であり、この場では濁している。


「しかし、敵には千里眼の異名を持つラウシェンバッハ子爵がいる。思いもよらぬ手で掻き回されることは考えておくべきではないか?」


 ガリアードがラウシェンバッハを警戒するのも無理はない。最新の情報では王国軍はリッタートゥルムから帝国側に渡河しており、その部隊がラウシェンバッハ子飼いの獣人部隊であるためだ。


 詳細は不明だが、ラウシェンバッハ騎士団の獣人兵の実力はグランツフート共和国軍のケンプフェルト直属部隊に匹敵すると言われている。マウラーの下でケンプフェルトの直属部隊と戦ったことがあるガリアードが警戒するのも無理はない。


「それを含めてエルレバッハ元帥が対応してくれるはずです。王国軍が我が国に向けて動員できる最大数は三万です。共和国軍と合流しない限り、脅威にはなりません」


 そこで余が発言する。


「王国と共和国に関してはエルレバッハにすべて任せる。あの者ならラウシェンバッハの策に嵌まることはないし、皇都攻略作戦を支援するために何が必要なのか理解しているからだ。仮に王国と共和国の連合軍が迫ってきても問題はない。ここにいる五万の精鋭で完膚なきまでに叩き潰せばよい。そうすれば、皇国はすぐにでも降伏するだろう」


 最後は大言壮語ではない。

 実際、王国と共和国の連合軍がここまで来てくれた方が余としては助かるのだ。


 このことは、ラウシェンバッハはもちろん、ケンプフェルトも理解しているから、馬鹿正直にここに向かわず、何らかの手を打ってくるだろう。


 余が王国側なら兄ゴットフリートを焚き付けて、遊牧民を動かしつつ、連合軍を進める。連合軍が守りに徹し、遊牧民が機動力を生かして後方から攻撃すれば、我が軍といえども敗北は必至だろう。


 もっとも兄が帝国に弓を引くことは考えられないから、謀略として噂を流すことはあっても、実際に行われる可能性は限りなくゼロだ。


 ガリアードの他にもいくつかの意見が出たが、方針を転換する必要はなかった。


「では、ダーボルナ城攻略はガリアードに任せる。無理に落とす必要はないが、敵を引き付けるよう派手にやってくれ」


「御意」


「第一軍団はこの場で待機しつつ、敵の目を潰す。工兵隊は焼き討ち作戦の準備を行え」


 翌日の九月十一日、我が軍は皇都攻略作戦を開始した。

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