第21話「失態:後編」

 統一暦一二〇八年九月八日。

 ゾルダート帝国南西部、草原地帯、ドンナー族宿営地。帝国軍第二軍団副官エドガー・イェンゼン


 遊牧民のドンナー族の宿営地で、彼らが王国のラウシェンバッハ騎士団と繋がりがあることが判明した。


 また、族長であるスヴェン・ドンナーはラウシェンバッハ騎士団の団長を友と呼び、ゴットフリート殿下に忠誠を誓うと堂々と宣言した。

 私はすぐにでもこの情報を持ち帰るべきだと考えた。


「書簡は確かに渡した。これで任務は終了したから、我々は帰還する」


「この時間に出発するのか? 馬が疲れ切っていると聞いたぞ」


 族長は呆れたような表情を浮かべている。その顔にカチンとくるが、ここにいても暗殺される可能性があると思い、もう一度宣言する。


「任務を終えたので本隊に帰還する」


 族長はやれやれという感じで肩を竦めている。


「草原のことは何も分かっておらんようだが、ここを離れたらすぐに狼の群れに襲われるぞ。夜になれば、奴らは俺たちの家畜を狙って近づいてくるからな。悪いことは言わん。明日の朝まで待て」


 その言葉に反発しそうになったが、確かに疲れた状態で狼に襲われれば食われて死ぬだけだと思い直す。


「配慮に感謝する。では、明日の朝まで厄介になる」


 身の危険を感じたこともあったが、更なる情報収集を行うチャンスだと考えたのだ。

 天幕を出た後、情報収集に当たるが、遊牧民たちは私と会話することを露骨に拒んだ。しかし、私はあることに気づいた。


 帝国軍の騎兵の装備を身に着けている者を見つけたのだ。

 その中には第二軍団の徽章が付けられた物もあり、昨日ラウシェンバッハ騎士団に敗れた大隊の物だと直感する。


 そこで彼らにラウシェンバッハ騎士団のことを聞くと、一人の戦士が機嫌よく教えてくれた。


「あいつらは全員が強者つわものだったな。俺も手合わせしたが、全く歯が立たなかった。凄ぇ奴らだったぜ」


「なるほど。ちなみにそのブーツなんだが、帝国軍の物に似ているが、どこで手に入れたのだ?」


「ヘルマンが俺たちに売ってくれたんだ。奴は気前がよくてな。数百人分の装備を羊三十頭と交換してくれたぜ。話は分かるし、腕も立つ。どこかの騎士様とは大違いだ。ガハハハ!」


 最後は私のことを揶揄してきた。そのため、意趣返しをする。


「我が帝国軍も優秀な兵士が揃っているぞ。実際、ゴットフリート殿下は諸君らと戦い、勝利を収めているのだからな」


「何だと!」


 その戦士は怒りをにじませる。

 更に他の戦士まで加わってきた。


「あれはゴットフリート様が偉大だったからだ! ゴットフリート様が率いぬ帝国軍など簡単に蹴散らせるわ! お前と手合わせして、分からせてやってもいいんだぞ!」


「私は兵士ではないからな。まあ、護衛の者と手合わせすれば、帝国軍の実力を理解できるだろう」


 護衛の兵士はエリート部隊である軍団直属の偵察中隊に属している。情報を持ち帰るために強行突破を行うなど、騎乗での戦いも得意としており、後れを取ることはないだろう。


「いいだろう。今は疲れているようだから言い訳できぬように、明日の朝、万全な状態で手合わせをしてやる」


 その言葉に周囲から声が上がる。


「生意気な奴らを叩きのめしてやれ!」


「俺にも戦わせろ!」


 その声に少し気圧される。


 その後、話を聞こうとするが、相手にされなかった。


「明日の朝、力を示したら話をしてやってもいい。まあ、無理だろうがな」


 ドンナー族を含め、遊牧民は力で物事を解決すると聞いていたが、その通りだったようだ。


 ドンナー族から不味い酒と食事を渡された。

 酒は臭さすぎて口を付けることすらできない。料理も臭みが強い肉を煮込んだもので、空腹という最高の調味料があっても喉を通らなかった。


 そのため、持ってきた干し肉と堅パンで凌ぐ。また、天幕も与えられず、毛布に包まって眠るしかなかった。


 翌朝、朝食を摂った後、戦士たちが集まってきた。


「体調はよさそうだな。で、誰が手合わせしてくれるんだ?」


 私は護衛である二人の兵士に命じた。


「偵察中隊の実力を見せつけてやってくれ」


「命令だからやりますがね。負けても勘弁してくださいよ。俺の知らないところで勝手に決められたんですから」


 兵士たちはそう言った後、やる気がなさそうに木剣を借りて馬に乗る。


 模擬戦が始まったが、あっけないほど簡単に二人の兵士は敗北した。

 馬ですれ違いざまに武器を繰り出すが、相手の槍を躱すことなく、落馬したのだ。


「何をしているんだ! それでも帝国の精鋭か!」


 私が叱責すると、兵士は腰をさすりながら、反抗的な目で睨んでくる。


「遊牧民相手に騎乗戦闘なんて無謀なんですよ! ゴットフリート殿下ですら方陣を作って対応していたんです。そのことを忘れたんですか!」


 兵士の言っていることは間違っていないが、あっさりと負けたことに悔しさが滲む。


「やはり相手にならなかったな。まあ、帝国の兵士にしては馬の乗り方も悪くはなかったし、他の部族の戦士になら勝てたかもしれんが、俺たちドンナー族を相手するには力不足だったな」


「ラウシェンバッハ騎士団の兵士は本当に君たちに勝ったのか?」


「ああ。完敗だった。あいつらは団長のヘルマンを含め、全員が凄腕の戦士だ。お前らも運がないな。あんな奴らと戦わなくちゃならんのだから」


 ラウシェンバッハ騎士団の実力については先発隊の敗戦で分かっていたつもりだが、プライドが高いドンナー族の戦士が認めるほどの実力だと思い知らされた。


 模擬戦が終わったので、本隊に帰還すべく出発する。

 護衛の二人は私のことを避けているが、任務に支障はないので放っておいた。


 出発から三時間ほどで街道に出ることができ、それから四時間ほどで軍団に帰還した。

 すぐに軍団長であるホラント・エルレバッハ元帥閣下に報告に向かった。


■■■


 統一暦一二〇八年九月八日。

 ゾルダート帝国南西部、シュヴァーン河北岸。帝国軍第二軍団長ホラント・エルレバッハ元帥


 副官のエドガー・イェンゼン上級騎士が帰還した。

 そして、ドンナー族について報告を行った。彼はドンナー族が帝国に反旗を翻すのではないかと言ってきた。


「……彼らはラウシェンバッハ騎士団の団長、ヘルマン・フォン・クローゼル男爵を友と呼び、我が軍の装備を格安で譲り受けております。また、皇帝陛下に対して臣従する気はないと公言しただけでなく、終始我が軍を揶揄する発言があり、敵対する意思があると見受けられました。以上です」


 彼の報告を聞き終えた後、頭が痛くなった。

 エドガーは秀才であり、下級指揮官としても優秀だったが、視野が狭く、本質を見抜く能力に欠けていた。


「私はドンナー族と揉め事にならぬようにと出発前に注意したはずだぞ。今回の君の対応は明らかにそれに反している。相手は遊牧民の有力部族の族長だ。そして、今の状況で遊牧民と対立することが危険なことは君も理解していると思ったのだが、私の人選ミスだったようだ」


「そ、それは……」


 私の言葉を聞き、顔が青ざめていく。彼にも私の懸念がようやく理解できたようだ。


「ドンナー族が王国と繋がっていようが、この際問題ではない。無論、彼らが明確に帝国に対して反旗を翻すというのであれば大きな問題だが、彼らが王国に協力してもメリットはないのだ」


「しかし……」


 エドガーが反論しようとしたが、それを無視する。


「今はゴットフリート殿下のことで不満を持っているかもしれないが、彼らが草原から出て戦うことはない。但し、我々に敵意を抱けば別だ。君はそのきっかけを与えたかもしれんのだ」


「ですが、私が接触する前から、ドンナー族が敵対する意思を持っていることは明らかです。そうでなければ、王国軍と取引を行うことはありませんから」


 彼の想像力のなさに、更に頭が痛くなった。


「彼らが敵対するつもりなら、君は生きてここにいない。単純な思考の彼らが敵である帝国軍の士官を生かしておくはずがないからだ」


 そこでエドガーはがっくりと肩を落とした。

 今回のことは完全に私のミスだ。言い含めたつもりだったが、彼に明確な指示を出さなかった私が悪い。


「とりあえず任務に戻れ。いや、まず参謀長を呼んできてくれないか」


 すぐに天幕を出ていき、代わりに参謀長であるカルロス・リンデマンが入ってきた。


「何かありましたか?」


 そこでエドガーの行動について話をする。


「拙いことになりましたな」


「ああ。ラウシェンバッハ騎士団だけでも頭が痛いのに、ドンナー族まで敵に回る可能性が出てきた。今回のことは私の責任だ。ここは私自らが謝罪に行くべきだろうな」


 私の言葉に参謀長が慌てて止める。


「閣下が出向くことは危険です。閣下を失えば、この方面の司令官が不在となり、ラウシェンバッハに付け入る隙を与えることになります」


「確かにそうだが、この状況を放置するわけにもいかんぞ」


 ドンナー族がラウシェンバッハ騎士団と共に我が軍団に襲い掛かってくれば、大きな損害を出すことは間違いない。それに遊牧民たちが立ち上がれば、エーデルシュタイン方面も危機に晒されるからだ。


「私が行きましょう。幸い軍団を三つに分割しましたので、師団規模になっています。万が一私が殺されても作戦の遂行に支障は出ません。それに策があります」


「策? それはどのようなものなのだ?」


「ゴットフリート殿下に会いに行きます。王国軍に協力しないよう要請すれば、殿下がドンナー族を止めてくださるでしょう。あの方は戦友であった帝国軍の兵士が、無為に殺されることを望まれないでしょうから」


 確かに有効な策だ。しかし、リンデマンは懸念も伝えてきた。


「懸念があるとすれば、陛下に無断でゴットフリート殿下と連絡を取ることです。謀反の疑いを掛けられかねません」


「その心配はあるまい。陛下も遊牧民対策が重要であることは理解されている。それに誰かが讒言したとしても、ラウシェンバッハの謀略の可能性を疑われるはずだ」


「そうですね。では、一個小隊と荷馬車一輌をお借りします。ドンナー族の族長は五十人以下と言っていましたので、二十人なら豪胆だと思ってくれるでしょうし、荷馬車一杯の贈り物を持っていけば、吝嗇と思われることもないでしょうから」


 さすがによく分かっていると安堵する。


「すまんがよろしく頼む」


 こうして、私はリンデマンを草原に向かわせることにした。

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