第19話「初戦の結果と考察」

 統一暦一二〇八年九月八日。

 グライフトゥルム王国南東部、シュヴァーン河ガレー船上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 ゾルダート帝国第二軍団に対する作戦の第一段階は成功に終わった。

 第二軍団の先発隊を罠に嵌めて勝利したが、勝ったことよりもこちらの戦力を過大評価するように誘導できたことが大きい。


 今回の作戦では、ラザファムの第二騎士団第三連隊とヘルマンのラウシェンバッハ騎士団の団長直属大隊、そして黒獣猟兵団の斥候隊を投入している。そのうち、前線で戦ったのはラウシェンバッハ騎士団と黒獣猟兵団で、第三連隊はほとんど戦っていない。


 また、突撃してきた敵はすべて止めを刺し、我が軍の兵士を近くで見た帝国軍兵士は一人も生かしておかなかった。


 これにより特徴的な獣人族の印象が強くなり、千五百名全員が獣人という印象を受けたはずで、ラウシェンバッハ騎士団四千五百人の全てが草原に入った可能性が高いと帝国軍の首脳は考える。過小評価するより過大評価の方が、リスクが少ないためだ。


 そのこともあり、今日までは一個軍団で行軍していたが、軍団を師団単位に分割し、第二師団は東に戻り始めている。


 恐らく皇都攻略作戦の後方支援基地であるエーデルシュタインを守るための行動だろう。更に第三師団もその場に留まり、連隊単位で行動を開始している。これは補給線を守るためだ。


 また、草原の民であるドンナー族が我が国と繋がりがあるのではと疑い始めている。

 第一師団から三騎の騎兵が北に向かったという報告が入ったから、確認のための使者を派遣したのだろう。


 ガレー船の甲板から川面を見つめながら涼んでいると、ヴェヒターミュンデ騎士団の参謀長、ルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵が話し掛けてきた。


「一応上手くいっていると思ってよいのかな」


「第一段階は成功ですが、この先が難しいですね」


 男爵の後ろにいた参謀のフリッツ・ヒラーが聞いてきた。


「どういったところが難しいんですか?」


「エルレバッハ元帥は軍団を三つに分けた。第一師団はそのまま進軍、第二師団はエーデルシュタインに向かい、第三師団は補給線の確保と手堅い対応をしてきている。エルレバッハ元帥を焦らせるという我々の最大の目的は未だに達成できず、更に難しくなったということだね」


「リッタートゥルムに一個師団一万なら、ヴェヒターミュンデから渡河すれば、さすがに危機感を持つのではないかな」


 キルマイヤー男爵がそう言ってきたが、私はそれを否定する。


「それは逆ですね。王国軍が渡河したとしても、皇都に向けて進軍できません。進軍すれば、渡河地点を奪われてしまいますから。つまり敵は一万の兵で対応できると見切ったのです。それよりも自らの補給線を維持し、リッタートゥルム付近に長期間駐留できる体制を確立することを選びました」


 帝国の軍人なら王国軍と正面切って戦うと思ったのだが、皇都攻略作戦を成功させるという目的のために、王国軍を釘付けにする作戦に切り替えた。


 これは皇帝率いる皇都攻略部隊の後方を、草原側から進入したラウシェンバッハ騎士団や遊牧民が撹乱することを防ぐことを重視した結果だろう。


 恐らく王国騎士団が渡河しリッタートゥルム方面に向かったとしても、帝国軍の方が機動力はあるし偵察隊も優秀だから、第二軍団は戦端を開くことなく撤退するだろう。


 王国騎士団が追撃すれば、皇都救援は達成できないし、放置すれば補給線を脅かされるから動けない。王国としては打つ手がなくなるということだ。


「つまり、我々が何とかしなければ、皇都攻略作戦の妨害ができなくなったということかね」


「そうなります。ですが、我々の方には決め手となる策がありません」


 男爵に私がそう答えると、フリッツが驚きの表情を見せる。


「マティアス先輩でも策がないのですか?」


「嫌がらせならいくらでもできるんだけど、エルレバッハ元帥に危機感を持たせることは恐らく不可能だね。相手を皇帝に切り替えた方がいいかもしれないと思い始めているところだよ」


「皇帝ですか! ここから五百キロ以上離れた皇帝に謀略を仕掛けると……」


 目が点になっている。


「問題はその距離なんだ。準備期間が少なすぎて成功率は低いし、仮に上手くいったとしても、皇都が陥落した後なら意味がないからね」


 今回の戦いでラウシェンバッハ騎士団が思った以上に使えることが分かった。また、草原の民とよい関係を結べたことから、リヒトプレリエ大平原を縦断し、皇都攻略部隊とエーデルシュタインの間を遮断することを考えた。


 獣人たちの移動速度なら七日ほどで大草原を抜けることができるが、作戦を立案するための情報収集を考えると、最短でも三週間は必要だ。皇帝が無理な攻撃を行うとは思わないが、後方に不安があると考えれば、強引に攻略を進める可能性があり、逆効果になりかねない。


「今できることは、ホイジンガー閣下から皇国軍に希望を捨てるなと書簡を送ってもらうくらいしかない」


 実際には皇都リヒトロットに潜入しているシャッテンから、イルミン・パルマー提督とヴェルナー・レーヴェンガルト騎士長に策を授けて、守りに徹してもらうつもりだが、シャッテンの存在は極秘であるため、この場では口にしない。


 こういった状況になると、イリスの存在がいかに大きかったかを実感する。彼女となら極秘情報も含めて相談できるし、新たなアイデアを出してもらえるからだ。


「いずれにしてもやれることをやるだけです」


 そう言って笑みを作った。


■■■


 統一暦一二〇八年九月八日。

 ゾルダート帝国南西部、シュヴァーン河北岸草原地帯。ヘルマン・フォン・クローゼル男爵


 私の騎士団長としての初陣は、勝利で終わった。

 もっとも団長と言っても指揮していたのは一個大隊に過ぎないし、兄マティアスから随時入る指示に従っただけだ。


 それでも獣人族セリアンスロープの兵士たちから戦死者を出すことなく、完璧な勝利を得たことは自信に繋がっている。


「我々はこの後西に向かうが、ヘルマンは東だな」


 ラザファムさんが話し掛けてきた。

 私たちラウシェンバッハ騎士団はここから少し東に行き、敵の輜重隊に攻撃を掛ける。


 一方、ラザファムさんの連隊はシュヴァーン河を使い、リッタートゥルム近くまで移動して、敵の伝令部隊を潰す。これはラウシェンバッハ騎士団の他に王国騎士団が潜んでいるという認識をエルレバッハ元帥に植え付けるためだ。


「そうですね。当面は単独行動ですから少し不安ですよ」


 兄はラザファムさんたちに指示を送るため、西に戻る。そちらの方がギリギリの判断を求められるからだ。


 私の方は帝国軍の輜重隊に襲撃を掛ける作戦に移るが、襲撃は深夜であるため、現地での判断が重視され、兄が指示を出す必要性は低い。


 現地での指揮は夜目が利く大隊長のカイ・ヤークトフントが執ることになるから、私が直接指揮を執ることはないが、作戦の実行を決めるのは団長である私であり、その責任が重いと感じていた。


「お前なら大丈夫だ。判断力はあるし、目的を見失うこともないからな」


 そう言ってハルトさんが私の肩を軽く叩く。


「ハルトさんにそう言ってもらえると、少しだけ自信が出てきましたよ」


 二人とも私が不安に思っていることに気づき、話し掛けてくれたようだ。


「君には信頼できる部下がいる。それもマティが直々に育てた精鋭がだ。彼らの意見に耳を傾ければ、失敗することはない」


「その点は私も同感ですよ。クルトたちがいなかったら兄に泣きついていたと思います」


 私の泣き言をハルトさんが豪快に笑い飛ばす。


「ハハハハハ! それだけ言えるなら問題はないな。だが、無理は絶対にするなよ。お前に何かあれば、若い嫁さんが泣くことになる。それだけじゃなく、王国の未来にも影を落とすことになるんだからな」


「妻が泣くことはともかく、王国の未来に影を落とすというのは大袈裟すぎますよ」


 私が笑うと、ラザファムさんが真面目な顔で否定する。


「そうでもない。今回の戦いでラウシェンバッハ騎士団の価値が非常に高いことが分かった。だから、マティも予定になかったこの作戦を君に任せたんだ。そして我々にとっても、君と獣人たちは切り札なんだ。帝国や法国に対してだけじゃなく、国内に対してもな。そのことは忘れるな」


 その高い評価に身が引き締まる。


「分かりました。安全第一でいきます」


「では、一ヶ月後に美味い酒を一緒に飲もう!」


 ハルトさんがそう言って右手を出してきた。

 私がその手を取ると、ラザファムさんもその上に右手を置く。


 私たちはそこで別れ、それぞれの作戦を開始した。

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