第18話「第二軍団の対応」

 統一暦一二〇八年九月七日。

 ゾルダート帝国南西部、シュヴァーン河北岸。帝国軍第二軍団ホラント・エルレバッハ元帥


 先発させた軽騎兵大隊が敗北した。

 敗北自体はそれほど意外なことではない。ラウシェンバッハが何らかの手を打ってくることは分かっており、大隊規模の損失で済んだことが幸運だったと思っているくらいだ。


 問題なのは、ラウシェンバッハ騎士団が帝国領に侵入していることに加え、ラウシェンバッハ本人が指揮を執っている可能性が高いことだ。


 その根拠だが、ラウシェンバッハ騎士団の実力は予想通りだったものの、その動きが異常過ぎることだ。


 大隊長であるカルヒャー上級騎士は、巧みに兵を動かされた結果だと報告してきたが、こちらの位置を数時間以上前から把握し、伏兵を的確に配置していたからこそできたことだ。


 あの恐るべき洞察力無くして、全くの時間差なしに後方や側方に兵を回すことは不可能だろう。

 ラウシェンバッハ本人が作戦を考え、実弟であるクローゼルが命令通りに動いたのだ。


 そう考えると、ラウシェンバッハ騎士団と遊牧民であるドンナー族と繋がっている可能性があるという情報は大きな意味を持つ。


 ラウシェンバッハ騎士団は四千五百人と聞くが、ドンナー族は一万人以上いる。そのうち、戦士となり得るのは五千程度だが、リヒトプレリエ大平原南部には彼らと友好関係にある部族が多数ある。


 その友好部族がどれほどいるかは分からないが、最悪の場合、二万程度の戦士が集まる可能性がある。


 獣人族と遊牧民という圧倒的な機動力を持つ数万の兵に、“千里眼”と呼ばれる洞察力が加わるのだ。

 その脅威度は十万の兵に匹敵するだろう。


 野営地に到着した後、私は師団長たちを集めて、作戦会議を行うことにした。

 集まったのは第一師団長クヌート・グラーフェ、第二師団長ヤン・フェリックス・フィッシャー、第三師団長アウグスト・キューネル、参謀長カルロス・リンデマンだ。

 この他に私の副官であるエドガー・イェンゼンが後ろに控えている。


「既に知っていると思うが、王国軍が本格的に動き始めた。獣人族セリアンスロープ主体のラウシェンバッハ騎士団が帝国領に入っていることは間違いなく、草原側に入り込み、我々の後方を脅かそうとしている可能性が高い」


 私の説明に参謀長のリンデマンが補足する。


「ラウシェンバッハ騎士団は少なくとも一千五百人。また、遊牧民であるドンナー族も王国に関与している可能性が高いと思われます」


 ドンナー族の話が出たところで、師団長たちが息を呑む。

 ゴットフリート殿下を放逐したマクシミリアン陛下に対し、遊牧民たちがよい感情を持っていないことは明らかであり、十万人とも言われる優秀な軽騎兵が敵に回る可能性に思い至ったからだ。


「とりあえず、遊牧民のことは置いておき、ラウシェンバッハ騎士団への対応について協議したい。私としては一個師団で補給線を確保しつつ、残りは早急にリッタートゥルム付近に向かうべきだと考えている。グラーフェ将軍、何か意見はないか」


 グラーフェは小柄ながらも引き締まった身体つきの猛将だ。騎兵を使った戦いを得意とし、突撃や追撃では絶大な威力を誇る。性格的にもその戦術と同じく豪放で、私とは正反対であることから、直属となる第一師団長に抜擢した。


「元帥閣下のお考えは否定しませんが、千五百という数が微妙ですな。情報ではラウシェンバッハ騎士団の戦闘部隊の定員は四千五百、残りの三千がどこにいるのかが重要でしょう。常識通り補給線を狙ってくるなら一個師団で十分ですが、エーデルシュタインにまで進出されたら厄介です」


 その問いにリンデマンが答える。


「偵察隊を四方に派遣し探っておりますが、今のところ痕跡すら見つかりません。国境警備隊が排除されたのは二週間前の八月二十二日。彼らの進軍速度は異常に速いということを考えると、既にエーデルシュタイン付近に到達している可能性は否定できません」


 そこで第二師団長であるフィッシャーが発言する。


「遊牧民と関係があるなら、大きく迂回している可能性があるのではありませんかな? 彼らの支援を受けているなら、補給の問題も解決しますし、退避場所も確保できます。私ならエーデルシュタインまで進出し、機動力を生かして後方を撹乱しますな」


 フィッシャーは私が師団長だった時の参謀長だった男だ。ひょろりと背が高く、文官のような見た目で、実際事務処理能力も高い。緻密な頭脳で隙を作らず、手堅い指揮を執る指揮官だ。


「フィッシャー将軍の意見は可能性としては大いにあると思っている。マティアス・フォン・ラウシェンバッハが指揮を執っている可能性が高く、彼なら遊牧民を取り込んでいてもおかしくはないからだ」


「それならば、まずドンナー族を調べるべきではありませんか? 彼らが関与しているなら、ラウシェンバッハ騎士団だけでなく、十万とも二十万とも言われる遊牧民の全部族が敵に回る可能性があります。皇都攻略作戦への影響も考えねばなりません」


 私はフィッシャーの言葉に頷いた。


「その点が一番気になっているところだ。だが、ラウシェンバッハは情報操作の達人だ。我々に情報を与え、エーデルシュタインに意識を向けさせている可能性は否定できん。その点が最も気になっている」


「確かにその可能性はありますな」


 第三師団長のキューネルが重々しく頷く。


 剣闘士のようながっしりと身体つきの将だが、見た目に反して攻守のバランスが取れた良将だ。マクシミリアン陛下とゴットフリート殿下の双方に師団長として仕えながら、疑われることなく、師団長の地位にある誠実な人物でもある。


「遊牧民を直接的な脅威と考えなければ、敵は多くて四千五百。一個師団で十分に対応できます。軍団を師団単位に分離し、エーデルシュタイン方面も対処できるようにすべきでしょう」


 キューネルの案は常識的なもので、他の師団長は頷いている。

 しかし、私はすぐに頷けなかった。


「ラウシェンバッハが戦力の分散を狙っている可能性がある。エーデルシュタインに一個師団を向けさせ、更に補給線の維持のために戦力を割けば、リッタートゥルム及びヴェヒターミュンデに一個師団強しか回せなくなる。万が一、共和国軍が出陣してきた場合、渡河を阻止できなくなるのだ」


 グランツフート共和国軍はペテルセン総参謀長の策によって、共和国から動けなくなっているはずだが、ラウシェンバッハがそれに対応できていないという確証がない。


 千里眼の異名を持つ男なら、法国に対して謀略を仕掛け、共和国に関与できないようにしていてもおかしくはないからだ。


「その点は問題ないでしょう。共和国軍が出陣したとしても、我々がリッタートゥルム付近に布陣しているなら、補給線を維持するために多くの戦力を割かなければなりません。仮に共和国軍二万、王国軍三万としても、皇都に向かえるのは三万程度。陛下の戦力であれば、十分対応できます。それよりもラウシェンバッハがこれ以上暗躍できないよう、十分な戦力で抑え込むことの方が重要だと愚考します」


 フィッシャーの言葉に目から鱗が落ちる。


「確かにフィッシャー将軍の言う通りだな。ここで逡巡し、中途半端な対応をさせることが、ラウシェンバッハの策なのだろう。知らず知らずのうちに奴の術中に嵌っていたようだ。我々の戦略目的は皇都攻略作戦に横槍を入れさせないこと。そのためにはエーデルシュタイン方面で騒動を起こさせないことと、敵が補給線である渡河地点を守らざるを得ない状況を維持することだ。それさえできていれば、我が国の勝利は揺らがん」


 私の言葉に全員が頷いている。


「その通りです。私も術中に嵌りつつあったようですね」


 そう言ってリンデマンが苦笑している。


「では、軍団を三つに分ける。第一師団はリッタートゥルムに向かい、王国軍本隊に対応する。第二師団はエーデルシュタイン方面に対応できるよう東に配置し、敵を探り続ける。第三師団は補給線を確保しつつ、敵の襲撃に対し逆襲を行い、敵の戦意を喪失させる。フィッシャー将軍とキューネル将軍に大きな負担が掛かるが、よろしく頼む」


「「ハッ!」」


 二人の将軍は笑顔で応えた。


「遊牧民に対してはどういたしますか?」


 リンデマンが確認してきた。


「情報収集は行うべきだろう。王国と本当に繋がっているのか、それともラウシェンバッハがそう見せているのか、それによって対応が変わってくるからな」


「承知いたしました。では、司令部から使者を送りましょう」


 こうして王国軍への対応が決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る