第17話「待ち伏せ:後編」

 統一暦一二〇八年九月六日。

 ゾルダート帝国南西部、シュヴァーン河北岸。帝国軍第二大隊エリック・カルヒャー上級騎士


 我ら第二師団第三連隊第二大隊はグライフトゥルム王国軍のラウシェンバッハ騎士団に敗れた。

 狡猾な罠に嵌まり、半数以上を失ったため、止む無く降伏する。


 王国軍は負傷者の応急処置を行った後、動ける者全員を縛り上げた。しかし、この状態で我々がどうなるのかは語られず、不安が募っている。


 敵の指揮官であるヘルマン・フォン・クローゼル男爵が地面に転がらされている私に話しかけてきた。


「我々の行動は見られたくないので、拘束したままで目隠しもさせてもらう」


「待て! この状態で放り出された魔獣ウンティーアや狼などに襲われて死んでしまう。無抵抗の我々を体よく処刑するつもりなのか」


 この辺りには強力な魔獣ウンティーアはいないと聞いているが、血の匂いに誘われた狼が草原からやってくる可能性がある。武器がないだけでなく、拘束されたままでは奴らの餌食になるだけだ。


「その点は問題ない。明日には貴軍が見つけてくれるだろう。それまで少数だが、護衛を残しておく。我が騎士団の兵ならオーガやトロル程度の魔獣ウンティーアは脅威とならないから安心していい」


 その後、問答無用で目隠しをされた。

 一応、森の木陰に集められているが、暑さと集ってくる虫で苛立ちが募る。


 そんな状態が続いた後、遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。

 その数は少なくとも数百騎、恐らく千を超えていると思われる大軍だ。


(これほどの騎兵が我が国に侵入しているだと……いや、ここなら草原の民ということもあり得る。しかし、何をしているのだ?)


 ところどころ命令を発する声は聞こえるものの、会話はほとんど聞こず、何をしているのか分からない。


 そんな状態が何時間か続く。目隠しされていることから時間感覚がおかしくなっているが、暑さが和らぎつつあるので夕方になっていることは何となく分かった。

 そのことに気づいた時、再び馬蹄の音が響き、遠くに去っていく。


 夜になり、狼の遠吠えが聞こえてきた。

 不安を感じていたが、狼が近づいてくることはなかった。


 誰かが“小便をさせろ”と叫んだり、負傷者が水を求めたりしたが、答える者はなく、約束した護衛がいるのかも分からない。


 翌日になっても状況は変わらない。

 暑さが厳しくなってきた頃、声が聞こえてきた。


「第二大隊の者か? 何があった!」


「帝国軍の者か! 助けてくれ!」


 そこで偵察隊が我々を発見したことに気づいた。


「指揮官のカルヒャー上級騎士だ! 縄を解いてくれ!」


 私の叫びに気づき、目隠しが外される。

 眩しさで目が眩む中、ロープが外された。


 水が渡されたので、それを飲んでいると、後続の偵察中隊の指揮官が話し掛けてきた。


「何があったのですか?」


「王国軍のラウシェンバッハ騎士団と交戦したが、敵の巧妙な罠に嵌まって敗れた。それよりも部下たちはどうなった?」


 悔しさが滲むが、応急手当しか受けていない部下が多くいたため、そのことが気になった。


「弱っていますが、死者はいませんでした。もっともあの場所には戦死者の遺体が並べてありましたが」


 そう言って戦場となった場所を指差した。


「動けるようなら軍団長に報告していただきたい」


「そうだな。敵の情報を閣下にお伝えせねばならん。部下たちのことを任せてもよいだろうか」


「お任せください。馬もお貸ししますし、一個分隊を護衛として付けます」


 簡単な食事を摂り、身支度を整えながら部下から情報収集を行った後、戦死した部下たちの遺体に黙祷を捧げ、東に向かった。

 時刻は午前十一時頃で、急げば昼過ぎには軍団と合流できる。


 馬に揺られながら、昨日の出来事を思い出していた。


(敵の数は一千五百ほど。それも獣人が主体の軍だった。ヘルマン・フォン・クローゼル男爵と名乗った若者以外は全員が徒歩で、ラウシェンバッハ騎士団に関する諜報局の情報とも一致する。ということは、彼らは自ら名乗った通り、ラウシェンバッハ騎士団だったということだろう……)


 そして、疑問が湧いてきた。


(北の草原に敵の痕跡がなかったことは哨戒部隊の生き残りの兵に確認した。丘が連なるとはいえ、五百人もの部隊を見逃すはずがないと断言している。実際、小隊全員が見逃す可能性は皆無だ。だとすれば、どこから出てきたのだ? それに東に現れた部隊もそうだ。後方に回り込むことは不可能ではないが、あのタイミングで現れたということはこちらの動きを完全に読んでいたとしか思えない……)


 更に馬蹄の音についても考えていく。


(あの馬はどこから来たのだ? こちらに王国騎士団が送り込まれたというのだろうか? それとも遊牧民のドンナー族が王国と繋がっているのか……それに我々の馬が一頭残らず消えていた。死体も含めてだ。他にも鎧などの装備もすべてなくなっている。敵地にいる王国軍が持ち帰るような面倒なことをするだろうか? 分からないことだらけだな……)


 そんなことを考えながら馬を進めると、二時間ほどで軍団を発見した。

 すぐに報告に来るようにと命令される。


 軍団は行軍を続けるが、軍団長であるホラント・エルレバッハ元帥閣下と参謀たちは馬から降り、私を待っていた。


「ご苦労だった。悪いがすぐに詳細な報告を頼む」


 偵察中隊から一報が入っていたようで、大まかな状況はご存じらしい。

 戦闘の経過とその後について報告していく。但し、事実のみを伝え、推論は伝えていない。


「……つまり、獣人族の兵士に待ち伏せされ、更に三十分にも満たない時間で一千五百人近い兵士に包囲されたということか……装備一式と馬を持ち去ったことも疑問だが、その馬蹄の音の正体も気になるところだな……」


 閣下はこめかみを押さえながら、お考えになっている。


「私の推論をお話ししてもよいでしょうか?」


 馬上で考えていたことをどうしても伝えたくなり、叱責覚悟で聞いてみた。


「うむ。実際に戦った者の考えは聞いておきたい」


 閣下も少しでも糸口が欲しいとお考えなのか、許可してくださった。


「先ほども報告いたしましたが、敵兵は恐ろしく身体能力が高い者ばかりでした。恐らく、その身体能力を生かし、騎兵を上回る機動力で包囲したのではないかと思います。仮に騎兵並みの機動力であれば、丘の上から監視し、三キロ離れた場所に走っていったとしても十分程度で情報を伝えられます。つまり往復二十分で移動が可能ですから、包囲自体は不可能ではないのではないかと思います」


「なるほど。歩兵と考えると足元を掬われるということか……馬蹄の音について何か思うことはないか?」


「話し声は聞こえませんでしたが、遊牧民ではないかと考えています」


「その根拠は?」


「王国軍の騎兵は金属鎧を着けておりますが、馬から降りる時に発する金属鎧の音が一度も聞こえませんでした。鎧の音は単に遠かっただけかもしれませんが、命令の出し方が王国軍にしては乱暴な感じを受けました。王国軍の指揮官は貴族か騎士階級が多いと聞いていますので、違和感を覚えた記憶があります」


 話し声自体は聞こえなかったが、指揮官の命令は微かに聞こえていた。その際、“停止しろ”とか、“ここで待っていろ”など乱暴な言葉遣いが多かったことを思い出したのだ。


 閣下は少しお考えになった後、小さく頷かれた。


「うむ、何となく辻褄があったな」


 そう呟かれると、私に向かって命令された。


「参考になった。敗れたことは残念だが、敵の能力の一端を知ることができたことは勝利に匹敵する功績だ。部下たちを含め、第二大隊に責は問わぬ。ゆっくりと休んでくれたまえ。では、下がってよろしい」


 私は責任を問われないという言葉に何とも言えない気分になった。

 私がしっかりと考えて指揮を執れば、このような無様な敗北を喫しなかったと思うからだ。


 しかし、閣下のお言葉に反論するわけにもいかず、一礼してその場を後にした。

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