第11話「ラザファム合流」

 統一暦一二〇八年八月三十日。

 グライフトゥルム王国南東部、リッタートゥルム城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 本日、ラザファムが指揮する第二騎士団第三連隊が到着した。

 ヴェヒターミュンデまでは陸路であったが、リッタートゥルム城まではシュヴァーン河を船で移動したためか、六百キロメートル以上の行軍であったにもかかわらず、疲れた様子はほとんど見られない。


 指揮官であるラザファムも元気で、顔を見せるなり、笑顔で私の手を取り、軽く抱擁する。


「マティ、今回もよろしく頼む」


「できるだけのことはするよ」


 ラザファムが私の肩をポンポンと軽く叩くと、今度はハルトムートの手を取った。


「ハルトも一緒だと聞いた。手助けに期待しているぞ」


「ああ。今回はお前の指揮下に入らせてもらう。よろしく頼む」


「ハルトが一緒なら心強い。マティの指示が直接聞けるし、今回も帝国軍を翻弄してやれるな」


 そう言って笑ったが、すぐに真剣な表情で私に聞いてきた。


「帝国の第二軍団は予定通り、こちらに向かっていると聞いたが、変わりはないか?」


「ここから東に三百五十キロメートルくらいの場所にいるはずだから、まだ確認できていないね。そろそろ国境警備隊が全滅したという情報が入っているはずだから、何らかのアクションがあるとは思うけど」


 現状ではシュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペの斥候隊は通信の魔導具のリレー方式での限界距離である、百キロメートル東まで派遣し、警戒に当たっている。


 但し、街道沿いに一班十名を二百キロメートルほど更に先に進ませ、第二軍団の位置を確認させている。彼らの足なら三日で通信の魔導具のある本隊に合流できるので、おおまかな敵の動きを把握できるためだ。


「それで我々の出撃はいつになるんだ?」


「敵の位置が判明した後だから、最低でもあと四日は掛かるね。もちろん、それまでにいろいろとやってもらうことはあるけどね」


 帝国軍の行軍速度は一日平均で二十五キロメートルほどだ。

 主要街道でないシュヴァーン河沿いを進むのに、それだけの速度を維持できることは帝国軍の能力の高さを示している。


 もっとも、今回は私が立てた補給計画をモーリス商会に伝え、それに従ってモーリス商会の帝都支店が軍務府に提案し採用されているので、おおよその予想は付く。


「了解した。なら、今日はゆっくりさせてもらおう」


 小城に過ぎないリッタートゥルム城に一千名の兵士が入ったため、城内は混雑している感じだ。


 この城の建物部分は五十メートル四方しかなく、元々千五百名の守備兵団員でも手狭だった。そこに一個連隊一千名が加わったため、完全にキャパオーバーになっている。城内の練兵場に天幕を張っているが、それでギリギリの状況だ。


 ちなみにラウシェンバッハ騎士団の一個大隊三百名はここにはいない。既に渡河を行い、帝国領内を移動して騎士団が侵入した偽装を行っているためだ。


 翌日、主要なメンバーを集めて、ラザファムの第三連隊の今後の方針について話し合った。


「第三連隊は水軍及びラウシェンバッハ騎士団と協力し、第二軍団の軍団長ホラント・エルレバッハ元帥を惑わせる。具体的には第二軍団が接近する前に渡河を行い、草原に入った痕跡を残す。また、敵の先発隊が少数ならラウシェンバッハ騎士団と協力してこれを撃破する。この作戦の実行は敵の位置を確認した後、場所はここから東に百キロメートルの入り江だ……」


 ラザファムたちは地図を見ながら聞いている。


「敵の位置が判明するのは恐らく三日後、それまでは水軍と協力して渡河及び撤退訓練を行ってもらう。深い森ではないが、移動に困難を伴う可能性がある。また、撤退時にはロープを使った降下を行うから、そのつもりで。私も船で現地に向かうが、イスターツ部隊長は参謀として連隊司令部に同行してもらう。訓練方法についてはイスターツ部隊長と協議してほしい……」


 その後、帝国の第二軍団が接近した際の作戦などを説明した。


「……連隊規模での撹乱作戦は史上初だ。精鋭と名高い第二騎士団であれば必ず成し遂げてくれると信じている。では質問を受け付ける」


 そこでラザファムが手を上げた。


「行軍中の警戒は黒獣猟兵団の斥候隊が支援してくれるという話だが、連隊の偵察小隊を使わないのはなぜなのだ? 確かに獣人族セリアンスロープの斥候は優秀だが、我が連隊の偵察小隊もそこまで劣るとは思っていないが」


「能力を疑っているわけではない。黒獣猟兵団は既にこの辺りの地形を十分に把握している。撤退ルートの誘導を行うには常時支援していた方が、齟齬が出ないと考えた。また、今回は連隊の一千名で一個騎士団四千五百名が動いたように偽装しなくてはならない。そのため、少しでも兵力があった方がそれらしくできるというのも理由の一つだ」


「了解した。確かに今から地形の把握をするのは不合理だし、今後の連携を考えて今のうちから共同作戦を行っておいた方が合理的だ」


 ラザファムも最初から私の考えは理解していたが、部下たちが不満を持たないようにあえて反発したような発言をしたのだ。


「あといくつか教えてほしい」


「どうぞ、エッフェンベルク連隊長」


「ラウシェンバッハ参謀次長が全体の指揮を執る点については納得しているが、不測の事態で連絡が取れなくなった場合の緊急対応を協議しておきたい。具体的には複数の撤退ルートの確保、敵を発見した際の先制攻撃の有無、ラウシェンバッハ騎士団への命令権の確認だ」


「撤退ルートについては複数用意している。これらは黒獣猟兵団とラウシェンバッハ騎士団が理解しているから問題はない。通信不能時の先制攻撃については現場の判断に任せる。但し、我々の目的は敵の打倒ではなく、皇国への支援であることを忘れないように。黒獣猟兵団とラウシェンバッハ騎士団への命令権だが、猟兵団については指揮下に入るから当然命令権は有している。但し、騎士団についてはクローゼル団長と協議してもらいたい」


 この確認も彼の部下たちに対する配慮だろう。

 ラウシェンバッハ騎士団は団長であるヘルマンが前線で指揮を執る。貴族領騎士団ではあるが、ヘルマンは団長だ。一方、ラザファムは連隊長であり、階級的にはヘルマンが上になる。


 階級から言って、ヘルマンが全体の指揮を執ることが自然だが、王国騎士団は貴族領騎士団への命令権を持っているので、連隊長が命令を出しても職権上は問題ない。


 実際、過去に王国騎士団の前身、シュヴェーレンブルク騎士団の騎士長が、貴族領騎士団に命令を出したことがある。しかし、騎士長は今の連隊長と同格に過ぎず、貴族領騎士団の団長が伯爵であったため、大きく揉めたことがあった。


 今回は団長であるヘルマンがラザファムを尊敬していることから、すんなり指揮下に入ると思っている。また、ラウシェンバッハ騎士団の兵士たちも私の義理の兄であるラザファムの指揮下に入ることに抵抗はないから問題は起きないだろう。


 その後、大隊長たちからも意見や質問が出され、作戦会議は終了した。


 翌日から水軍の舟艇に乗り込み、渡河訓練を開始した。

 大型のガレー船と小型のカッターボートを使って対岸に上陸するのだが、最初は一千名の兵士が上陸を終えるのに一時間近く掛かっている。


「意外に時間が掛かるものですな」


 ヴェヒターミュンデ騎士団の参謀長ルーフェン・フォン・キルマイヤー男爵が感想を口にした。


「最初にしては上出来ですよ。恐らくラズが修正するでしょうから、次からはもっと短くなるはずです」


 私の予想通り、二回目は三十分程度に、三回目は二十分にまで短縮している。


「問題はもっと狭い場所で同じようにできるかですね。まあ、今の方法ならある程度の広さがあれば対応できそうですが」


 ラザファムとハルトムートはガレー船が岸に接舷すると、兵士を降ろして離岸するまでに時間が掛かり、場所を塞いでしまって後続が上陸できなくなることに気づいた。


 ガレー船は十隻、カッターボートが四十艘で兵士を輸送している。ガレー船には五十名の兵士が乗っているが、ガレー船は長さ二十メートル、幅四メートルでカッターボートより喫水は深く、一度岸に乗り上げるとなかなか離岸できない。


 渡河地点は幅三十メートルほどの小さな入り江であるため、ガレー船が離岸するためにオールを全力で動かすと、幅十メートルほどを使ってしまう。


 一方のカッターボートには十五名の兵士が乗れるが、長さ十メートル、幅三メートルで船自体もガレー船より軽いため、離岸は難しくなく、五、六艘は一度に上陸可能だ。


 彼らは小回りの利くカッターボートに乗った兵士を先に上陸させ、カッターボートを使ったリレー方式で上陸する方法を編み出した。


「この方法なら小さな漁村の入り江でも上陸作戦は可能ですね」


 参謀のフリッツ・ヒラーがキルマイヤー男爵に話していた。

 その後、退却や緊急避難の演習を行った。

 ハルトムートがいろいろ考えていたらしく、思った以上にスムーズに準備が完了した。

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