第60話「合同演習:その一」
統一暦一二〇八年三月十日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
ラザファムたちが昇進し、ハルトムートとユリウスがそれぞれの任地に旅立ってからひと月ほど経った。
突貫で教育してきた参謀たちもある程度使えるようになったため、参謀本部の仕事も落ち着き、ゾルダート帝国やレヒト法国での情報収集と整理に注力しているところだ。
レヒト法国では特に目新しい動きはないが、ゾルダート帝国では着々と皇都攻略作戦の準備が進み、早ければ七月には発動されるのではないかと思っている。
領地ではラウシェンバッハ騎士団の訓練が順調に進んでいると、弟のヘルマンから報告を受けている。
まだ、騎士団として大きな会戦で戦えるほどではないが、大隊規模なら充分使えるらしい。
騎士団以外では、醸造所と蒸留所の建設が終わり、操業を開始している。
昨年の年末、リヒトロット皇国の西部から五十人ほどの職人がやってきた。彼らは皇国の未来が危ういと考え、家族を伴って移住してきている。
二ヶ月ほど経ち、生活の目途が立ったところで、元同僚にも声を掛けてくれたため、百人ほどの職人が移住することが決まっている。そのため、モーリス商会と相談の上、醸造所と蒸留所をそれぞれ二ヶ所増やし、計四ヶ所ずつ建設する計画に変更した。
そのモーリス商会だが、野外イベント部門を立ち上げた。
但し、二月二十日に行われると思っていた国王即位十五周年のイベントだが、国王の要望で実施されなかった。
集めた情報では、宮廷書記官長であるミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が仕切ることになるため、第二王妃アラベラを王都に戻す可能性があると考えて拒否したらしい。
マルクトホーフェン侯爵から脅しに近い説得を受けたらしいが、最愛の王妃マルグリットを殺した本人を王妃として横に立たせることは我慢ならず、普段弱気な国王にしては珍しく、断固拒否したと聞いている。
大規模なイベントは行われていないが、千人規模のイベントはいろいろと企画し、自信を深めているらしい。
今日は参謀本部である提案を行う。
それは帝国を牽制するため、グランツフート共和国軍との合同演習を行う提案だ。
総参謀長のユルゲン・フォン・オーレンドルフ伯爵を始め、作戦部長のヴィンフリート・フォン・グライナー男爵、情報部長のギュンター・フォン・クラウゼン男爵、更に作戦部と情報部に属する参謀十名程度が集まった。
いつも通り、一枚もののレジュメを渡し、説明を始める。
「情報部で収集整理した情報では、帝国軍の皇都攻略作戦の準備は順調のようです。早ければ七月初旬、遅くとも八月初旬には作戦が発動される見込みです。それに対し、妨害のための情報操作は行っていますが、帝国諜報局の防諜体制が強固で、遅延の可能性は低いとみています……」
私の説明にクラウゼン男爵が頷いている。
「……そこでもう少し直接的に帝国に危機感を持たせるため、グランツフート共和国軍と王国騎士団との合同演習を提案したいと考えております。具体的な時期ですが、帝都への情報伝達の時間を考慮して五月中旬頃、場所はグランツフート共和国軍の負担が少ない王国南東部のラウシェンバッハ子爵領です。規模は双方とも一万人程度の計二万人です」
このことは既に根回しを行っており、グランツフート共和国には年明けに使者を送り、ゲルハルト・ケンプフェルト元帥の了承は得ていた。ちなみにケンプフェルト元帥は一昨年に元帥に昇進し、共和国軍の実質的なトップとなっている。
そこでオーレンドルフ伯爵が質問する。
「実施する目的も必要性も理解するが、予算的に少なすぎると思う。これで間違いないのかね?」
元財務官僚であり、予算規模が小さいことに気づいたようだ。
「問題ございません。食料などの物資につきましては、
「
「はい。からくりというほどではありませんが、商人たちにリヒトロット皇国が敗北すれば、皇国内の資産が帝国に没収される可能性があることを仄めかしました。実際、内務府では皇都の資産を帝国の管理下に置く計画があり、その情報を流して危機感を募っております」
皇都攻略後、皇家や貴族たちの資産を没収し、帝国の国庫に納める計画を掴んだ。その中には皇国の負債を無効化するという文言がある。また、皇国を支援した可能性がある商会の資産も凍結し、支援が明確になったら没収されることになっていた。
既に
債権自体は皇国が存続していれば無効化されないが、皇都を失えば支払い能力が著しく低下し、不良債権化することは容易に想像できる。
また、担保として手に入れた不動産は持ち出せないので売りに出しているが、リスクが高すぎて買う者が極端に少ないため、皇都陥落によって没収される可能性は高い。
「つまり、商人たちも皇都が陥落すると困るだろうから、我が国に協力しろと脅したということかね?」
伯爵の言葉に笑顔で首を横に振る。
「脅してなどおりませんよ。モーリス商会が不動産を買い取っていますので、その口利きもしますよと言って、協力をお願いしただけです」
モーリス商会の商会長ライナルト・モーリスには、皇都の不動産を積極的に買うように依頼している。
モーリス商会は内務府のトップ、ヴァルデマール・シュテヒルト内務尚書と懇意であり、帝国軍御用達でもあるので、資産を没収される可能性は非常に低い。
また、皇都リヒトロットはエンデラント大陸の中心部にある大都市であり、帝国に占領されたとしても完全に破壊されない限り、都市としての価値は高い。
そのため、将来的には不動産の価値は確実に上がるので、貴族や商人から買い叩いてはどうかと提案していたのだ。
「なるほど。君がモーリス商会に口利きをすれば、処分できずに困っている不動産を現金化できる。君にいい顔をすることで不良債権の処分ができるなら、多少の出費は目を瞑るということか……なかなか上手い手を考えるものだな」
その言葉にニコリと微笑むだけで応えた。
「話を戻しますが、共和国軍との合同演習は帝国への牽制として行います。そのためには情報が確実に、そして危機感を持つように届けなければなりません。商人たちに声を掛けたのはそのためでもあります」
「なるほど。商人たちは自分たちの財産のために君の要望に従って噂を流してくれると。あとは他の商人たちが帝都で噂を広めればよいと。一石二鳥ということだな」
伯爵はしきりに感心していた。
「その点も重要ですが、目的はそれだけではありません。実際に戦うことを考えると連携の確認は重要です。フェアラート会戦の失敗を繰り返してはなりませんので」
フェアラート会戦では王国軍と共和国軍の連合軍であったが、合同演習どころか机上演習すら行わずに帝国軍に挑み、完膚なきまでに叩きのめされている。この教訓は当時の共和国軍の指揮官ケンプフェルト元帥が強く感じていることであり、すぐに賛成してくれている。
「具体的な計画は作戦部にて検討していますが、新たな情報伝達システムのスムーズな運用を考えています。共和国軍にはまだ通信の魔導具が配備されておりませんので、我が軍から通信兵を貸し出し、適切な運用ができるように訓練します」
“
何とか各騎士団の司令部と連隊司令部に配備するだけの数は確保したが、すべての大隊まで配備できる数は揃え切れていない。
それでも七十個近い数があり、共和国軍に二十ほど貸すことは可能だ。
「通信の魔導具の存在を明かしてよいでしょうか? 我が国の重要な機密だと思うのですが」
情報部長のクラウゼン男爵が質問する。
「兵士たちも知っていますから、帝国に知られている可能性が高いと考えています。それにぶっつけ本番ではいざという時に役に立ちませんし、今後共和国軍にも通信の魔導具を装備してもらうつもりでいますので、ここで隠す必要性は低いと考えています」
通信の魔導具は四年半前のヴェストエッケでの後方撹乱作戦で初めて使用している。また、その後の城壁での攻防戦や帝国軍との戦いでもフェアラート攻略作戦で使用している。兵士たちに隠していたわけではないので、彼らの口から情報が漏れた可能性は高い。
帝国軍でも“
「演習の内容は今後詰めるとして、騎士団長に提案することは問題ないだろう。ラウシェンバッハ次長、この件は君に一任する」
オーレンドルフ伯爵が承認し、共和国軍との合同演習を提案することとなった。
翌日、王国騎士団長であるマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵に提案すると、即座に了承された。
「次の帝国軍との戦いでは野戦になる可能性が高い。ならば、ケンプフェルト元帥率いる共和国軍と連携が取れるようにしておくことは有益だ。騎士団の参謀たちも演習計画の策定に参加させるからよろしく頼む」
リヒトロット皇国支援のためであるため、ヴェヒターミュンデ城から打って出る必要がある。そのため、これまでのような城壁を使った防衛戦ではなく、野戦になることはほぼ確実だ。
「承知いたしました。可能な限り騎士団の要望に沿うように計画します」
こうして合同演習を行うことが決定した。
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