第58話「ラウシェンバッハ騎士団誕生」

 統一暦一二〇八年一月二十五日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、騎士団駐屯地。狼人族エレン・ヴォルフ


 駐屯地に到着すると、ヘルマン様が使っている高級将官用の宿舎に呼び出された。

 俺の他にマティアス様の護衛班のリーダーとサブリーダーだった者と、守備隊の隊長だった者たち約五十人が直立不動で立っている。


 呼び出したのはマティアス様で、その後ろにはヘルマン様が緊張した面持ちで立っていらっしゃっる。


「既に話している通り、君たちはラウシェンバッハ騎士団の指揮官や参謀となる……」


 マティアス様のお言葉に頷くが、まだ心にしこりのようなものが残っていた。

 もちろん騎士団に入ることは納得している。しかし、騎士団に入れば当然のことだが、黒獣猟兵団を退団することになる。


 つまり、今着ている黒獣猟兵団の制服が着られなくなるのだ。

 俺にとってこの制服は誇りだった。

 それがなくなることに寂しさを感じている。表情には出していないが、他の連中も同じだろう。


 そんなことを一瞬考えていたが、マティアス様のお言葉は続いている。


「……これも既に説明しているが、ラウシェンバッハ騎士団は王国騎士団の編成を参考にしているが、中身は少し異なる……」


 王国騎士団と同じく四個連隊に団長直属部隊五百という枠は同じだ。

 また、連隊は三個大隊、九個中隊であり、団長護衛小隊や偵察小隊などを含む小隊は三十一個という編成で、これも王国騎士団と変わらない。


 王国騎士団と異なる点だが、連隊に要求される機能ごとに編成される点だ。具体的にはそれぞれの連隊に“万能”、“攻撃”、“防御”、“撹乱”という機能を割り振り、それにあった氏族が配属される。


「……君たちには騎士団の核となってもらいたいと思っているし、君たちにしかできないと確信している。ヘルマン、いや、クローゼル団長。各連隊長を発表してくれ」


 マティアス様の命令にヘルマン様が“はっ!”と応えると、一歩前に出て俺たちの方を向いた。


「第一連隊長兼副騎士団長エレン・ヴォルフ! 第二連隊長ヘクトール・シーレ! 第三連隊長ヴィルギル・ベーア! 第四連隊長ミリィ・ヴァイスカッツェ!」


 名前を呼ばれた俺たちは一歩前に出る。


「諸君らはラウシェンバッハ子爵閣下及びご令室から指揮や戦術を学んだ優秀な指揮官だ。部下への指導も期待している!」


「「「「はっ!」」」」


 敬礼しながら胸を張る。

 しかし、心の中では気が重かった。千名の部下を持つだけでなく、副騎士団長に指名されたからだ。ヘルマン様が不在の時は騎士団を率いることになると思うと頭が痛い。


 その後、大隊長や副官、参謀などの役職が発表されていった。

 すべての発表が終わったところで、マティアス様が再び一歩前に出られた。


「諸君らの戦士としての能力には全く不安を持っていない。しかし、戦士であることと指揮官であることは全く違う。本来なら士官としての教育を数年行い、適性を見極めてから責任ある地位についてもらうべきだが、その時間がない……」


 俺たちが不安に思っていることはマティアス様にはお見通しのようだ。


「……だから私は、万が一指揮官や参謀としての能力を発揮できない場合でも、君たちに相応しい任務を与えるつもりだ。具体的には私や妻の護衛、単独での潜入任務など、私が期待する任務はいくらでもある。もちろん自己研鑽することは期待しているし、ここにいる君たちには指揮官としての才能があると思って私と団長とで選んでいる。それでも自分には適性がないと思ったら、迷わず団長に相談してほしい……」


 マティアス様のお言葉に俺だけでなく、多くの者が安堵したはずだ。

 士官用の教本を読んでいるが、実践できるとは到底思えないためだ。


「……今年の夏には帝国軍が動く。その時、帝国は王国にも軍を差し向けてくるだろう。いや、私が差し向けさせる。そうしなければ、皇都は簡単に陥落してしまうからだ。今のところ、ラウシェンバッハ騎士団を派遣するつもりはない。しかし、帝国軍が想定を超える軍を派遣してきた場合、我が騎士団もヴェヒターミュンデやリッタートゥルムの防衛に加わる可能性がある……」


 マティアス様は第二から第四騎士団とヴェヒターミュンデ騎士団の計二万で対応するおつもりだ。僅か半年ではラウシェンバッハ騎士団がマティアス様の要求に応えられるほどの練度になっていないとお考えだからだ。


「……その時、私が最も期待する部隊は我が騎士団となるだろう! 精鋭と名高い帝国軍を正面から打ち破れる戦力は君たちしかいないからだ! 諸君らの今後の奮闘に期待する!」


「「「「はっ!」」」」


 マティアス様の期待に応えるべく、全員が魂を込めた敬礼を行った。

 そこでマティアス様は表情を緩められた。


「諸君らの中には今回の騎士団発足を機に結婚した者も多いと思う。今日と明日は家族とゆっくりと過ごし、明後日からの訓練に励んでほしい。私からは以上だ」


 俺もレーネと結婚することが決まっている。

 彼女も騎士団に入るつもりだったが、騎士団の指揮官になると長期の離脱が必要な出産や子育ては難しい。


 マティアス様は“産休”や“育休”という制度を導入されるとおっしゃっておられたが、発足直後に子供ができると騎士団に迷惑が掛かると思い、この機に結婚することにしたのだ。


 もっともレーネも当面は自警団員の指揮官として次世代の戦士を育てることになるので、あまり落胆はしていない。


 解散した後、親友のクルトとルーカスと共に、ヴォルフ村に向かう。


「分かっていたが、第一連隊長兼副騎士団長とは大変な地位に就くことになったな」


 クルトがそう言って俺の肩を軽く叩く。


「お前も騎士団長付きの参謀になるんだ。やっていけるのか?」


 俺の言葉にクルトは肩を落とす。


「そうなんだよなぁ……マティアス様が間違えるとは絶対に思えないんだが、俺が参謀っていうのはおかしいと思うんだよ。一番似合わないと思わないか?」


 クルトは俺より熱くなりやすい性格で、参謀より斬り込み隊長の方が似合っている。

 俺が口を開く前に大隊長になることが決まったルーカスがボソリと呟く。


「案外いけると思うけどな」


「そうか? お前の方が俺より参謀向きだと思うんだが?」


「お前はエレンのサポートをずっとしていたじゃないか。その時思ったのは視野が広いということだ。マティアス様やイリス様から何度もお褒めの言葉をいただいていたじゃないか」


 確かに俺が護衛のリーダーとしていっぱいいっぱいになっている時に、クルトには何度も助けられている。また、補助教員として士官学校に行っている時にも、マティアス様の質問に的確に答えていた。


「そうかな?」


「いずれにしても俺もお前もルーカスも、マティアス様から期待されているということだ。そのご期待に応えなくちゃならん」


「そうだな……話は変わるが、後任の奴らも何とかやっていけそうだな」


 クルトが言う後任とはマティアス様の護衛の黒獣猟兵団員のことだ。


「今回は船を使うから十人だけだが、獅子レーヴェ族のファルコは思った以上にカリスマ性がある。氏族が違う部下を上手く指揮していたな」


 今回イリス様は同行していない。そのため、護衛対象はマティアス様だけであることと、王都からの往復で船を使うため、人数を絞っている。


 イリス様は同行を希望されたが、主任教官になったばかりで長期間士官学校を休むのは問題だと、マティアス様に言われて泣く泣く諦めていた。


 俺たちの後任だが、十人で一班を作る編成だ。それも氏族ごとではなく、攻撃、守備、撹乱とそれぞれ得意分野を持つ者が集まって一つの班を作っている。


 この編成はマティアス様とイリス様がお考えになった。

 俺たちの時は連携を重視し、氏族単位としたが、黒獣猟兵団が拡充されてから一年半近く経ち、氏族が違っても気心は知れている。


 また、後任の彼らはシャッテンの“里”で修業しており、氏族単位でない編成での訓練も受けていた。


「合理的な配置だったし、里で修業しただけあって隙は全く無かったな。俺達でもあの護衛を突破することはできないだろう」


 そう言ったルーカスの表情は少し悔しげだ。


「マティアス様のお傍から離れるのは断腸の思いだが、俺たちにできることをするしかない。これがマティアス様の願いでもあるのだからな」


 そんな話をしながら村に向かった。

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