第53話「結果報告」
統一暦一二〇七年八月二十日。
グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
昨日の
飲み始めた最初の頃は互いに遠慮し合っている感じがあったが、終わる頃には談笑している姿を多く見かけ、領民の獣人族に対する印象はかなり上方修正されている。
朝食を摂りながら家族とその話をし、イリスと弟ヘルマンは私と同じ認識だったが、父だけは少し違う意見を持っていた。
「今回は獣人族側が自制していたから大成功だった。酔っぱらった領民が絡んでも嫌そうな顔をすることなく、冷静に対処していたからな。特に自制心がある者を選んだのだろう。今後も上手くいくとは限らんのではないかな」
今回参加した自警団員は族長たちが厳選した精鋭であり、父が言うような観点で選ばれていたかもしれない。
しかし、父の懸念についてはあまり心配していない。
「まあ、今回が最初でしたから、デニスたち族長も絶対に失敗は許されないと思ったのでしょう。次回以降はトラブルが起きるかもしれませんが、両者の壁が小さくなった分、トラブルも大きくはならないと思いますよ」
そんな話をした後、ヘルマンに視線を向けた。
「どうやらここでやっていける自信が付いたようだね」
「はい。獣人族兵士とも話ができましたし、レオノーレ殿も不安に思うことはありませんでした。結婚後は駐屯地に一緒に住み、彼らと交流を深めていこうと思っています」
「レオノーレさんも駐屯地に住むわけではないのでしょ? 領地にお屋敷もあるのだし」
母ヘーデが驚いて聞いた。
「一緒に住むつもりです。領地は当面、男爵にお任せし、定期的に屋敷を訪れる形にしようと思っています」
「大丈夫なのかしら。レオノーレさんは大人しい方だから……」
「思った以上に活発な人でしたよ。領民たちに合わせてスペアリブをかぶりついて食べていましたから。義姉上が同じように食べていたからということもあるのでしょうが、笑顔で領民たちと話していましたよ」
そこで母の視線がイリスに向かう。
「イリスさん。今ヘルマンが言ったことは本当のことなのかしら?」
イリスとヘルマンは同時にしまったという顔をして頷く。
「はい……」
そこで助け舟を出す。
「あの場ではあれが正しかったんですよ、母上」
「どういうことかしら? 貴婦人に相応しい食べ方ではないと思うのだけど」
私が家督を継ぎ、妻であるイリスが王都の屋敷を取り仕切ることになるため、母は今まで以上に貴婦人としての教育をしっかりしないといけないと思っており、こういったことに厳しい。
「昨日のイベントの目的は獣人族と領民の間の垣根をなくすことです。ですが、最初は互いに遠慮し合い、私とイリスが間に入って緊張を解さないといけませんでした。ですので、彼女が彼らと同じように食べることで、一体感が生まれたのです。そのことはレオノーレ嬢も感じていたのでしょうね」
母はまだ半信半疑という感じでイリスを見ている。
「そうなの? だとしても、子爵の妻であることを忘れてはいけないわ」
「もちろん忘れてはいませんわ、お義母様」
引き攣った笑みでイリスが答えた。
何とか母の追及を切り抜け、朝食を終える。
イリスと共に執務室に入ったところで、フレディとダニエルのモーリス兄弟が訪れた。
「昨日の報告に参りました」
昨夜は片付けを行い、駐屯地に宿泊していたが、報告書まで作っていたらしい。
「急ぐ必要はなかったんだが……済まない。言っておけばよかったな」
私が軽く頭を下げると、フレディが大きく首を横に振る。
「マティアス様ならそうおっしゃると思いましたが、今日の早い時間に報告しておいた方が、領都での調整がスムーズに行えると考えました」
そう言ってから報告書を手渡してくる。
更に一枚もののレジュメまで作っており、それで説明するつもりらしい。
「昨日の来訪者数は一万一千五百人。これには運営に携わった居酒屋や商店の方たちは入っておりません……収支については子爵家の補助を除いても黒字になっております……」
レジュメには実績が記されているだけでなく、問題点が箇条書きになっていた。
「一番の問題は実施時期だと考えています。今回はマティアス様のご都合に合わせてこの時期に実施しましたが、可能であるなら春先に実施した方がいくつかの面で有利になると思います……」
その理由を簡潔に説明していく。
「第一点としましては、今回は暑さと飲みすぎで体調を崩した方が延べ三百人ほどいました。こういったイベントに慣れていないということもありますが、午前中に水分をほとんど摂らず、いきなりビールを飲んだことが大きな要因です。もう少し涼しい時期なら、これほど体調を崩す方が出ることはなかったと思います」
「三百人もいたの! 大丈夫だったのかしら」
イリスの驚きの声にダニエルが答える。
「ほとんどの方は涼しい日陰で一時間ほど休まれたら元気になっていました。一番酷かった方でも夕方には馬車で町に戻っています。守備隊の方やデニスさんたちが注意していてくれたお陰ですね」
「それはよかったわ」
熱中症の危険が高いとは思っていたが、確かに配慮不足だった。
私たちが納得したのを見て、フレディが説明を再開する。
「第二点としましては、食品や飲み物の保管に適さない時期だということです。幸い冷蔵の魔導具は大量に持ち込んでいたので、食材が腐ることはなかったですが、最後の方のビールは温くなっていました……」
日本では真夏でもイベントをやるので、冷蔵の魔導具があれば何とかなると思っていたが、認識が甘かったようだ。
「そのビールに関してですが、この時期は品薄なので避けるべき理由の一つだと考えています。春なら冬に醸造した物が大量にありますし、夜になれば気温が下がりますから温度管理も楽ですから。次の改善点ですが……」
その後、スタッフの少なさ、管理体制の不備、準備期間の短さ、会場の動線の悪さ、残った酒や食材の処理などが指摘された。
「……報告書には詳細に記載しております。また、父と話し合ったのですが、モーリス商会が全面的に管理を委託された場合、警備以外の現地スタッフを三百名程度雇えるという条件であれば、今回以上の人数でも対応できると思います。もし、今後も実施されるのでしたら、商会に専門部門を立ち上げることも検討したいとのことです。僕からの報告は以上です」
十四歳の少年の報告とは思えないほど理路整然としていた。
「素晴らしいね……ライナルトさんは午前中にここに来られる予定かな?」
「はい。午前九時には駐屯地を出る予定ですので、そろそろ到着すると思います」
二人が報告を終えたタイミングで、今後について相談に来るつもりのようだ。
「イベントのこともありますが、醸造所と蒸留所の建設についても相談したいと言っておりました」
ラウシェンバッハ子爵領の新たな産業として、酒造りを考えている。これはここが流通の面で有利なことが大きいが、帝国への輸出、特に帝都に売り込むことも目的の一つだ。
大商人ライナルト・モーリスが本気で酒造りの計画を進めれば、帝国より質の良い酒が造られることは間違いない。帝国がリヒトロット皇国を呑み込むことは既定路線であり、経済的にも大国となることは確実だ。
その帝国から合法的に富を奪うだけでなく、帝都と地方の格差を大きくし、政情不安を誘発する。ここだけでは十年以上先にならないと効果は出ないので、当然他にも策は考えてある。
「君たちも同席してほしい。こういった話は勉強になると思うからね」
「「はい!」」
二人は元気に答えた。
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