第50話「交流イベント:その四」

 統一暦一二〇七年八月十九日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、守備隊駐屯地。黒獣猟兵団兵士エレン・ヴォルフ


 俺はいつものメンバーであるクルト、ルーカス、レーネ、サラと共に、屋台のある厨房棟近くでどうすべきか悩んでいた。


 俺たちも普人族メンシュと交流しろと命じられたが、マティアス様たちの護衛である俺たちが酒を飲んでいていいのかと思っているためだ。


「ねぇ、ビールを飲みましょうよ。マティアス様やイリス様だけじゃなく、カルラ様も領民と飲んで話をしなさいと命じられたのよ。命令に反するのはよくないわ」


 レーネがそういって俺の腕を引く。

 こいつは無類の酒好きだから、こんな機会を逃したくないのだろう。


「黒獣猟兵団のエレン様たちですな!」


 商人らしき恰幅のいい男が私たちに話しかけてきた。


「おや? ビールをお持ちではない? それはいけませんな」


 既に顔は赤く、始まる前から飲んでいたようだ。


「誰か! 猟兵団の方々にビールを頼む! 五個持ってきてくれ!」


「いや、我々も並んで買う」


「まあまあ、いいじゃありませんか」


 すぐにこの男の部下らしい若い男がジョッキを五つ持ってきた。

 そこで懐から銀貨を取り出そうとしたが、先に止められてしまう。


「ビールの一杯くらい気にすることはありませんよ。マティアス様をお守りしている皆さんに奢らせてください」


「しかしだな……」


「私はコールマンといいます。雑貨屋をやっておりましてな。マティアス様のお陰で領都が栄えて、店を大きくできたのです。そのマティアス様をお守りしておる皆さま方に、是非ともお礼を言いたかったのですよ。ささ、乾杯しますので、ジョッキを持ってください」


 そう言って強引にジョッキを手渡される。


「では、皆様のご活躍と、ラウシェンバッハ子爵領のますますの発展を祈願して、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 勢いに負けてジョッキを掲げていた。周りでもその声に“乾杯”と言って、ジョッキを掲げる者が多くいた。


 さっきまで装備を身に着けて演習場にいたため、よく冷えたビールが心地良い。


「ぷはぁぁ! 美味い!」


 ルーカスが一気に半分ほど飲み、親父臭く息を吐き出す。


「本当に美味しいわ」


 おっとりとしているサラも満足げに頷いているが、ジョッキの角度からほとんど一気に飲み切っている。


「さあさあ、エレン様も飲んでください。おい! 誰かつまみも持ってこい! 大至急だ!」


「いやいや、今度は我々が買ってくる。クルト、一緒に来てくれ」


 コールマンのペースに乗せられそうになったので、慌ててその場を離れる。


「俺たちはマティアス様の護衛だ。なあなあで商人と付き合うのはよくないと思うんだが」


 クルトにそういうと、彼は肩を竦める。


「気にしすぎじゃないか。マティアス様も領民と酒を酌み交わして話をしろとお命じになったんだからな」


「それはそうなんだが……」


 周囲を見ると、俺たちだけじゃなく、黒獣猟兵団の兵士の周りには多くの人が集まっていた。中には俺と同じように困った顔をしている者もいるが、ほとんどが楽しげに飲んでいる。


 とりあえず、つまみになりそうな鳥の燻製とピクルスを買い、元居た場所に戻っていく。その途中でも多くの人から声が掛かり、いつの間にかビールが満ちたジョッキを手にしていた。


 テーブルにはコールマンと彼の店の従業員、そしてルーカスたちが楽しげに話していた。


「この豚バラ肉の串焼きは絶品だぞ」


 ルーカスがそう言って勧めてきた。


「コールマン殿、鳥の燻製を買ってきた。一緒にどうだ?」


「それはありがたいです。これもどうぞ。白身魚のフライですよ。たっぷりとビネガーを振るとさっぱりして美味いんです」


 こういった感じで相互に料理を提供し合い、酒も進んだ。


「いやぁ、狼人ヴォルフ族の方はお堅い方ばかりだと思っておりましたが、ルーカス様やレーネ様のように話しやすい方もいらっしゃるのですな」


「俺の名は知っていたようだが、我が氏族のこともご存じなのか?」


 俺は黒獣猟兵団のリーダーであるため割と有名だが、うちの氏族を含め、獣人族は領都にほとんど行かないので、氏族名くらいしか知らないと思っていたのだ。


「存じておりますとも。族長のデニス様は自警団の備品を購入するため、何度か私の店に来られたことがあります。いつも話し掛けるタイミングが難しくて……目を合わせると睨まれているようで、ちょっと怖いなと思っておりました。ハハハハハ!」


「まあ、族長は私たちも怖いからね。ガキの頃から散々叱られてきたから、その気持ちはよく分かるわ。そうだろ、エレン?」


 レーネが笑いながら言うと、コールマンは俺が親父の息子であることを思い出したらしく少し慌てる。


「あ! そう言えば……いや、これは失言したな。ハハハハハ! ところで王都ではどんな感じなのですかな?」


 笑ってごまかした後、露骨に話題を変えてきた。


「そうね……貴族が多くて大変というのが、私の印象かしら」


 サラがちょっと上を見て考えながら答えた。


「そうだな。良い方もいらっしゃるが、俺たちのことを平民と蔑む奴も多い。まあ、ラウシェンバッハ家の騎士として王宮に入るのは誇らしいが」


 クルトがそう言って胸を張る。


「王宮に入ったことがあるのですか! それは凄い!」


 ここに住んでいる者は商人であってもヴィントムントに行くくらいで、王都に行くことはまずない。ましてや王宮は別世界で、おとぎ話に出てくる存在だと思っているはずだ。俺たちも以前はそう思っていたから、間違ってはいないだろう。


「先代のリヒャルト様の護衛として、毎日俺たちの誰かが行っていたよ。まあ、最初は面倒だったが、俺たちを騎士に推薦してくださってからは見下されることも少なくなったな。マルクトホーフェン侯爵の一派は別だがな」


 俺がそう言うと、コールマンが頷いている。


「マルクトホーフェン侯爵派の貴族ですか……それは大変そうですな。領都ここは商人ばかりで貴族を相手することがありませんから、気が楽ですよ。そう言えば、先月亡くなられたグレーフェンベルク伯爵様はどういった方なんですか? 皆様ならお会いしたことがあるのではありませんか?」


「もちろん何度もお会いしているし、声を掛けていただいたこともある。あの方が騎士団長でマティアス様が参謀長ならどんな敵が来ても絶対に負けない。それほどお二人は信頼し合っていた。本当に惜しい方を失ったと思うよ」


 俺の言葉に他の四人も俯き加減で頷いている。

 俺たちがしんみりとしているため、コールマンが明るい声を出す。


「さすがは黒獣猟兵団の方々ですな。王国騎士団長閣下から声を掛けていただけるとは。皆さまがいらっしゃれば、マティアス様も安心ですな。これからも頼みますぞ」


「無論だ。我ら獣人族はマティアス様に一族ごと救っていただいたのだからな」


「私たちも同じ思いですよ。こんなに幸せになれるとは思っていませんでしたからね。では、マティアス様に乾杯しましょう。乾杯!」


 コールマンは話が上手く、堅い話になりそうになると、俺たちが気を悪くしないように配慮しながらも、明るい雰囲気に持っていってくれる。

 それに俺たちも気づき、笑顔を作ってジョッキを上げた。


「「「マティアス様に乾杯!」」」


 こんな感じで楽しく飲み、それから他のテーブルの普人族とも話をして酒を酌み交わした。


「こういったのもいいな」


 俺がそう言うと、クルトが大きく頷く。


「俺もそう思うぜ。もちろん、真面目に訓練するのも嫌いじゃないが、たまにはこういった息抜きもいい」


 彼の言葉にレーネたちも頷いていた。


「それじゃ、まだ酒はありそうだから、もう少し飲むか」


 俺の言葉に周囲の者を含めて、全員がジョッキを掲げた。

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