第48話「交流イベント:その二」

 統一暦一二〇七年八月十九日。

 グライフトゥルム王国南東部ラウシェンバッハ子爵領、守備隊駐屯地。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 獣人族兵士と領民の交流イベントが始まった。

 まずは自警団の技量の披露が行われる。


 この駐屯地は一キロメートル四方の大きさがあり、その中に五百メートル四方ほどの演習場がある。

 そこに獣人族の自警団員が氏族ごとに並んだ。


「まずは自警団による演武を行う! 狼人ヴォルフ族は前へ!」


 進行役は犬人フント族姿のシャッテン、リオだ。

 その言葉で獣人族セリアンスロープの取りまとめ役、デニス・ヴォルフが“オウ!”と応えて前に出る。その後ろには約百人の狼人族戦士が横一列で一緒に前に出た。


 全員が長剣と小型の盾を持ち、ラウシェンバッハ家の紋章が入った革鎧を身に着けている。


「始め!」


 リオの合図でデニスたちが一斉に剣を振り始める。

 斬り下ろしや薙ぎ払いといった型に従って剣を振っているのだが、百人の戦士が一糸乱れぬ動きで振るため、その度に“ビュッ!”という鋭い風切り音が離れた場所でもはっきりと聞こえた。


 領民たちは彼らを囲むように見ているが、溜息交じりに感歎の声を上げている。


「凄いな。あれで自警団なのだろ?」


「俺はヴェヒターミュンデ騎士団にいたことがあるが、あれほどの腕の戦士は見たことがない。マティアス様がおっしゃる通り世界一だな」


 領民たちが驚きの表情で見ている中、狼人族の動きが徐々に速くなっていく。

 それでも動きに乱れはなく、彼らが守備隊に入れなかったのが不思議なほどだ。


 そんなことを考えていたら、突然動きが止まった。

 これで終わりかと思ったら、デニスが大声で叫ぶ。


「突撃隊形!」


 あっけに取られている間に、横一列から二手に分かれ、デニスを頂点とした逆V字型に隊形を変えた。


「突撃!」


 デニスの命令で全員が爆発的な突進を見せる。突進しながらも剣で薙ぎ払っており、私には敵兵が斬り伏せられる幻影が見えた。

 三十メートルほど進んだところで、デニスが叫ぶ。


「停止!」


 その命令できれいなV字隊形のまま、ピタリと止まる。


「納剣! 礼!」


 全員が剣を納め、私に向かって四十五度の角度で頭を下げた。


「見事だ!」


 私がそう言って拍手を始めると、会場全体が拍手と喝采に包まれた。


 その後、各氏族がそれぞれの特長を生かした演武を行っていく。

 小柄な猫人カッツェ族はアクロバティックな立体的な動きで会場を沸かせ、全員が身長二メートルを大きく超える熊人ベーア族は巨大な両手斧を軽々と振り回して、感歎の声に包まれる。


「凄いわね。エレンたちを毎日見ている私でも驚くのだから、領民たちが目を丸くするのは当然ね」


 イリスの言葉に私も頷く。


「そうだね。それにしても彼らの技量が以前より更に上がっている気がするんだけど、君の見立てだと、どんな感じだい?」


 武術に縁がない私より四元流の中伝を受けている彼女に聞いた方が、実力が分かると思って聞いた。


「そうね……法国の黒狼騎士団のリートミュラー団長直属の兵士よりも遥かに強いわ。恐らくだけど、一人の戦士としてなら、グランツフート共和国軍のケンプフェルト将軍と互角に戦える者が百人以上いるわ」


 これまで直接剣を交えた敵で、最も強かった兵士はレヒト法国の黒狼騎士団の団長直属部隊だ。私とジーゲル将軍で罠に嵌めてほぼ壊滅させたが、罠が失敗していたら多数の犠牲を出した可能性があったほどだ。


 グランツフート共和国のゲルハルト・ケンプフェルト将軍は、普人族メンシュ最強と言われている武人だ。


 圧倒的に劣勢だったフェアラート会戦において、友軍を脱出するため、直属部隊と共に突破口を開き、連合軍の全滅を防いでいる。その時の敵はゾルダート帝国の名将ローデリヒ・マウラー元帥率いる精鋭であり、その凄さが分かる。


 六十の氏族の自警団の演武が終わった。人数が少ない氏族は複数一緒に演武を行ったが、それでも二時間近く掛かっている。


 そこで進行役がリオから代官の息子エーベルハルト・フリッシュムートに代わる。エーベルハルトは暫定的だが、守備隊の指揮官であるためだ。


「それではこれより守備隊による模擬戦を行う。観客は白線まで下がるように」


 守備隊千名が一度に戦うため、演習場を全面使う。

 ちなみに守備隊は千五百名だが、普人族メンシュの五百名は会場の警備に当たり、模擬戦に参加するのは獣人族だけだ。


 普人族の守備隊員だが、二百名が元から採用していた者で、三百名が傭兵だ。傭兵については、今年の年末で延長することなく契約を終え、元からいた二百名の兵士は領内の治安維持を目的とした“警邏隊”として再編する予定だ。


 警邏隊は日本の警察をイメージしている。ラウシェンバッハ子爵領は治安がいい土地だが、大陸公路ラントシュトラーセの宿場町ということで、旅行者が多くトラブルはしょっちゅう起きている。


 そのほとんどが酔っ払い同士の喧嘩や置引きと言った比較的軽微なもので、獣人族の精鋭でなくとも対応できるためだ。


 南北に五百名ずつで、それぞれが百名ずつの五つの隊に分かれている。


「南北それぞれの大将のいずれかが討ち取られた時点で終了する。兵士は有効な攻撃を受けたと感じたら、即座に戦場から離脱せよ。流れ矢が飛ぶ可能性もあるから、観客も注意してほしい」


 観客は西にある斜面に多くが座っていた。

 この斜面は山側に向かう地形を利用し、弓の練習場の一部で流れ矢が遠くに行かないように土手にしてある。


 また、ここは高低差のある場所での戦闘を想定した訓練にも使うため、幅百メートル、高さ三十メートルほどあり、絶好の観客席になっていた。

 全体を俯瞰するため、私たちも割と高い場所から見学する。


 今回の模擬戦では鏃を外し、先端を丸めた矢が使われるため、黒獣猟兵団の兵士が最前列に配置されている。もっとも守備隊員の技量は非常に高く、観客席に流れ矢を飛び込ませるような放ち方をする者はいないと思っている。


「それでは双方準備はいいな……始め!」


 エーベルハルトの開始の合図で十個の中隊が一斉に動き出した。

 弓を持つ部隊からは矢が放たれるが、すぐにそれぞれ目の前の部隊がぶつかり、混戦状態になる。


「十個の隊が別々に動く感じか……仕方がないと言えばそうなのだが……」


 思わず私は呟いていた。


「そうね。迫力はあるけど、戦術の面では物足りないかも」


 イリスも私と同じ感想を持ったようだ。


「どういうことなのだ?」


 文官である父が疑問を口にする。


「守備隊には全体を指揮できる指揮官がいないんです。この狭い場所では迂回もできませんが、五個の隊を動かせる指揮官がいれば、一隊で敵の二隊を相手にするなどして、隙を作ることはできるのです。ヘルマン、お前ならどう動かしたかな?」


 弟に話を振ると、僅かに考えた後、手で演習場を示しながら説明していく。


「そうですね。私なら兄上のおっしゃる通り、あそこにいる大柄な熊人ベーア族や獅子シーレ族に敵を拘束させ、スピードのある狼人ヴォルフ族などを隙間から浸透させますね。精鋭であっても懐に入られたら焦りますし、指揮官を討ち取られたら終わりという条件なので、そちらに対応せざるを得なくなり、戦線が無茶苦茶になりますから」


 ヘルマンの言葉にイリスが頷く。


「私もそうするわ。だから、私とヘルマンが戦えば、次々に策を繰り出すという形になるわね。どちらも予備戦力を置くでしょうから見応えはあったと思うわ」


「まあ、ここにいる者で見応えがないと思っているのは、私たちとカルラさんたちくらいだよ。迫力は凄いからね」


 周囲の領民たちは身を乗り出すようにして見入っている。

 私とイリスは二度の実戦を経験しているから、小規模なぶつかり合いだなとしか思わないが、初めて見る者にとっては武器が激しくぶつかり合う姿は迫力があるのだろう。


 一進一退のまま、徐々に兵士が減っていく。

 彼らは精鋭であるという矜持から、自らが有効な攻撃を受けたと判断すると、即座に武器を捨てて手を上げ、後ろに下がっていくからだ。


 十分ほどで半数以下になったが、一隊だけ微妙に動きが違うことに気づいた。


「あの隊の狐人フックス族は巧妙ね。猛牛シュティーア族と上手く連携しているわ。そろそろ動くかも……」


 イリスも気づいたようだ。


「どこですか?」


 ヘルマンは気づいていないようで、イリスが指で示している。


「さっぱり分からんが、説明してくれないか」


 父が解説を求めてきた。


「南側の軍の奥から二番目の隊です。頭に大きな角を持つ猛牛シュティーア族がいるのは分かりますか?」


「ああ、あれか」


「その後ろに小柄な孤人フックス族が、ほとんど戦闘に参加せずに力を温存しています。猛牛シュティーア族は半数程度討ち取られていますが、防御に徹しているようで、戦線を維持しています。そろそろ彼らの前の部隊にも疲れが見え始めていますから、何らかの動きがあるはずです」


 そう言った直後、猛牛シュティーア族が一斉に頭を下げて前傾姿勢となった。

 彼らの敵である虎人ティーガー族はその動きに驚き、一瞬だけ動きを止めた。


 その隙に、猛牛シュティーア族戦士の背中を踏み台にして、孤人フックス族の兵士たちが一斉に跳ぶ。

 孤人フックス族は三メートルほどの高さから矢を放つと、弓を捨てて短剣を抜いた。


 彼らの下では前傾姿勢をとっていた猛牛シュティーア族がそのままの姿勢で体当たりを敢行する。体格的にはほぼ互角だが、動きを止めていた虎人ティーガー族は矢で射られた後に体当たりを食らい、戦線が崩壊した。


 弧人フックス族はそのままの勢いで戦線を突破すると、北軍の総大将を討ち取った。


「見事なものね。エレンたちでもあれほど見事な奇襲は難しいと思うわ」


 イリスはそう言いながらも盛大な拍手を始めた。私たちも同じように拍手を行い、模擬戦は終了した。


 その後、黒獣猟兵団五百名による集団戦闘訓練が披露された。

 これはエレン・ヴォルフの命令で、陣形を即座に変える訓練だ。


 見た目は地味だが、二十名の小隊二十五個が瞬時に横陣から単縦陣、鋒矢陣や輪形陣に変わる様は非常に精密なマスゲームのようで、その練度の高さが現れていた。


 最初は領民たちもあまり感動はなかったようだが、目まぐるしく動きながらも完璧な形に陣形を組むことから、最後は大きな拍手が起きている。


 これですべて終わったので、私は演台に上がり、拡声の魔導具のマイクを握った。


「獣人族の諸君! 見事な技量を見せてくれ、感謝する! 技量の披露は、これにて終了する! 厨房棟近くに屋台では料理ができているようだ。それぞれ楽しんでほしい!」


 私の言葉に拍手が起き、領民たちは一斉に厨房棟の方に向かった。

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