第17話「名誉の回復:その二」

 統一暦一二〇六年十月二十一日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 マルクトホーフェン侯爵が仕掛けてきた謀略の可能性が高い、獣人族セリアンスロープのならず者を使ったシュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペの信頼失墜策に対抗すべく動き始めた。


 昨日中に王国騎士団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵に状況を伝え、更に王都の治安を守る第一騎士団長のピエール・フォン・ホルクマイヤー子爵に話を通した。


 ホルクマイヤー子爵には西門で不当な扱いを受けたことを伝え、それが騎士団としての命令でなかったことを確認した。


 ホルクマイヤー子爵は六十歳を超える老将だが、王家への忠誠心と実直な性格で、国王フォルクマーク十世から強く信頼されており、高齢にもかかわらず引退できないと言われている人物だ。

 私の説明を聞き、その子爵が憤慨していた。


『そのような命令は出しておらぬ。仮に警備を強化するにしても、子爵家の騎士を拘束するような命令を出すわけがない。こちらでも調べておこう』


 ホルクマイヤー子爵には更にあることを依頼した。


『平民街における犯罪者の逮捕権を一時的に貸与いただき、ならず者たちを一掃したいと思っております。王都の治安を悪化させる者をのさばらせておくわけにはまいりませんし、何より我が家の家臣の汚名を晴らす必要がございますので』


 第一騎士団は王宮だけでなく、王都の治安も守っている。平民街は衛士隊の管轄で、緊急の場合を除き、他の騎士団や貴族家が犯罪者を捕らえることは権限を侵害する行為として、非難の対象となり得る。


『よかろう』


 子爵は即座に了承した。


『ありがとうございます』


 私が礼を言うと、子爵は苦笑を浮かべていた。


『本来なら認められぬが、第一騎士団では対処できぬ。今回はこちらの落ち度でもあるし、グレーフェンベルク殿の懐刀である君なら何とかできるだろう』


 ホルクマイヤー子爵はマルクトホーフェン侯爵派が絡んでいると知り、第一騎士団では手が出せないと考え、私に逮捕権を与えてくれたようだ。

 こうして、我々はならず者たちを捕縛する正当な権利を得た。


 ちなみに、王宮に入る際に近衛騎士に簡単な確認を受けるが、ラウシェンバッハ子爵家の嫡男と家臣であると主張すると、すぐに通ることができた。


 マルクトホーフェン侯爵派も、この時間に私が黒獣猟兵団の護衛を連れて王宮に来るとは思っていなかったようで、手を回しきれなかったようだ。


 エレンたちも自分たちが王都全体から白い目で見られているのではなく、マルクトホーフェン侯爵派に嵌められたと気づき、怒りを見せていた。


 そしてシャッテンたちの調査が終わり、マフィアのアジトに獣人十名を含む、三十名程度のならず者がいることが判明した。


 黒獣猟兵団の宿舎の集会所に各氏族のリーダーを集め、調査を取り仕切ったユーダ・カーンから報告を受ける。


「獣人族はすべて種族が違う流れ者のようでした。確認できた範囲では北部森林地帯に住む種族ばかりです。普人族メンシュのならず者が話していたのですが、マルクトホーフェン侯爵領で大規模な取り締まりがあり、伝手を頼って王都に来たと言っておりました」


「マルクトホーフェン侯爵領ですか……盗賊ギルドロイバーツンフトは関与していそうですか?」


 マルクトホーフェン侯爵領の領都マルクトホーフェンには、マフィアたちを束ねる“盗賊ギルドロイバーツンフト”と呼ばれる組織がある。


 盗賊ギルドは暗殺者集団“ナハト”と繋がりがあると言われ、実際に盗賊ギルドの傘下にある組織を検挙しようとすると、取り締まり側の責任者が必ず不慮の死を遂げていた。そのため、通常の官憲では腰が引け、それがマフィアたちをのさばらせる原因になっている。


「確実とは言い難いですが、今回は関与していないようです」


「それは助かりますね。今は盗賊ギルドロイバーツンフトと揉めたくないですから」


 私が安堵の表情を見せると、イリスが不満を漏らす。


「犯罪者をのさばらせておくつもりなの?」


「今はタイミングが悪い。ラズの結婚も控えているし、軍務省のこともある。私たちとの対立をきっかけにマルクトホーフェン侯爵と繋がると厄介だ。敵は分断して一つずつ潰す。まずはマルクトホーフェン侯爵が仕掛けてきたことに対処すべきだ」


「それは分かるのだけど……なんか納得いかないわ」


 正義感が強いので、頭で分かっても心が納得しないようだ。


「いずれ潰すつもりだけど、盗賊ギルドロイバーツンフトを完全に根絶させることは不可能だ。奴らは雑草のようなものだから、地道に抜いていくしかないんだ」


 過去にも盗賊ギルドを壊滅させようと大規模な作戦を行ったことがある。その際には“ナハト”の上位組織である“神霊の末裔エオンナーハ”にも手を回し、暗殺という手段を封じたのだが、それでも完全に根絶することはできなかった。


 犯罪者は必ずいるものだし、その犯罪者が必要とする限り、そのような組織は何度でも生まれてくるのだ。


「今回の目的は黒獣猟兵団というか、獣人族セリアンスロープの名誉回復だ。目的を忘れてはいけないよ」


「そうね。分かったわ」


 イリスもようやく納得してくれた。

 私は屋敷の見取り図を示しながら作戦を説明していく。


「作戦は夜明けの直前に開始し、黒獣猟兵団五十名が主力となってアジトに突入。ならず者たちを全員捕縛し、犯罪の証拠を押収する。押収する証拠は違法奴隷の取引記録と密輸に関する帳簿だ。隠してあるのはこの場所だそうだ……」


 事前の調査で誘拐した子供を違法に売買していることが分かっている。残念ながら、それにマルクトホーフェン侯爵家は関わっている可能性は低く、貶めることには使えない。


「証拠に関しては、既にシャッテンたちが場所を特定しているので、廃棄されないように注意すれば問題はない。重要なことは敵を圧倒することだ。平民街の民衆に対し、我々が正義であることを見せつけるためには、誰一人命を落とすことなく、ならず者を無力化する必要がある」


「そうね。全員が無傷で帰ってきなさい。あなたたちならできるのだから」


 イリスも発破をかける。


「現地には私とイリスも行く。但し、私たちはアジトには突入せず、外で待つ。現場での指揮は全体をエレンが執れ。狼人ヴォルフ族五名は突入後、玄関ホールで待機し予備隊として不測の事態に当たれ」


「はっ! 現地での指揮を執ります!」


 エレンが敬礼しながら答える。

 それに頷き、各部署の指揮官を指名していく。


「周囲の警戒と脱出の阻止はミリィが指揮せよ。白猫ヴァイスカッツェ族と兎人ハーゼ族の十名で誰一人逃がすな」


「はい! 逃げ出そうとする者は必ず見つけ出します!」


 小柄な猫獣人のミリィが力強く答えたので、それに大きく頷く。


「正面からの突入はヘクトールが指揮を執れ。獅子シーレ族、熊人ベーア族、猛牛シュティーア族、シュヴァルツェヴォルフ族の二十名で敵を圧倒し、黒獣猟兵団の実力を見せつけよ」


「はっ!」


 ヘクトールは鬣に似た金髪を揺らしながら力強く頷く。


「裏口の指揮はヴェラだ。白虎ヴァイスティーガー族、猟犬ヤークトフント族、黒犬シュヴァルツェフント族の十五名で二階にあるボスの部屋を強襲、ボスであるブルーノ・ロシュと隠し金庫を確保せよ」


「はっ! 一番美味しいところをありがとうございます!」


 ヴェラは美しい顔で微笑む。虎が獲物を狙う時のような不敵な笑みだ。


「カルラさんには私たちの護衛をお願いします。ユーダさんたちは念のため、周囲の警戒をお願いします」


「承りました」


 お茶の用意でも始めそうな、いつも通りの表情で答えた。


「出発は午前五時。今日は早く休み、万全の態勢で当たってほしい」


「「「はっ!」」」


 やる気に満ちた表情で一斉に敬礼した。

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