第16話「名誉の回復:その一」

 統一暦一二〇六年十月二十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、西門。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペのリーダー、エレン・ヴォルフが悔しげな表情で立っている。


 士官学校での仕事を終えて王都に戻ってきた際、我々の先頭に立つエレンと獅子シーレ族のリーダー、ヘクトールと共に、西門を守る第一騎士団の衛士に止められていたのだ。


獣人族セリアンスロープの強盗が出没している。貴様らは武器を置き、詰所までついて来い」


 ラウシェンバッハ家の紋章を付けているにも関わらず、まるで容疑者のような扱いだ。


「何をしている! さっさと武器を置け! 我ら第一騎士団衛士隊に逆らうつもりか!」


 エレンは屈辱を感じながらも、私たちに迷惑が掛かると考え、抗議せずに我慢している。しかし、素直に従って武器を置くことは、自ら罪を認めることになると考え、黙っているのだ。


 私は馬から降り、横で護衛をしていた猛牛シュティーア族のジャコモに手綱を任せ、彼らに近づいた。


「ラウシェンバッハ子爵家のマティアス・フォン・ラウシェンバッハだが、我が家の家臣・・の何を調べるというのかな」


 私はエレンたちのことを考え、あえて“家臣”という部分を強調した。


「獣人族は厳しく詮議せよと命令が出ているのです。従うように命じてください」


 衛士は私が強く出ないことから舐めてかかってきた。

 それに怒りを覚えたイリスが馬を降りて詰め寄っていく。


「イリス・フォン・ラウシェンバッハよ。私の部下に対して、ずいぶんな言い方ね。上官を出しなさい」


 口調だけでなく、表情も険しい。


 イリスは王都では有名人だ。

 エッフェンベルク伯爵家の元令嬢というだけでなく、第一騎士団の隊長時代には第二王妃アラベラを捕らえようと独断で動くほど、正義感が強い人物として知られている。


 そのため、衛士は相手が悪いと思い、慌てた様子で頭を下げた。


「すぐに小隊長を呼びます!」


 すぐに小隊長の徽章を付けた三十歳くらいの男が現れる。

 スラリとした立ち姿の美男子で、銀色の鎧がよく似合うが、その顔には嫌らしい笑みが張り付いていた。


「第一騎士団の騎士、ハンノ・ウルブリヒトと申します。高名なマティアス卿と奥方には申し訳ございませんが、獣人族は例外なく取り調べよとの命令が出されておりますので、しばしお時間をいただきたい」


 騎士は小隊長を示す昔の言い方だ。

 騎士団改革で第一騎士団も小隊長、中隊長という階級ができたが、マルクトホーフェン侯爵派を中心に、以前の呼称を使う者は多い。


「誰からの命令かな?」


 “フォン”を付けていないことから貴族ではなく、マルクトホーフェン侯爵派の隊長に対し、敬意を払う必要はないと敬語は使わなかった。

 私が問うが、ウルブリヒトは笑みを浮かべたまま、ぞんざいに答える。


「上からの命令です」


 そう言うだけで、明確に答えない。


「つまり、ホルクマイヤー閣下の命令ということだな」


 第一騎士団長のピエール・フォン・ホルクマイヤー子爵の名を出す。


「答える義務はありませんな。第一騎士団は王都の安全を守ることが使命。貴族であっても従っていただきます」


「確かに君の言う通りだ。だが、王命を受けて王都に戻る貴族に対し、正当な命令なく王都への帰還を妨害した場合は、斬首を含めた厳しい処分を受けることは当然知っているな」


 私とイリスは士官学校の教官であり、王命・・を受けて士官学校に行き、戻るところだ。


「そ、それは……いや、王命を受けてなどいないのに、それを盾に取れば、そちらの方が厳しい処分を受ける。そのことは理解されておりますな」


 私が正当な権利を持つと言ってくるとは思っていなかったようで焦っている。


「当然知っているよ。それに私は騎士団にも籍を置いている。主任教官は大隊長待遇だから、君より地位は高い。もちろん、第一騎士団に対して命令権はないが、不当に権力を行使した者を告発することは可能なのだ」


「そうね。私がホルクマイヤー閣下に確認してくるわ。閣下とは面識があるし、難しいようならグレーフェンベルク閣下にお願いするから」


 イリスがそういうと、ウルブリヒトは更に慌てる。


「ま、待ってくれ……いや、お待ちください!」


「なぜ待つ必要があるのかしら? 詮議を受けるのは獣人である彼らよ。私が獣人族でないことは明らかなのだから、この門を通っていいはず。それとも私も獣人族だと言いたいのかしら?」


「い、いや……」


 マルクトホーフェン侯爵か、派閥の誰かから命じられて嫌がらせをしてきたようだ。


「誰の命令かしら? 回答によっては、ラウシェンバッハ子爵家とエッフェンベルク伯爵家の連名で第一騎士団に抗議を行うわよ」


「そ、それは……」


 イリスは更に強気に攻めていく。


「騎士ウルブリヒト! 答えなさい! あなたは王都を守る第一騎士団の騎士と言った! その矜持があるなら答えられるはず!」


 そこでウルブリヒトはがっくりと項垂れる。


「正当な命令もなく、王家に仕える者を貶めた。この罪は必ず償ってもらう。君に命じた者にもそのように伝えておいてくれ」


 私はそこまで言ったところで、彼の後ろに立つ衛士に視線を向ける。


「ウルブリヒト殿はこれ以上の詮議は不要と考えているようだ。通してもらうが、それでよいかな」


 衛士たちは即座に左右に動いて道を開ける。

 平民である彼らはこのような揉め事に関わりたくないのだ。


 門を通ったところで、エレンが礼を言ってきた。


「先ほどはありがとうございました!」


「君たちに罪はないから当然のことをしたまでだよ。ただ厄介なことには変わりないけどね」


 十日ほど前から平民街で獣人が強盗や暴行を行っているという噂が流れていた。また、獣人の関与は不明だが、その近くで殺人事件まで起きている。そのため、獣人族に対して嫌悪感を示す者が出始めていた。

 今回はそれを我々に対する嫌がらせに利用した。


「大丈夫よ。このことは必ずグレーフェンベルク閣下にお伝えするし、獣人の強盗のことも私たちで解決してみせるから」


 イリスも先ほどとは異なり、優しい口調で諭す。


 貴族街に入る門では特に揉めることはなく、ウルブリヒトの独断である可能性が高まった。

 ウルブリヒトの失態を活用するため、私たちは即座に行動を開始した。


「イリスはこのことをグレーフェンベルク閣下に伝えてほしい。マルクトホーフェン侯爵派が仕掛けてきたから対処すると」


「分かったわ。あなたはどうするのかしら?」


「私は王宮に行って、ホルクマイヤー閣下に直談判する。今回のことは目撃者も多いから、有耶無耶にはできないだろうし、閣下はマルクトホーフェン侯爵派ではないから協力していただけるはずだから」


 そして、エレンたちに視線を向けた。

 表情こそ変えていないが、覇気がない気がした。


「エレンはヘクトールとジャコモと共に、私の護衛として付いてきてくれ。君たちは我がラウシェンバッハ子爵家の騎士だ。胸を張って堂々と王宮に入るぞ。分かったな」


「「「はっ!」」」


 三人は感激したように目を潤ませて答えた。

 そこでイリスが私に声を掛けてきた。


「大丈夫だと思うけど、気を付けてね。王宮に手が回っているかもしれないから」


「エレンたちもいるし、ユーダさんに付いてきてもらうから問題はないよ。そっちも油断しないように。騎士団本部にもマルクトホーフェン侯爵派は残っているんだ。今回のことで直接動いてくる可能性はあるから」


「分かっているわ。ヴェラ、ミリィ、あなたたちが護衛よ。よろしく頼むわ」


「「はい!」」


 白虎ヴァイスティーガー族のヴェラと白猫ヴァイスカッツェ族のミリィが同時に答える。


「カルラ、あなたにも仕事を頼みたいわ」


「どのようなことでしょうか?」


 女騎士姿のシャッテンのカルラが優雅に聞く。


「平民街にあるマフィアのアジトを探ってほしいの。恐らくそこにならず者の獣人がいるはずだから」


 マルクトホーフェン侯爵派が動いたのであれば、以前アイスナー男爵が向かったマフィアのアジトが怪しいと考えたようだ。


「捕らえますか?」


 カルラの問いに私が答える。


「とりあえず、確認だけお願いします。捕らえるのは黒獣猟兵団にやってもらいますから」


「承知いたしました。では、探ってまいります」


 それだけ言うと、カルラは部屋から出ていった。


「今回は敵がしくじってくれた。だから、ここで一気に決めて禍根を断つ。そのために全力で当たってほしい」


 私の言葉にイリスも決意を示す。


「あなたたちの名誉を傷つけたことは絶対に許せないわ。あなたたちは私にとって家族のようなものなのだから……団長として命じます! 黒獣猟兵団は王都に巣食う獣人族セリアンスロープのならず者をすべて捕縛し、自ら名誉を回復しなさい!」


「「「はっ!」」」


 彼女の言葉にエレンたちが敬礼で応えた。

 私たちはマルクトホーフェン侯爵が仕掛けてきた謀略を潰すために行動を開始した。

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