第11話「守備隊の増強:後編」
統一暦一二〇六年七月二十八日。
グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、旧捕虜収容所。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
獣人たちの特質合わせ、万能型、斥候型、攻撃型、防御型に分かれて、模擬戦だけでなく、柵などの障害物を使って運動能力の確認がされた。その様子は競技大会のようだが、全員が鬼気迫る表情で、和やかさは一切感じなかった。
始まったのは午前十時頃で、四千八百人以上が挑み、試験自体は午後二時くらいに終わっている。
合否を決めるのは、前回同様“
「これより選定に入りますので、一時間ほど掛かると思います。その間、建物の中でお寛ぎください」
「私たちは見ていただけですから、この収容所跡地の設備を見て回りたいと思います」
今回の目的は
選抜試験で盛り上がりすぎて忘れそうになったが、見て回るだけなら一時間もあれば充分なので、この時間を利用する。
案内役は代官であるムスタファ・フリッシュムートの息子エーベルハルトだ。
今年三十歳になる真面目な男で、父親同様に切れるというタイプではないが、安定感がある印象だ。
彼は収容所の時にも運営に関わっており、その後の施設の管理にも携わっている。
大きな木造の建物に到着した。
幅十メートル、長さ二十メートルほどの平屋で、屋根からは何本も煙突が出ている。
「ここが厨房棟になります。竈は五十あり、裏には井戸が二十ほどあります。また、小川から水を引いた洗い場も裏に設置されています」
中に入ると、竈や棚はあるものの、テーブルなどはなく、ガランとしていた。以前は魔導具である大型の冷蔵庫や冷凍庫、数十台の魔導コンロが設置されていたが、捕虜収容所を閉鎖した際に撤去しているためだ。
「魔導コンロを追加すれば、大鍋での煮物料理なら、一度に一万食程度は作ることができます。また、パンを焼くこともできますが、昨年の捕虜たちへの食事の提供では、ここだけでは足りず、領都からパンを運び込んでいました。一個騎士団であれば、ここだけで充分に対応可能ですが、それ以上になる場合は同じように領都から運び込む必要があると思います」
「想定通りだね。運用上の問題はなかったと聞いているけど、気づいたことはないかな」
「そうですね……洗い場の水が少なく、時間が掛かっていました。ただ、昨年は一万七千人もいましたから、五千人規模なら問題はないと思います」
そんな話をしながら、施設を見ていく。
「宿泊棟は天幕などの倉庫を兼ねております。二千人までであれば常時使用可能で、それ以上になる場合は、天幕などを出す必要があります……」
ここを守備隊の駐屯地として活用することは教えてあるので、その点を踏まえながら説明してくれる。
「一番問題になったのは下水でした。当初はトイレからの排水をエンテ河の支流に流していたのですが、冬の渇水期とも重なって匂いが大変なことになっていました。今は上流に貯水池を作って水量を一定にした上で、支流ではなくエンテ河に直接流すように変えています。町を一つ作るつもりでやらないと大変だと思った記憶がありますね」
エーベルハルトはそう言って苦笑していた。
「今でも二千人までならそのまま問題なく使え、一万人であっても受け入れられる。そういうことでいいかな?」
「ご認識の通りです。演習や行軍中であることを考えれば、二万人であっても兵士から不平が出ることは少ないでしょう」
「物資の保管はどの程度の量が可能なのかしら?」
イリスが質問する。
「予備の武具や矢などの消耗品は一個騎士団分が常時保管可能です。食糧については、穀物が一千トン、飼葉用の干し草は三つのサイロに保管しています。他にも……」
エーベルハルトが丁寧に説明してくれる。
今のところ、備蓄拠点としては、一個騎士団五千人分の食糧や消耗品を常時保管しておく予定だ。
あまり多くても消費が追いつかなくなって食糧を無駄にすることになる。
また、帝国がヴェヒターミュンデ城を攻撃するのであれば、王都やヴィントムントから船を使って輸送した方が効率はよく、ここに大量の物資を保管しておく必要性は低い。
ここはリッタートゥルム城を奪われた場合や、帝国が大きく迂回して南方から攻めてくる際の拠点であるため、一個騎士団が即応できるように準備しておくだけで充分だと思っている。
帝国への対応の他にも、ここを演習場にすることも考えている。
王国騎士団だけなら王都に近い場所だけでいいが、同盟国のグランツフート共和国軍との合同演習を考えると、共和国軍の駐屯地があるヴァルケンカンプと王都シュヴェーレンベルクの中間にあるここの方がよいためだ。
「これなら問題なく使えるね。守備隊と黒獣猟兵団に管理を任せよう」
施設の確認を終えると、ちょうど黒獣猟兵団員四百、守備隊員一千が決まったと知らせが入る。
「候補者が決まりましたので、お越し頂けないでしょうか」
獣人族入植地の
広場には満面の笑みを浮かべている者が中央に並び、悔し涙を浮かべている者が両サイドに並んでいた。
「最前列の者が黒獣猟兵団の候補です。その後ろが守備隊の候補となります」
そこで拡声の魔導具のマイクを渡される。
「合格者の諸君、おめでとう! これより諸君らは黒獣猟兵団員、守備隊員として、我がラウシェンバッハ家の家臣となる! 今後の諸君らの働きに期待する!」
そこで合格者たちが胸を張る。
私は左右にいる者たちに視線を向ける。
「惜しくも選ばれなかった者たちも落胆する必要はない! 先ほど族長たちには話をしたが、遠くない将来、我がラウシェンバッハ子爵家は騎士団を創設する。その際に諸君らから選抜することになるだろう。君たちを主力とすれば、ラウシェンバッハ騎士団は大陸最強と呼ばれることになる! その時に備えて更なる鍛錬を行い、準備しておいてほしい!」
悔し涙を浮かべていた者たちも、私の言葉で目に力が宿る。
「なお、自警団だが、今回正式にラウシェンバッハ家の組織として認めることになった! つまり、自警団員は家臣ではないが、我がラウシェンバッハ家の紋章を付ける資格を持つことになるのだ! 諸君らが我が家の名を更に高めてくれると信じている!」
紋章付きの装備を貸与することになるので、当たり前のことなのだが、そのことを告げただけでも嬉しそうな顔をしている。
その後、リオたちと今後のことを話し合った。
「先に採用した黒獣猟兵団員百名は、護衛任務にも十分対応できますが、今回採用した四百名がそのレベルに達するのは半年ほど先になります。また、現在我ら五名で指導を行っていますが、四百名となるといささか手に余ります。“
リオの提案を受け、カルラに意見を聞く。
彼女は私の護衛であるが、“
“里”は王国北部の森の中にあるらしく、そこで“
「カルラさんはどう思われますか? 四百名も受け入れたら大変そうですが、大丈夫なのでしょうか? 忌憚のない意見をいただきたいのですが」
「マグダ様よりマティアス様を全面的に支援するように命じられておりますので、リオの提案通りで問題ございません。受け入れについても“
“
“
「お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
こうしてラウシェンバッハ家の戦力増強は順調に進んでいた。
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