第10話「守備隊の増強:中編」

 統一暦一二〇六年七月二十八日。

 グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、旧捕虜収容所。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 領都ラウシェンバッハの西五キロメートルにある収容所跡地にいる。

 表向きの目的は騎士団の物資集積拠点として使用できるかの確認だが、本当の目的はラウシェンバッハ守備隊の増強のため、獣人族セリアンスロープ入植者から希望者を募ることだ。


 現在、ラウシェンバッハ子爵領にいる私設軍は守備隊五百名程度だ。これでも十年前に比べれば、倍以上に増えている。この五百名にシュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペは含まれていない。


 黒獣猟兵団だが、エレンたち王都組五十名に加え、五十名が追加された。これは獣人族側からの強い要望があったためだ。


『エレンたちだけでなく、他の者たちにも活躍の場を与えてください』


 王都の屋敷に獣人族の取りまとめであるデニス・ヴォルフがやってきて訴えたのだ。


『私としては急激に増やすつもりはないのだが……』


 当初はマルクトホーフェン侯爵らを刺激することになるので、黒獣猟兵団ではなく、自警団として組織するつもりだったのだ。


 ちなみに口調は敬語をやめている。以前から頼まれていたが、家督を継げば、領主と領民という立場になるからだ。


『私もデニスの意見に賛成よ。ラウシェンバッハ子爵家の私兵としてではなくて、傭兵団とすれば問題にならないわ』


 妻のイリスがそう言ってきた。


『しかし、エレンたちは私たちの護衛として有名になっている。それにリーダーたちにはラウシェンバッハ子爵家の騎士として認めると公表しているのだから、傭兵団と言っても通用しないと思うのだが』


『もちろん分かっているわ。でも、建前さえ作っておけば、あなたなら言い逃れはいくらでもできるでしょ。それに当面は近隣の男爵領や騎士爵領の魔獣ウンティーアの間引きが仕事になるのよ。傭兵としておいた方が問題にならないわ』


 確かに我が家の兵士が他の領地で戦うには理由がいる。領地持ちの貴族や騎士は自前で戦力を整えて民を守り、王家からの要請で兵を出さなくてはならない。


 しかし、魔獣の暴走アンシュトルム以外で、他の貴族に支援を要請することは自らの領主としての能力を否定することになり、領主としての体面を失うことになる。


 傭兵団なら問題にならない。

 領民兵を使うか、傭兵を使うかは領主の裁量の範囲だからだ。


 彼女の意見を採用し、黒獣猟兵団を拡充した。

 今では魔獣ウンティーアを狩るため、王国南部域の各地に出向いている。

 領主からは滞在費用程度しか受け取っていないが、問題になっていない。


 これは“黒獣猟兵団”という名が関係していた。

 “魔獣狩人イエーガー”という文字が入っていることで、魔獣ウンティーア相手の傭兵団だと言い張れるためだ。


 今回はその黒獣猟兵団を五百人にまで増やす予定だ。

 増やそうと思えば、兵士だけなら五千でも一万でも可能だが、指揮官となる者が少ないのだ。


 そのため、黒獣猟兵団の増員は四百名とし、ラウシェンバッハ子爵領守備隊の兵士として、一千名程度採用する。更に自警団を正式に認め、守備隊の下部組織とすることにした。


 ラウシェンバッハ子爵家には三つの武装集団ができることになる。

 黒獣猟兵団は傭兵団として子爵家の要人の護衛と子爵領以外での魔獣ウンティーアの討伐を行う。よって、建前上は子爵家が認めた民間組織と言える。


 守備隊は子爵家の家臣として、領内の治安維持に当たる。守備隊は日本で言えば自衛隊や警察などで、兵士は公務員となる。


 自警団は子爵家の要請によって領民が組織した治安維持組織で、日本の消防団に近いイメージだ。団員は子爵家の家臣ではなく、あくまで住民という扱いだ。


 このようなややこしい体制にしたのは、マルクトホーフェン侯爵らに難癖をつけられないようにするためだが、近い将来ラウシェンバッハ騎士団を設立することを視野に入れていることもある。


 騎士団を創設するのは、帝国などの外国との戦いより、内戦を想定しているためだ。

 ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵は短絡的に動く人物ではないが、これまでの感じでは大胆な行動をためらわない人物だと分かっている。


 そのため、いきなり内戦という事態にはならないとは思うが、準備しておいた方が良いと思ったのだ。


 そして、これからその話をデニスたち族長にする。

 我々が入ったのは帝国軍第三軍団の捕虜たちが使っていた建物の中で、高級将官用の宿舎にしていたものだ。


 デニスの他に主要な氏族の族長二十名ほどが大ホールに集まった。

 誰一人、無駄な話はせず、大ホールは静まり返っていた。


 簡単な挨拶を行った後、すぐに本題を切り出す。


「既に情報は入っていると思うが、黒獣猟兵団と守備隊の拡充と共に、自警団を正式にラウシェンバッハ子爵家の管轄下に置く。黒獣猟兵団は四百名、守備隊は一千名を新たに採用する。自警団だが、総団長はデニス・ヴォルフ、各族長は団長として我が家から任命する。武器などの必要な装備は我が家から支給し、出動時の他に訓練にも日当を支給する。詳細は追って説明するつもりだ」


 ここまでは事前に説明してあるため、特に反応はない。


「あまりおおっぴらには言えないが、近い将来ラウシェンバッハ騎士団を創設することになる。このことは父も承認しているが、恐らく私が家督を継いでからになるだろう。定員は三千名程度。君たちの実力から考えれば、王国屈指の騎士団となることは間違いない」


 そこで族長たちから僅かに感嘆の声が漏れる。


「私としては君たちを巻き込みたくなかったが、帝国では新たな皇帝が生まれた。彼の能力であれば、十年以内にはリヒトロット皇国を飲み込むだろう。そうなった場合、我が国の数倍の戦力がシュヴァーン河に押し寄せてくるはずだ。更に皇帝マクシミリアンは我が国の勢力と手を結んだ可能性が高い。せっかく安息の地を手に入れたのに心苦しいが、内憂外患の中、諸君らに期待せざるを得なくなったのだ」


「我々はマティアス様に救われました。その恩を少しでも返せるのであれば、我らの命を存分に使ってください」


 最前列にいるデニスがそういうと、族長たちは一斉に頭を下げる。


「ありがとう。但し、私は君たちを無為に死なせはしない。それだけは約束する」


 これで私から説明が終わった。


「黒獣猟兵団や守備隊への採用については、マティアス様、イリス様がお決めになるということでしょうか」


 デニスの質問に苦笑する。


「最終的な承認はもちろん私が出すつもりだが、そちらから推薦してもらおうと思っていたんだが」


 さすがに四千八百二十人から千四百人を選出するのは、二人では不可能だ。


「では、我々が考えた方法で、これより選ばせていただきます。では皆の者! これより選抜試験を始める!」


「「「オオ!!」」」


 デニスの宣言を受け、族長たちが雄叫びを上げる。


「大丈夫なのかしら……」


 イリスの独り言に私は大きく頷いた。


「そうだね……いつも大掛かりになるような気がするな……」


 デニスたちが外に出ていくため、私たちも付いていった。


 外に出ると、候補者たちは整列をして待っていた。

 デニスが彼らの前に立ち、選定方法を説明していく。


「選定方法については、我らに一任された! よって、予め決めていた通り、各氏族より十名で班を作れ。各班は万能型、斥候型、攻撃型、防御型のいずれかの組を選択せよ。その後、組ごとに選抜試験を実施する……」


 万能型は攻守のバランスがよく斥候もこなせる者たちだ。斥候型は文字通り、索敵能力が高く、攻撃より速度を重視した者たちだ。


 攻撃型、防御型も同様にそれぞれを重視しており、エレンたち私たちの護衛の構成を参考にしているらしい。

 これは既に五百名を決めた際に行われた方法らしく、選ぶのはシャッテンだ。


「どのくらい時間が掛かるんだろう……」


「前回は半日程度でしたので、今回も今日中には終わるでしょう」


 私の独り言にシャッテンのカルラが答えた。

 彼女のところには詳細な報告が来ていたようだ。


「面白そうね。どの組を見ようかしら……」


 イリスはすっかり観戦モードに入っている。


「派手な戦いであれば、攻撃型の組がよろしいかと。万能型も面白いとは思います」


 執事姿の護衛、ユーダがイリスに助言していた。


「僕たちも見てきていいですか?」


 フレディ・モーリスが目を輝かせて聞いてきた。

 十三歳の少年には面白いイベントなのだろう。


「構わないよ。ただあまり前に行かないように。流れ矢が飛んでくるかもしれないから」


「分かりました! ダニエル、一緒に見に行こう!」


 弟の手を引き、獣人族の中に入っていった。


「私も見に行くけど、あなたはどうするの?」


「君と一緒に行くよ。彼らは私のために頑張ってくれているのだから、しっかりと見ないと失礼だからね」


 そう言いながらも内心では別のことを思っていた。


(いつも思うのだけど、獣人族セリアンスロープたちに関しては私が絡むといつも大ごとになる気がする。悪いことではないのだが、彼らの熱意に圧倒されるなぁ……)


 私は笑みを浮かべながら獣人たちの間を歩いていった。

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