第38話「新皇帝誕生」
統一暦一二〇六年五月一日。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。マクシミリアン・クルーガー
昨日、枢密院で私の即位に対する賛否の採決が行われた。
皇帝に即位するには、枢密院議員の四分の三、すなわち九名中七名の承認が必要だが、反対が三名であったため棄却された。
その採決の後、元第三軍団長ルーティア・ゲルリッツ元帥が次の候補を提示すべきだと主張した。その主張に対し、枢密院議長であるハンス・ヨアヒム・フェーゲラインは明確な回答ができなかった。
私はその一点をもって、フェーゲラインを国家反逆罪で告発し、戒厳令による司法権を発動して第一軍団長のローデリヒ・マウラー元帥に逮捕させた。
フェーゲラインは抵抗することなく連行され、内務府の諜報局によって厳しく詮議されている。
今のところ証拠は見つかっていないが、内務尚書のヴァルデマール・シュテヒェルトが見つけ出すか捏造するだろう。それ以前に、文官に過ぎないフェーゲラインが、厳しい取り調べに耐えられるとは思えず、さほど時間を掛けなくとも自白するはずだ。
これで邪魔者はいなくなった。
また、逮捕と共に枢密院議員の資格を剥奪したことから、昨日のフェーゲラインの投票自体が無効であり、議員の七十五パーセントの賛成が得られたことになる。
この事実をもって、私の即位は承認されたと宣言した。
そして本日、私は即位する。
慌ただしい限りだが、あまり時間を掛けると、グライフトゥルム王国のラウシェンバッハの手の者が妨害工作を行ってくる。
警戒し過ぎだという声があることは事実だが、ラウシェンバッハに対して油断することはできない。
今も何らかの策が静かに実行されているのだから。
ラウシェンバッハに対して私が有利な点は、即座に対処できるという一点に尽きる。彼がここにいれば、私がどのように動こうが、即座に対応してくるだろうが、彼はここにはいない。
千里眼と呼ばれる先読みの能力をもって、帝都にいる配下の者に予め指示を出しているのだろうが、それでも限界はあるはずだ。
実際、父の崩御に対し、王国は積極的な謀略を行っていない。恐らくだが、これほど早く事態が動くとは、さすがのラウシェンバッハでも読み切れなかったのだろう。
我々の気づかないところで、何か行っているのだろうが、それは将来を見据えた何かだ。
ラウシェンバッハが父の崩御を知り、妨害を仕掛けてくる前に即位してしまえば、“千里眼のマティアス”といえども後手に回らざるを得なくなる。
父の崩御からそろそろ一ヶ月、ようやく王都シュヴェーレンベルクに情報が届く頃だ。
今から指示を出したとしても、ここ帝都にそれが届くのは一ヶ月後。それまでに帝国を完全に掌握できれば、私の勝ちだ。
昨夜のうちにマウラーとシュテヒェルトに、即位することとその理由を伝えている。
『私は殿下のご判断に賛成です。おっしゃる通り、これ以上至高の座を空位にしておくことは、王国の介入を招きかねません。それに唯一の懸念であったゴットフリート殿下も賛成されているのですから、問題はないと思います』
シュテヒェルトは全面的に賛同した。
『小職も反対ではありませんが、もう数日待ってはどうかと考えます』
一方のマウラーは保留を提案してきた。普段の果断さがなく、消極的な印象を受け、意外な感じがした。
『どういうことだ? ここで数日待ったところで事態が大きく変わるとは思えんが』
『フェーゲライン議長を逮捕したのは昨夜です。帝都の民に議長が権力維持のために帝国の未来を蔑ろにしたと知らしめてからの方がよいのではないかと』
『言わんとすることは理解するが、ラウシェンバッハの手の者が動き出さんとも限らん。これまで何度も煮え湯を飲まされてきたが、今回は神速をもって奴の策を封じる』
私の説明にマウラーは目を瞑って考えた後、小さく頷いた。
『承知いたしました。そういうことであれば、小職もこれ以上反対はいたしません』
そして、更に兄ゴットフリートにも話を通した。
『俺はそれで構わん。フェーゲラインに乗せられる気はないし、俺が賛成したことを一刻も早く表明しなければ、混乱を大きくすることになりかねん。それだけは避けねばならんからな』
『ありがとうございます。兄上には戴冠式の後に大公として、私の後見人となっていただく予定です』
私の案に兄は僅かに考えた後、首を横に振った。
『それはやめておいた方がいいだろう。俺が権力に近いところにいれば、利用しようとする奴が必ず出てくる。フェーゲラインを排除できたとしても、ラウシェンバッハなる者はお前ですら恐れる天才だ。そんな奴に利用されぬよう、すべてを捨て、田舎で
ラウシェンバッハを警戒するという兄の考えに完全に同意するが、私の目が届かないところに行かれることもまた、危険だと思った。
しかし、今そのことを話すわけにもいかず、曖昧に頷くことしかできなかった。
そしてこれから、即位式が行われる。
即位式は内外の要人を集めて行われる戴冠式と異なり、新皇帝が政府と軍の主要なポストの者の前で、即位したことを宣言するだけの簡単な式典だ。
本来なら枢密院議長が前皇帝の遺志を示し、それに対して枢密院での審議の結果を報告して終わる。
しかし、議長であるフェーゲラインが逮捕されていることから、議長代行としてゲルリッツ元帥がそれを行った。
「先の皇帝陛下、コルネリウス二世陛下は後継者を指名することなく身罷られた。よって、国家元首代行者である枢密院議長が皇位継承権者の中で最も相応しい方を推薦し、枢密院にて審議を行った。審議の結果は棄却であったが、議長であるハンス・ヨアヒム・フェーゲラインがグライフトゥルム王国と共謀し、不当に反対したことが分かった……」
居並ぶ高官たちはやや白け気味に聞いている。
実質的には私の脅しに屈して即位を認めたと思っているからだ。
「……枢密院は採決の結果を見直し、皇位継承権者であるマクシミリアン殿下が、ゾルダート帝国第十二代皇帝に相応しいとの結論で一致した……」
そして、ゲルリッツは会場を見渡す。
「ここに新たな帝国の守護者が誕生した! マクシミリアン陛下万歳! 帝国万歳!」
彼女の言葉に高官たちが唱和する。
「「マクシミリアン陛下万歳! 帝国万歳!」」
その声が響く中、私は玉座に向かった。
そして、玉座の前に立ち、両手を広げる。
万歳の声はそれで静まり、私は即位を宣言した。
「余が第十二代皇帝、マクシミリアンである! 偉大なる父コルネリウス二世陛下の遺志を継ぎ、我が帝国を更なる強国に導く!」
会場は静まり返ったままだ。
本来なら、ここで万歳の声が上がってもおかしくはない。私は自らの支持の低さを感じながら、話を続けていく。
「我が帝国は宿敵リヒトロット皇国を十年と掛からずに滅ぼすだろう。しかし、敵は皇国だけではない。小国と侮っていたグライフトゥルム王国は我が国の精鋭、第三軍団を打ち破っている」
その言葉に軍関係者が顔をしかめている。
「それだけではない! フェーゲライン議長を調略し、我が国に混乱をもたらしたのだ! そのような敵と我々は戦っていかねばならない!」
そこで会場を見回す。
マウラーとゲルリッツは真剣な表情で、シュテヒェルトはいつもの飄々とした表情で私を見ている。しかし、私の言葉はその他の者に届いているようには思えなかった。
「余に力を貸してほしい! 先帝陛下の、父上の愛した帝国を更なる強国にするために! リヒトロット皇国を、そしてグライフトゥルム王国を滅ぼし、その他の国々も平らげ、大陸を我が国の下で統一するために!」
そこでマウラーとゲルリッツが拍手を始めた。
それにシュテヒェルトが加わり、兄ゴットフリートがそれに倣うと、すべての高官も続く。会場は万雷の拍手に包まれた。
再び両手を広げることでそれを静める。
「今回の余のやり方に不満を持っている者も多いことだろう。兄ゴットフリートの方が相応しいと思っている者がいることも承知している。しかし、今の帝国に皇位継承争いを行っている余裕はないのだ!」
そこで勝負に出る。
「三年だ! 三年間、余のやることを見ていてほしい! それまでに結果が出せなければ、余は退位する!」
そこで高官たちが息を呑んだ。
即位式で退位の話をすると思っていなかったからだろう。
「余は三年以内に、リヒトロット皇国の皇都を陥落させる! それまで余を支え、帝国の更なる発展に協力してほしい!」
三年で皇都を攻略することは正直厳しい。
私が即位したことによって、ラウシェンバッハの妨害は今より厳しいものになるからだ。
それでも私には、その厳しい条件を達成すると約束することでしか、彼らの支持を取り付ける方法が思い浮かばなかった。
「マクシミリアン陛下万歳!」
マウラーが戦場で鍛えた
軍の重鎮が支持を表明したことで、高官たちも万歳と叫び、私の即位は何とか認められた。
即位式が終わった後、皇帝用の執務室に入ると、私は疲れを感じて椅子に座り込んだ。
(何とか認めさせることができた。あとは民衆の支持をどうやって得るかだな……フェーゲラインを生贄にすることで、私の悪評を覆せればよいのだが……)
私はこの先の困難さを考え、暗い気持ちになった。
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