第20話「査問」
統一暦一二〇六年三月十四日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
昨日、ゾルダート帝国のマクシミリアン皇子からの密書が見つかったとして、拘束された。
誰にも接触させないよう、王宮の地下牢に閉じ込められ、朝を迎えている。
“
謁見の間ではなく、別の部屋に連れていかれた。
その部屋には国王フォルクマーク十世と宰相テーオバルト・フォン・クラース侯爵、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が待っていた。
更に侯爵の懐刀となりつつあるエルンスト・フォン・ヴィージンガー、そして宰相府の法務担当の文官、ベルンフリート・フォン・オステンドルフ男爵がいるが、グレーフェンベルク伯爵などの味方になってくれそうな人物はおらず、孤立無援の中で弁明させられるようだ。
この国の司法は恣意的であり、それが色濃く出た形だ。宰相とマルクトホーフェン侯爵が検事兼判事なのだろう。
緊張しきったオステンドルフ男爵が、国王らに恭しく頭を下げた後、私に対する告発状を読み始めた。
「ラウシェンバッハ子爵家長男マティアスは、ゾルダート帝国の皇子マクシミリアンと共謀し、我が国に対する反乱を企てております。その証拠ですが、これが昨日捕らえた男が持っていた書状でございます……」
男爵はそう言って、一通の封書を見せる。
「これには“王国内で破壊活動を行うため、ラウシェンバッハ子爵領にいる獣人族を使う準備を進めよ”と書かれております。具体的には“皇国との休戦が終了した一二〇八年以降、帝国軍が皇都に進軍した際に、帝国との国境への補給線の要であるヴィントムントで破壊活動を行うべし”とあります。このことより、マティアス・フォン・ラウシェンバッハが帝国に内通し、我が国に仇なそうとしていることは明らかです」
そこでオステンドルフ男爵は宰相をちらりと見る。彼の役割が終わったようだ。
宰相は満足げに頷くと、私の方を見た。
「そなたが雇った獣人たちだが、相当な腕前と聞く。それを五十人も王都の貴族街に入れた。その理由を述べてみよ」
「彼らは我が領地の住民であり、現在は子爵家の兵士でございます。王都の屋敷の警護のために連れてきました。我が家以外にも数十名の兵士を警備に就かせている家は多数ありますが、何か問題があるのでしょうか?」
「確かに伯爵家以上であれば、おかしくはない。我が家でも八十名の兵を配置しておるからの。だが、たかが子爵家が五十人以上の兵士を王都に入れることは異常過ぎる。第一、それほどの兵士が必要な理由があるまい」
宰相の言い分はおかしくはない。通常の子爵家では領地全体でも精々二百人程度しか兵士はおらず、王都の屋敷に五十人も回すことはあり得ないからだ。
しかし、私は冷静に反論した。
「宰相閣下に反論させていただきます」
そう言って頭を下げた後、説明を始めた。
「我が領はこの十年で急速に発展し、人口は五万人を超えております。すなわち、中堅の伯爵領に匹敵しているのです。また、私自身、帝国から謀略を受ける身であり、私と家族の安全を確保するために、兵士を常駐させる必要がございました。帝国からの謀略については、閣下もご存じのことと思います」
一年前に皇帝コルネリウス二世から国王に親書が来ている。内容は私を帝国軍士官学校の教官として引き抜きたいというもので、それをもって帝国に自分を売り込んだと思わせ、王国に私を排除させる策だった。
その際、宰相に謀略であることを認めさせており、私の言葉に宰相が唸る。
「うむ……」
私はそれに構わず、更に主張を続けた。
「ヴェヒターミュンデの戦いで、私がグレーフェンベルク伯爵閣下に策を献じたことは、国王陛下から直々に勲章をいただいたこともありますから、帝国でも把握していることでしょう。ですので、帝国史上最大の敗北に対し、皇帝が何らかの措置を行ってくることは想定しておりました」
そう言ってから国王の様子を探る。
国王は帝国による謀略だと理解したが、侯爵らを気にしてチラチラと視線を送っていた。
宰相はまだ考え込んでいるが、それに代わってマルクトホーフェン侯爵が口を開く。
「確かにその可能性はある。だが、王都に五十人もの護衛が必要なほどの暗殺者が送り込まれるとは考えられん。その点はどうなのだ?」
「確かに侯爵閣下のおっしゃる通り、王都に十人以上の暗殺者が紛れ込むことは難しいと思います」
「ならば、あれほど過剰な護衛が必要な理由はなんだ? 士官学校が王都の外にあるからという理由なら分からんでもないが、王都の外には五名しか連れていっておらぬと聞いている。辻褄が合わぬ」
さすがに嫌らしく突いてくる。しかし、これにも言い訳は考えてあったので、平静さを保ったまま答えていく。
「私を排除するために、暗殺という手段を採ると仮定しましょう。その場合、王都の屋敷の警備が厳重であれば、暗殺者はどうするでしょうか? 私が彼らならば、護衛が少なくなる王都から士官学校までの間で狙うでしょう」
「そうなるだろうな」
侯爵は私が何を言いたいのか分からないが、とりあえず頷いた。
「つまり、王都の外での護衛を減らすことで、王都内で騒乱を起こされる可能性が減るのです。私は自身の安全よりも陛下の、そして宰相閣下を始めとした重臣方の安全を優先すべきと考えております。王都の、それも王宮に近い貴族街で騒ぎを起こされれば、どのような影響が出るか計り知れませんので」
侯爵は私が言いたいことが分かったのか、顔を僅かに歪めた。
それに構わず、話を続けていく。
「貴族街にある屋敷の警備を強化し、逆に私自身の護衛を減らすことで、王都内での襲撃の可能性は一気に下がるでしょう。狙いやすく、かつ、襲撃を行った後に逃走しやすい状況を標的側が提供するのですから」
この説明は全くの出まかせではない。
実際、私を狙ってくる可能性はあると考えている。その場合、闇雲に警備を増やすより、あえて警備を薄くして、そこで狙わせる。そうしておけば、家族を人質に取られるなどのリスクが減ると考えているからだ。
危険はあるが、私には黒獣猟兵団以外に、三名の凄腕の
「なるほど」
そう言って侯爵は無表情に頷いた。
これで終わりかなと思ったら、ヴィージンガーが発言を求めた。
「発言を許可いただきたいのですが、よろしいでしょうか」
その言葉に宰相が頷く。
「構わん」
「ありがとうございます。では、ラウシェンバッハ殿にお尋ねしたい。ラウシェンバッハ子爵領には数千の獣人族が入植している。そして、今回の捕虜の監視には、千人程度の獣人兵が騎士団に協力したと聞いた。それほど多くの獣人兵を抱えている理由を聞かせていただきたい」
情報が不正確だが、一応調べたらしい。
「彼らは兵士ではありません」
「それはおかしい。騎士団の隊長に聞いた話では、凄腕の兵士だと言っていましたが?」
ヴィージンガーは訝しげな表情で指摘する。
「凄腕ではありますが、彼らは兵士ではなく、
「貴殿が統率すればよいだけでは?」
「ヴィージンガー殿も兵学部にいたのですからご存じかと思いますが、隊を率いる士官がいなければ、強力な戦士であっても烏合の衆に過ぎません。仮に私が率いるとしても、千人もの兵士を一度に動かすことなど不可能です」
ヴィージンガーは私の指摘に悔しそうな顔をする。
記憶力が抜群な彼は、私が今言った言葉が教本に書いてあると気づいたのだろう。
「では、もう一つ聞きたい」
そこでマルクトホーフェン侯爵がヴィージンガーに代わって質問してきた。
「どのようなことでしょうか?」
「捕虜だった帝国軍の兵士に媚を売ったのはなぜだ? あれほどの好待遇を与える必要などなかったはずだ。将来、我が国を攻める際に、自らの手先として使うつもりで恩を売ったのではないのか?」
これも想定内の質問なので、小さく頷いてから答えていく。
「彼らの立場になって考えてみてください。逃げ道である浮橋を焼かれ、引くこともできず、かと言ってヴェヒターミュンデ城を攻略する目途も立たない。そのような絶望的な状況を経験した後、信じられないほどのよい待遇の虜囚生活を送ったのです……」
国王と宰相が薄く目を瞑って考えている。
「次に帝国が我が国に攻めてきた際、少しでも命が危ぶまれる状況になれば、彼らは即座に降伏するでしょう。また、その話を聞いた帝国軍の兵士たちも降伏しないまでも、戦意が落ちることは間違いありません。つまり帝国軍の力を削ぐための策だったのです」
私の説明に国王が小さく頷いた。
しかし、国王が何か言う前にマルクトホーフェン侯爵が発言する。
「確かにそうかもしれんが、そのために膨大な金を使ったのではないか? そんな金があるなら、我が軍の兵たちに報いるべきであったと思うが」
侯爵はこのことについて調べ切れなかったようだ。
「王国の金は一マルクも出ておりません。もちろん、我がラウシェンバッハ家も同様です」
「では、どこが出したのだ? 騎士団以外にあり得ぬだろう。見返りもなく、敵国の兵士に大金を出す者などいるはずがない」
侯爵は何を言っているのだという顔で聞いてきた。金の出どころは騎士団の予算だと思い込んでいたようだ。
「ヴィントムントの商人、ガウス商会が出してくれました。見返りは賭博場や酒場などを統合的に経営するノウハウです。私が捕虜を使った試験運用を提案し、それに乗ってくれました。捕虜収容所のような閉鎖した場所で試せば、他の要因が入ることは少ないですから、どのような方法がいいのか試すのに絶好の場所だと説明し、納得したのです。我が国でも申請が出されていると思いますが?」
「確かにそのような話を聞いたことがある。まだ法ができぬから許可はしておらなかったはずだが」
宰相がぼそりと呟いた。
「私は帝国兵の戦意を落としたい。ガウス商会は経営のノウハウを得たい。両者の利害が一致し、あのようなことが行えたのです。そもそも戦意が落ちた兵を率いたいとは私は思いません」
マルクトホーフェン侯爵もそれ以上追及できずに黙ってしまう。
そこで沈黙が場を支配した。
私はこれで終わらせるべく、オステンドルフ男爵に視線を向ける。
「オステンドルフ男爵に確認したいのですが、私への告発に対し、すべて問題ないという結論になったかと思います。いかがでしょうか?」
男爵は困ったような表情で宰相を見るが、宰相はどうしてよいか分からず、マルクトホーフェン侯爵を見る。
侯爵は一瞬だけ悔しげな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて小さく頷いた。
「陛下に申し上げます。マティアス・フォン・ラウシェンバッハの疑惑については、すべて問題ないことが確認できました。つきましては、告発を取り下げたいと考えます」
オステンドルフ男爵が恭しく言上した。
「うむ。それでよい。ラウシェンバッハは余自らが勲章を与えた者だ。これ以上無用な詮議は必要なかろう。ラウシェンバッハよ、ご苦労だった」
私はそこで大きく頭を下げる。
「ありがたき幸せにございます。皆様に疑念を抱かれたことは我が不徳の致すところ。今後は陛下の宸襟をお騒がせするようなことがなきよう、精進いたします」
これで私は解放されたが、マクシミリアン皇子がこの程度の謀略を行ってきたことが気になっていた。
(密書だけで私を陥れられると、あのマクシミリアン皇子が考えるはずがない。マルクトホーフェン侯爵があっさりと引き下がったことも気になるし、もっと強引な手も打てたはずだ……何が目的なのだろうか……)
私はそんなことを考えていた。
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