第19話「投獄」

 統一暦一二〇六年三月十三日。

 グライフトゥルム王国中部ランペ村、王国軍士官学校内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 週明けの月曜日、士官学校で講義を終え、帰宅の準備を始めた頃、闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテン、ユーダ・カーンが戦術科の教官室に入ってきた。


「第一騎士団の騎士一名と従士十名が、マティアス様を捕らえるためにこちらに向かっております」


「捕らえるって、どういうことなの!」


 イリスが立ち上がって声を張り上げる。それに呼応するように補助教員である黒獣猟兵団のエレン・ヴォルフら獣人たちも一斉に立ち上がった。


「本日の昼頃、王都の南門で帝国の密使らしき人物が捕らえられたそうです。その密使がマティアス様宛ての書状を持っていたとのことで、その詮議のためと言う話ですが、詳細は不明です」


「帝国の密使がマティアス様に密書を? どういうことなのだ?」


 もう一人の教官、クリスティン・ゲゼルが疑問を口にする。彼にはユーダがシャッテンであることは伝えておらず、執事の一人が慌ててやってきたと思っている。


「詳しくは分かっておりません。あと三十分ほどでここに到着すると思われます」


「早速動いてきたようですね。エレン、君たちは先に屋敷に戻って、猟兵団が暴発しないように抑えてほしい。イリス、君も無駄に騒がないようにね」


 エレンと四人の獣人は一斉に敬礼し、復唱する。


「これより子爵邸に戻り、猟兵団を待機させます!」


 微妙にニュアンスが異なるが、動かないなら問題はないと割り切る。


「私、ユーダさん、カルラさんのいずれかが出動を命じるまで、待機は継続で」


「はっ!」


 エレンは不満そうな表情を見せることなく、敬礼する。これならば大丈夫だろう。


「私はクリストフおじ様のところに行くわ。こんなこと認められるわけがないから」


 イリスは王国騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵に直談判すると言ってきた。無駄に騒ぐなという意味をあまり理解していないのではないかと、頭が少し痛くなる。


「とりあえず事情は話しておいてほしい。恐らくだけど、マルクトホーフェン侯爵が絡んでいる。すぐに危害を加えられることはないだろうし、公の場で私を貶めようとしてくるから、それまではあまり騒がない方が助かると説明しておいて」


「そういうことなら分かったわ。でも、本当に大丈夫なの?」


「その点は大丈夫だよ」


 そう言いながらユーダの方を見る。私にはシャッテンが付いているので問題ないと示すためだ。


「では、私はジーゲル閣下のところに行ってくるよ。閣下も独断で動きそうだから」


 士官学校の校長であるハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍は、王国の宿将であり、爵位は持たないが強い発言力がある。そのため、私のために動くのではないかと思ったのだ。


「ゲゼルさんは明日以降の講義をお任せすることになると思います。資料はできていますので、よろしくお願いします」


「それは構いませんが……マティアス様がそうおっしゃるなら大したことはないということですね……分かりました。こちらのことはお任せください」


 エッフェンベルク騎士団で部隊長をやっていただけのことはあり、判断が早い。

 その後、校長室に行き、事情を説明する。


「……というわけで、マルクトホーフェン侯爵が動いたようです。こちらに後ろ暗いことはありませんし、反撃する手はいろいろと考えてありますから、心配には及びません」


 話し始めた時は憤慨していたが、私が余裕を見せたことで落ち着いたようだ。


「君がそう言うのなら、儂もとりあえずは大人しくしておこう。だが、無理はするな。儂もグレーフェンベルク閣下もおるのじゃからな」


「お気遣いありがとうございます」


 それからすぐに第一騎士団の近衛騎士が到着した。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハはいるな! 大人しく同行せよ!」


 高圧的な態度だが、特に拘束されることもなかった。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハです。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 そう言って騎士についていく。

 門のところには馬車が用意されていた。その馬車は粗末な物ではなく、貴族が使うのに相応しいもので、虜囚という扱いではないようだ。


 王都に到着すると、そのまま王宮に連れていかれる。

 王宮に入った途端、それまでとは打って変わり、扱いが一気に雑になった。


 恐らくだが、騎士団が奪還しに来ることを警戒し、もし来た場合には無下に扱っていないから邪魔をするなとでも言うつもりだったのだろう。王宮なら騎士団も手を出せないと思い、本来の扱いになったようだ。


「地下牢に連れていけ! 誰が来ようと会わせるな。たとえ、グレーフェンベルク伯爵であってもだ」


 王宮には反乱を企てた王族を収監する地下牢がある。この地下牢には無実の罪で殺された王族の幽霊が出るという噂がある一種の心霊スポットで、数多の怪談が存在する。気の弱い女官などは、地下室に通じる階段に近づくだけでも顔色が蒼褪めると言われていた。


 二人の従士に引っ立てられるように連れていかれるが、あまり人が出入りしないのか、少し埃っぽい感じがする。


「私は王族ではありませんが、このような場所に私が入っても大丈夫なのですか?」


 私が暢気にそんなことを聞くと、二十代半ばくらいの若い従士が済まなそうに頭を下げる。


「あるお方の命令なんですよ。ということで、大隊長が張り切っていまして……私としては弟の命の恩人でもあるマティアス様にこんなことはしたくないんですが……」


 彼の弟は第二騎士団の兵士で、私の作戦で自分も戦友も命を落とさなかったと言っていたらしい。


「何か不都合なことがございましたら、なんでも言ってください。私とこいつはマティアス様に恩を感じておりますので」


 もう一人の更に若い従士も小さく頷いている。

 とりあえず、ここで危害を加えられることはないと安堵した。万が一、侯爵が実力行使に出てきたら、シャッテンたちが動かざるを得ず、更に大ごとになるためだ。


「ありがとうございます。ですが、明日には呼び出されるでしょうから、特にお気遣いは無用ですよ」


 牢屋は王族用ということもあり、思ったより広い。

 寝台も天蓋付きとは言わないが、十分によいもので、トイレも別室になっている。座敷牢という言葉を思い出したほどだ。


 いろいろと見て回っていると、ドアがノックされる。


「食事をお持ちしました」


 ドアののぞき窓から見ると、先ほどの従士ではなく、執事のような服を着ており、王宮の使用人のようだ。

 ドアの下の部分が開き、食事が載ったトレイがこちらに押し出される。


「カルラ様より伝言です。現在、調査を進めております。明日の朝には報告できるとのことです」


 そう小声で伝えられた。どうやら王宮に潜入しているシャッテンの一人らしい。


「無理はしないように伝えてください」


 私も小声で伝えると、今度は外に聞こえるように話し掛ける。


「食べ終えたら、ここに戻しておけばいいですか?」


 怪しまれないように普通の会話をしておく。見張りの従士は私に同情的と言っていたが、侯爵の手が回っている可能性は否定できないためだ。


「それでお願いします。明日の朝、朝食と交換しますので」


 トレイを持ち上げ、ベッドサイドの小さなテーブルに向かう。

 料理はメインディッシュも付いたもので、少し冷めているものの十分に美味い。

 味もさることながら、毒殺の心配がないことは助かる。


 食事を終えると、することがなくなった。

 そのため、明日からのことを考えていたが、情報がないため、あまり思考がまとまらない。


 看守である従士たちは遠くにいるのか、ほとんど物音はしない。ただ、通風孔から流れてくる風の音なのか、ゴーゴーという不規則な音が僅かに聞こえ、人が苦しんでいる呻き声にも感じる。


(気が弱い人だと気になるかもしれないな。まあ、この世界にはアンデッド系の魔獣ウンティーアもいることだし、気のせいと言えないんだが……)


 その後、何度か見回りの足音が響くものの、気づけば眠り就いていた。

 翌朝、朝食がきたことで目を覚ました。何時間寝ていたのかは分からないが、思った以上に私は図太かったようだ。


 朝食のトレイに折り畳まれた紙片が隠してあった。

 そこにはカルラたちが調べたことが書かれていた。


(なるほど……マクシミリアン皇子とマルクトホーフェン侯爵が共謀したようだな。これだけなら何とかできるが、油断だけはしないでおこう……)


 メモを細かくちぎり、トイレに流す。

 そして、顔を洗い、身だしなみのチェックを終えたところで、ドアが開かれる。

 近衛騎士が無表情で立ち、口上を述べた。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハ。これより国王陛下の御前で詮議を行う。大人しくついてこい」


 国王の前というのは想定外だったが、大人しく騎士に向かって頷いた。

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