第15話「褒賞」

 統一暦一二〇六年一月一日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 激動の統一暦一二〇五年が終わり、一二〇六年が明けた。

 今日は王宮でヴェヒターミュンデでの勝利を祝う式典が催される。


 新年祝賀の行事の後ということで、着飾った貴族たちが王宮の大広間を埋め尽くしていた。私とイリスも正装に身を包み、その中にいる。


「これよりヴェヒターミュンデでの勝利を祝う式典を開催いたします!」


 宮廷書記官長であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵が開会を宣言すると、国王フォルクマーク十世が玉座から立ち上がった。


「強大な敵、ゾルダート帝国軍に勝利し、我が王国と同盟国リヒトロット皇国を守り切ったことに余は満足している……」


 リヒトロット皇国だが、十二月に入ったところで帝国と停戦交渉に入った。帝国が要求したのは十億マルクとグリューン河の南の領有権の確定だった。

 交渉が終わったという情報は入っていないが、皇国政府が跳ね除ける可能性は低いと思っている。


 皇国の大動脈グリューン河の水運が止められてから既に五ヶ月以上経つ。食糧は備蓄分で何とかなっているが、商業活動が完全に停止し、民衆の生活に支障が出ているためだ。


 大金であっても賠償金を支払って、グリューン河の通行を早期に回復させるべきという意見が出ていることは間違いなく、それを皇王も皇国政府も認めざるを得ないだろう。


「……我が国は帝国から膨大な賠償金を受け取ることができた。この功績を余は大いに称えるべきと考えている」


 そこで国王はメンゲヴァイン侯爵に小さく頷いた。


「これより論功行賞を行う! 勲功第一位! 第二騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵! 前へ!」


 これは誰もが予想していたため、声は上がらない。


「帝国軍二万を無力化し、多くの虜囚を得たこと、まことに見事! この功績を称え、新たに制定した王国騎士団長の称号を与え、王国騎士団全軍の指揮権を授けるものとする! また、領地の加増を行うものとする!」


 王国騎士団長という称号は新たに作られたもので、王国騎士団のトップを表す。但し、これまでも実質的に王国騎士団のトップであったので、実態に即しただけだ。


 私が調べたところでは、グレーフェンベルク伯爵の功績が大き過ぎるため、褒賞を与えることが難しいという話になったらしい。確かにレヒト法国との戦いでは、最高位の勲章を与えられ、更に陞爵までしている。


 今回はそれ以上の功績だが、この短い期間で伯爵から侯爵に陞爵するわけにもいかないし、領地の加増だけでは膨大な領地を与えることになるので避けたいという思いがあった。そこで新たに名誉職を作り、それを与えたのだ。


 伯爵は恭しく頭を下げ、礼を言って列に戻った。


「勲功第二位! 第二騎士団参謀長代理、ラウシェンバッハ子爵家長男マティアス・フォン・ラウシェンバッハ!」


 そこで会場から驚きの声が上がった。私が勲功第二位というのが信じられないからだろう。


「静粛に!」


 メンゲヴァイン侯爵の言葉で会場は静かになる。

 私は作法通りに大きく頭を下げた後、国王の前に向かった。


「その智謀により帝国軍を翻弄し、皇国の危機を救ったこと、まことに見事! 鷲獅子勲章を授与する!」


 国王自らが私の胸に勲章を付ける。

 付け終わったところで、片膝を突いて頭を下げ、口上を述べた。


「ありがたき幸せにございます。今後も王国のため、陛下の御ために微力を尽くす所存にございます」


 私には上から二番目の勲章が与えられた。

 この他にも美術品が何点か下賜されたが、それだけだ。


 これは私が家督を継いでいないことが大きい。子爵位を持っていれば、領地の加増を受けることや、税の免除などの特典があっただろう。しかし、子爵家の長男に過ぎないので、名誉だけが与えられたという形だ。


 もっともこれでもだいぶ揉めたと聞いている。

 そもそも私は正式な騎士団員ではなく、王立学院の教員に過ぎない。それが騎士団長たちを押し退けて、勲功第二位になるのはおかしいと、宰相であるテーオバルト・フォン・クラース侯爵が主張したらしい。


 この件に関しては宰相が正しいと思っている。しかし、グレーフェンベルク伯爵を始め、第三騎士団長のホイジンガー伯爵、第四騎士団長のアウデンリート子爵が私の功績を称えるべきだと強く主張したため、このような結果となった。


 列に戻ると、イリスが誇らしげな顔で私を出迎えてくれた。


「おめでとう。よく似合っているわよ」


 まだ式典が続いているので小声で賞賛してくれる。


 その後、ホイジンガー伯爵、アウデンリート子爵、ヴェヒターミュンデ伯爵が勲章を授与され、他にも連隊長クラスが勲章を授与されていった。


「戦いには関係ないが、もう一人称えるべき者がいる」


 すべて終わったと思ったところで国王がそう告げた。

 宮廷書記官長は一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに表情を消し、読み上げ始める。


「ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵! 前へ!」


 マルクトホーフェン侯爵が笑みを浮かべて国王の前に向かう。


「帝都という敵地で厳しい交渉を行い、譲歩することなく賠償金を勝ち取ったこと、まことに見事である! 卿の努力により、兵士たちが命を賭けて得た勝利をより大きなものとすることができた。よって、鷲獅子勲章を授与する!」


 国王の言葉に会場がざわめく。

 私と同じ勲章ということは、勲功第二位と同等の功績であると、国王が認めたことになるからだ。


「おかしいわよ」


 隣にいるイリスが憤慨している。


「おかしくはないな。侯爵の交渉が失敗したら、賠償金を受け取ることができなかったのだからね」


「でも、それって……」


 彼女は、侯爵の功績は私が作った方針書のお陰だと言いたかったようだが、さすがに周囲を気にして言葉にしなかった。


「本当なら鷲獅子十字勲章を授与され、更に領地も加増されるはずだったらしいよ。でも、マルクトホーフェン侯爵派の若手貴族が酷かったから、その責任を追及されて鷲獅子勲章だけに落ち着いたらしいね。侯爵は微笑んでいるけど、内心ではそこまで喜んでいないはずだよ」


 小声で裏話を教える。

 マルクトホーフェン侯爵がねじ込んできた若手貴族は行軍中からボロを出し、更にフェアラート攻略戦では敵前逃亡という不名誉な罪で告発された。


 彼らが王都に戻った時、侯爵は帝国に行っていたため不在で、侯爵が戻る前に処分が決定していた。その処分だが、基本的には爵位又は爵位継承権の剥奪で、彼らは貴族としての身分を失っている。


 侯爵が帰国した時には既に処分は終わっており、侯爵は抗議をすることなく受け入れた。侯爵本人が呆れるほどの失態であり、無理に助けても自分の役に立たないと考えたためだろう。


 その後、パーティが行われた。

 勲功第二位ということで、多くの貴族が私のところにやってくる。


 そのほとんどが反マルクトホーフェン侯爵派で、その中の大物、カスパル・フォン・ノルトハウゼン伯爵が嫡男のヴィルヘルムと元第二騎士団参謀長のベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵を引き連れてやってきた。


「おめでとう。ようやく君の功績が認められたな」


「ありがとうございます。私としては辞退したかったんですが」


「それは駄目ですよ、マティアス先輩」


 ヴィルヘルムが真面目な表情で言ってきた。彼は兵学部の一年後輩で、今は第二騎士団の中隊長だが、非公式な場では未だに私のことを先輩と呼んでいる。


「私もヴィルヘルム様と同じ意見ですな。信賞必罰は組織の拠って立つところ。騎士団の秩序を守るためにも、今回のことはよかったと思っておりますよ」


 そう言ってきたのはシャイデマン男爵だ。


「これで帝国も少しは大人しくなると思うかね」


 ノルトハウゼン伯爵の問いにイリスが答える。


「それは早計かもしれませんわ」


「どうしてかな? あれだけ大規模な作戦を行い、一個軍団が大敗北を喫したのだ。帝国といえども、新たに軍を興すには時間が掛かると思うのだが」


「純粋な軍事行動という点では閣下のおっしゃる通りだと思いますわ。ですが、今回のことでマクシミリアン皇子が復権しています。恐らく何らかの謀略を仕掛けてくるのではないかと、夫と話しておりました」


 イリスの説明にノルトハウゼン伯爵らは真剣な表情で考え込む。


「イリス先輩はどんな謀略が行われると考えていますか?」


「そうね。確実なのは皇国の上層部に対する切り崩しね。王国にはグレーフェンベルク閣下を失脚させる何かを行ってくるのではないかと思っているわ」


 彼女とは何度も話し合っていた。


「確かにクリストフ殿を失えば、王国騎士団の弱体化は免れぬ」


 ノルトハウゼン伯爵の言う通り、グレーフェンベルク伯爵を今失えば、王国騎士団は一気に弱体化する。マルクトホーフェン侯爵と渡り合えるのはグレーフェンベルク伯爵くらいで、第三騎士団のホイジンガー伯爵や第四騎士団のアウデンリート子爵ではまだまだ力不足だ。


「一応こちらでも手を打っていますので、酷いことにはならないと思いますが、皆さんも警戒は怠らないようにしてください。マクシミリアン皇子だけではなく、国内にも混乱をもたらす要素はありますので」


 ノルトハウゼン伯爵には、マルクトホーフェン侯爵がマクシミリアン皇子と何らかの密約を結んだのではないかという懸念を伝えてある。


「そうだな。私も警戒を怠らないようにしよう。だが、一番危険なのは君じゃないかと考えているよ。昨年も皇帝自らが謀略を仕掛けてきたくらいだからな」


 皇帝が私を引き抜くという親書を国王に送り、それに宰相が反応したことを言っている。

 これについては逆手にとって士官学校設立に持ち込んだが、皇帝やマクシミリアン皇子が一回で諦めるとは到底思えない。


「それについては私も同じ考えです。こちらもいろいろと手を打っているので、大きな問題になることはないと思いますが、搦め手を使ってこられると対応が大変そうだなとは思っています」


「まあ君なら万全の対策をしているから、大丈夫なのだろう」


 その後は政治的な話をすることなく、パーティを楽しんだ。

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