第16話「王国軍士官学校設立」

 統一暦一二〇六年一月十日。

 グライフトゥルム王国王都近郊ランペ村、王国軍士官学校。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 本日、王国軍士官学校が正式に発足した。

 学校長に就任したヴェストエッケ守備兵団の元将軍ハインツ・ハラルド・ジーゲル校長が学生と教員を前に、演習場でもある校庭の演台に立っていた。


「本日、王国軍士官学校の歴史が始まった! 諸君らはその歴史を作る者たちだ! 成功するか否かは諸君らに掛かっていると言っていい!……」


 戦場で鍛えた声が校庭に響いている。

 学生は約百五十人、教員は教官と補助教員を合わせて五十人ほど。全員が真剣な表情で聞いている。その中には私と妻のイリスも含まれていた。


「……最初に言っておかねばならんことは、本校は王立学院兵学部とは根本的に違うということだ。本校の学生は入学と同時に王国騎士団員となる。すなわち、諸君らは学生といいつつ、王国を守る兵士でもあるのだ!……」


 士官学校生は入学と共に王国騎士団に属し、兵士と同じ俸給が支払われる。そのため、学生であっても戦争が起きれば、兵士として駆り出されることもあり得るのだ。

 ちなみに今年はいないが、四年生は士官候補生として下士官待遇となる。


「……諸君ら三人に一人、教員が付くことになる。これほど手厚い体制の学校は他にないと確信している。諸君らはそれに報いるため、確実に成果を挙げねばならん。そのことを肝に銘じて学んでほしい! 以上だ!」


 その後、簡単な注意事項が説明され、学年ごとに教室に入っていく。

 学年ごとに担当の指導教官が決まっており、私は三年の指導教官に指名されている。そのため、学生たちを先導して教室に向かった。


 教室に入るが、王立学院高等部兵学部から編入試験を経て入ってきたため、見知った顔が多く、学生たちに緊張感はない。


「君たちの指導教官であるマティアス・フォン・ラウシェンバッハです。学院時代から知っているから、自己紹介は省きますが、私は戦術の主任教官でもありますから、今後は講義でも顔を合わせることになるでしょう……」


 士官学校には戦術、武術、兵站、軍制、戦史、教育、一般教養の教科があり、それぞれに主任教官と教官、補助教員がいる。但し、一般教養と戦史については、人員の確保ができず、当面は王立学院から講師が派遣される。


「……それでは学校内を案内がてら、注意事項を説明していきますので、付いてきてください」


 私の言葉で学生たちがぞろぞろと立ち上がった。


 この士官学校は王都シュヴェーレンベルクから北西に直線で四キロメートルほどの位置にある、ランペ村に作られた。


 当初は王都内に作るという話も出たが、王都は一辺二キロメートルの城塞都市であり、学校という広い敷地を必要とする施設を作るスペースがなかった。


 また、学生たちを世俗から隔離し、学習に専念させるという意図もある。そのため、この学校は全寮制だ。


 ランペ村は王都に農作物を供給する長閑な村だったが、演習でも使われる平原があり、騎士団に馴染みの深いところだ。村の南側には以前私も演習で来たことがある、二つの丘が見える。


 学校内は真新しい木材の香りに満ちていた。

 また、窓には多くのガラスが使われていることから、冬の優しい日差しが廊下を照らしている。


 武術訓練用の体育館のような訓練所、戦史に関する資料が大量に揃っている図書室などを見て回り、ある部屋に到着した。


 その部屋は奥行き十メートル、幅十五メートルほどの大きさで、三メートル四方ほどの大きなテーブルが四つ置いてある。


「ここが模擬戦術訓練室です。ヴェストエッケやヴェヒターミュンデ、リッタートゥルムと言った、我が国の重要拠点が立体的に分かる模型が置いてあります。それに加えて、戦術訓練用に使う地形を変えられる地形模型もあります。これを使い、過去の戦闘の再現や戦術の訓練を行います」


 私の説明に学生たちが驚きの声を上げている。


「これは凄い」


「行ったことはないけど、分かりやすいな」


「こんな地形になっているんだ」


「丘とか森が置けるんだな。なるほど……」


 学生同士でそんなことを話している。

 更に食堂や自習室を見た後、最初の教室に戻った。


「本日はこれで終わりです。寮に戻ることになりますが、あまり羽目を外さないように。上級戦術課程の受講生もいますから、厳しく注意されますよ」


 上級戦術課程は現役の騎士団の隊長たちの再訓練コースだ。

 王国騎士団の隊長の多くは学院の兵学部の出身だし、騎士団改革で教育を受けている者が多いが、貴族領騎士団から来ている者もいるため、士官教育の場を設けた。


 彼らは六ヶ月間ここで学んだ後、原隊に復帰する。

 ほとんどが中隊長以下であり、二十代半ばくらいだが、自ら手を挙げたやる気のある者たちばかりだ。既に五日前から受講しており、若い学生たちが嵌めを外して騒ぐと揉めることになるだろう。


 午前中に学生の相手は終わったが、教官たちとの打ち合わせが待っている。

 私は戦術科の主任教官であり、二人の教官と五名の補助教員が部下となる。教官の一人は妻のイリスで、もう一人はクリスティン・ゲゼルという騎士爵だ。


 ゲゼルはエッフェンベルク伯爵家に属し、エッフェンベルク騎士団の部隊長であったが、当主であるカルステンが参謀に育ててほしいと、グレーフェンベルク伯爵に頼み込み、教官になったと聞いている。


 ヴェストエッケの戦いでも活躍し、前線での実戦経験も豊富であるため、問題なく採用された。


 明るい性格で学生にもすぐに馴染めそうだが、イリスを「お嬢様」と呼ぶため、その点だけが気になっている。


 補助教員は“シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペ”の各氏族のリーダーが輪番制で務める。


 補助教員は教官と異なり、学生に教えることはほとんどなく、教材の準備や後片付けなどの雑務を行うことが基本だ。この他には学生からの質問を取り次いだり、悩んでいる学生に声を掛けたりする。そのため、知識がなくとも問題なく、私の護衛を兼ねて採用された。


 輪番制にしたのは、獣人たちにも学習の機会を与えたいためだ。

 黒獣猟兵団だが、これまで私たちの護衛として行動を共にしていた十氏族五十名が、ラウシェンバッハ子爵邸に常駐している。


 当初はそれだけの人数を収容できないとして、平民街にも分宿させていたが、裏庭にあった物置部屋を壊して、新たに二階建ての宿舎を作り、そこに寝泊まりしている。但し、十畳ほどの広さの部屋に三段ベッドを二列入れた六人部屋であり、非常に窮屈だ。


 彼らは、普段は私の護衛に加え、子爵邸の警備を行いながら、裏庭の一画で訓練にも励んでいる。しかし、安全な王都の貴族街で、五十名の精鋭を警備員にしていることが無駄だと感じていた。


 そのため、彼らにも教育を施すことにし、リーダーたちには士官教育を、その他の者は空いた時間でモーリス兄弟と同じように一般教養を学ばせている。


 そのモーリス兄弟だが、兄のフレディは昨年王立学院の初等部に入学している。弟のダニエルはまだ十一歳であるため屋敷にいるが、うちの使用人たちに仕事を習いつつ、勉学に励んでいる。


 預かった割には私が屋敷を離れていることが多く、申し訳ないと思っているが、父や母が二人を気に入り、いろいろと学ばせていたらしい。


 黒獣猟兵団に話を戻すが、彼らは全員読み書きができる。王都ならそれほど珍しくないが、辺境の開拓村の識字率が著しく低いことを考えると、彼らの努力がいかに素晴らしいかが分かる。


 そのため、半数ほどを士官学校の補助教員としようかと思ったが、自分たちはあくまで私の護衛であるので、他の仕事は遠慮したいと言ってきた。


 その思いが強かったので、全員は諦めたが、リーダーたちには将来を見据えて士官教育を施す必要があり、護衛のついでという理由を付けて、補助教員になってもらった。


『黒獣猟兵団を増やすつもりはないんでしょ』


 イリスがからかいつつ聞いてきた。彼女も理由は分かっている。


『自警団であっても指揮官は優秀な方がいい。その方が無駄な損害を出さずに済むから』


『近い将来、ラウシェンバッハ騎士団を創設するからじゃないの? 帝国軍の捕虜に作らせた建物をただの物資の保管場所にするつもりはないんでしょ』


 帝国軍の捕虜に作らせた建物はリッタートゥルム方面の後方拠点とすべく作ったものだが、彼女の言う通り、ラウシェンバッハ家でも使わせてもらうつもりでいた。


 使わなければ維持管理ができないという理由もあるが、賭博場や酒場などは設備も整っており、単なる倉庫とするにはもったいなく、有効活用しない手はないと思ったためだ。


 そうなると、千人規模の軍隊が駐屯した方がいい。領都ラウシェンバッハから数キロメートルしか離れておらず、インフラも整備されているので、通信の魔導具さえ確保できれば、駐屯地にはもってこいだからだ。


『それも含めてだけど、まずはエレンたちが自分で考えて命令を出せるようにしたいからね』


 それだけ言うに留めておいた。


 その後、翌日からの講義の打ち合わせを行い、馬車で王都にある屋敷に戻っていった。

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