第13話「カジノ建設計画」
統一暦一二〇五年十二月一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
今日の午後、ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵と共にゾルダート帝国の特使が王宮を訪れた。
帝国軍捕虜の返還に関する協定書調印のためだ。
侯爵が行った帝国との交渉は、十月二十日に大筋で合意され、細かな条件のすり合わせを行い、十月二十六日に調整が終わった。
帝国側は身代金に関する要求を全面的に受け入れた。但し、リヒトロット皇国にある第二軍団の撤退については、一切言及されていない。恐らく皇国との停戦交渉で、賠償金と引き換えに撤退するのだろう。
帝国は賠償金の支払いを認めたが、別の条件も出していた。
それは我が国との不可侵条約の締結だ。
全権特使であるマルクトホーフェン侯爵は帝都でそれを認めたが、全権特使と言っても、捕虜返還に関する権限しか持っていないため、帝国の特使が改めて提案してきた。
しかし、この不可侵条約は十年という期限付きであり、我が国にとってメリットがなく、締結されることはなかった。
当初は宰相であるテーオバルト・フォン・クラース侯爵がマルクトホーフェン侯爵の手柄とするため、全面的に賛同したが、第二騎士団長のグレーフェンベルク伯爵がこの条約を結べば皇国への援軍を出すことができなくなると強硬に反対した。
国王も自らの身が危うくなると考え、伯爵の主張を認めた。
マルクトホーフェン侯爵の腹心であるエルンスト・フォン・ヴィージンガーに与えた外交方針書にも、不可侵条約を提案してくることは書いておいたのだが、ヴィージンガーは侯爵を説得しきれなかったようだ。
捕虜返還の交渉の過程で、侯爵は皇帝コルネリウス二世から国王フォルクマーク十世を称える言葉を得たが、我が国に不利な不可侵条約を締結しそうになったことで、その功績は相殺された形だ。
結果として侯爵の功績をうやむやにできたのでよかったのだが、私としてはヴィージンガーだけでコントロールするつもりだったので不安が残っている。
外交使節団の文官から聞いた話では、侯爵はマクシミリアン皇子と何度か密談しており、何らかの密約を結んだのではないかと気になっている。
捕虜の返還だが、帝国はモーリス商会から金を借り、それで王国に支払うことにしたようだ。これは私が誘導した結果だが、思った以上に帝国の動きが速く、少しだけ焦った。
賠償金の支払いはヴィントムントで行われるが、モーリス商会が現金を渡すのは十二月十五日となっている。これは九億マルク、日本円で約九百億円という大金を、現金で用意するのに時間が掛かるためだが、私が依頼した結果でもある。
これで捕虜たちを堕落させるための最後の仕上げが可能となった。
捕虜たちには十二月中には帰国できるという話を広めたが、彼らが持っている金は軍票であり、収容所でしか通用しない。
当然、兵士たちは使い切らないともったいないと思うから、ギャンブルや酒、娼婦につぎ込むはずだ。
そして、特使が帝都に着いた直後にラウシェンバッハ子爵領に伝令を出し、捕虜たちには十二月五日にその情報が届くだろう。
あとは十日間でより派手に金を使ってくれればいいと思っている。
この策を行うために、ヴィントムントから多くの人をディーラーやウエイターとして派遣してもらっている。兵士だけでも一万五千人以上いるから一千人近い人数だ。
娼婦も二百人以上いるし、酒や料理も必要だから、一日当たり百万マルク、日本円で一億円近く掛かると試算しており、総額では最大百億円規模になる。
これだけの金をどこから調達するかだが、私もラウシェンバッハ子爵家も、そして王国政府も金は出していない。
そのからくりだが、ある商人に金を出させている。
この捕虜堕落化計画を妻のイリスに最初に話した時、彼女はすぐに資金のことに気づき、確認してきた。
『どうやって、それだけのお金を用意するの? 王国は出さないわよ』
『私としてはあまり好きではないんだけど、ビジネスモデルとしては優秀だから、これをどこかの商会に売って、試運用という形で金を出させるつもりだよ』
『賭博場の経営方法なんて、売れるのかしら?』
イリスは懐疑的だったが、結果としては成功した。
私は商都ヴィントムントで、カジノに関するノウハウを競売にかけた。その条件の中にノウハウを伝授するために実地指導を行うというものもあり、捕虜収容所に賭博場などを作らせ、運営させる。
この世界にはラスベガスやマカオのような大規模なカジノを持つ都市はない。もちろん、大都市だけでなく、小さな都市にも賭博場はあるが、簡単なサイコロ賭博や札を使った賭博しかなく、マフィアなどの非合法組織が運営するため、取り締まりの対象となっていた。
そこで、私は合法化できるように制限を設けること、非合法組織とは縁を切ることを提案し、更に記憶していた
それに加え、賭博場と酒場や娼館などの娯楽施設と組み合わせることで、一発当てたギャンブラーから金をむしり取る方法などを伝授する。
競札を行う際、モーリス商会が私の代理人となってくれたことと、共同出資者になることが伝えられたことで、信用度が一気に増した。そのため、最初は結構な持ち出しになるにもかかわらず、想像以上に高い金額、三百万マルク、日本円にして三億円でガウス商会に落札された。
『これは素晴らしい商売ですぞ。さすがはモーリス商会だ』
ガウス商会は中堅どころの総合商社だったが、商会長のカール・ガウスが大のギャンブル好きで、カジノ経営というビジネスモデルに共感したらしい。
とんとん拍子で決まり、ガウス商会は私の指示通り、収容所に統合型リゾート施設?を建設し、運営を始めた。
当初は兵士たちも警戒して閑散としていたが、二週間もすると、酒場が満席になり始め、賭博場と娼館にも人が入るようになる。
特に賭博場は兵士たちが知らないゲームが多く、ゲームセンターのメダル感覚で金を賭け、それで嵌っていった。
あとは簡単で成功体験者が仲間に自慢し、物は試しとギャンブルに染まるようになる。
ギャンブルで得た金はそのまま酒場や娼婦に流れるが、その流れをきちんと把握するようにガウス商会に伝えてあった。
一ヶ月後、モーリス商会にカール・ガウスが報告に来たが、終始興奮していたと直接話を聞いたライナルト・モーリスに教えられた。ライナルトは皇都リヒトロットにいたが、十月下旬にヴィントムントに帰還している。
『カールさんは“これほど儲かる商売を独占しないとはもったいない”と終始言っていましたよ。初期投資は思ったより少ない割りに、最終的に客が使った金の八割ほどが店に落ちるそうです。発案者にお礼を渡さねば気が済まないとも言っていましたね』
『軍票だから八割ほどになるのでしょう。現金だとそこまでの利益になるかは分かりませんよ』
そう言いながらも、儲かるのだろうなとは思っていた。
ちなみに発案者が私だとは言っていない。あとで面倒になるためだ。
ガウス商会には帝都でカジノを開設するよう誘導するため、計画書を渡してある。
その計画書では、まず政府高官や大商人たち用の高級カジノを作り、高官たちを懐柔することが書かれている。
もちろん、借金まみれになったら規制対象となってしまうので、掛け金の上限を設け、運営側の取り分、いわゆる寺銭を必要経費ギリギリにして、少しでも高官たちが儲かるように細工する。
近くに高級酒場やダンスホール、更には娼館を作り、高官たちの社交場という形にする。将来的には劇場や闘技場、競馬場など、娯楽施設を建設することも視野に入れていた。
そして、この施設が必要と認識されたところで、法律を作らせて規制対象とする。
本来なら規制対象でない方が儲けやすいが、何かあった時に潰されないように手を打つとともに、どの都市にも必ずいる非合法組織が介入してきた場合を考慮し、国が対処できるようにしておく。この方がより確実に帝国に浸透するからだ。
その後は高級カジノとは別の場所に大衆向けの施設を作り、高級カジノは紹介制、もしくは会員制として客層を絞っておく。
こうしておけば、高級カジノ側の客の質が落ちないので、多少の問題があっても、無知な平民の一部がのめり込んだだけと思ってもらえるからだ。
あとは安全であることが広まれば、娯楽が少ない帝都民は興味本位で覗きに行くはずだ。
あくどく儲けるなど欲を出さなければ、安定的に成長するだろう。
帝都で成功した後は、レヒト法国の聖都レヒトシュテットでも同じことを行うことにしている。
ガウス商会のカールはその計画書を見て、ただでいいのかとモーリス商会に確認したそうだ。本来ならコンサル料をもらってもいいくらいだが、私の目的は帝国の弱体化なので、これも競札で売ったノウハウの一部と言って無償で渡している。
そのこともあり、捕虜収容所での経費についてはガウス商会が負担し、私は全く負担していない。
最終的にいくらになるかは分からないが、数十億円規模で使っているはずだ。さすがに悪いと思ったので、帝都でのカジノ建設では、アフターフォローを無料で行うと言ってある。
『モーリス商会が全面的にバックアップしてくれるなら、成功したも同然だ。捕虜収容所で使った金など一年以内に回収できる』
カールはライナルトにそう言ったらしい。
将来的に帝都や聖都以外にも作るだろうから、王国政府には規制を強めるように働きかけている。
「騎士団の参謀長代理はもちろん、兵学部の助教授がやることじゃないわね」
イリスはそう言って笑うが、私も全く同じ思いなので、苦笑するしかなかった。
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