第53話「シュヴァーン河迎撃戦:その一」
統一暦一二〇五年九月六日。
ゾルダート帝国西部フェアラート内、王国軍駐屯地。ラザファム・フォン・エッフェンベルク大隊長
まだ夜明け前だが、部下たちは既に食事を終え、戦闘準備を完了させている。
これは我々第二騎士団だけでなく、第三、第四騎士団も同様のはずだ。
但し、朝食も戦闘準備も敵に悟られないよう、静かに行われたため、他の騎士団の状況はよく分かっていない。
そんな状況でハルトムートが私のところにやってきた。何となく来る気がしていたので驚きはない。
「いよいよだな」
私がそういうと、ハルトムートは小さく頷く。
「ああ。俺たちが今回の作戦のカギを握っているのはいいんだが、相変わらずマティは人使いが荒いな」
最後の言葉は苦笑気味だが、彼が本気で言っていないことは分かっている。
「信頼されているということだ。だが、こんなところに来ていていいのか? 部下たちに作戦の確認を行わなくてはならないだろう」
そう言いながらも帰ってくるであろう答えは分かっていた。
「そんなものはとっくに終わっているよ。お前も同じなんだろう、ラズ?」
「もちろんだ。と言っても説明できることは少ないからな。まあ、私たちがしっかりと指揮を執れば、兵たちが迷うことはないが」
マティアスから作戦内容は直前まで極秘にしてほしいと言われており、部下にはこれから撤退すること、
「マティの考える策は無理が少ない。だから部下たちも判断に迷うことはないだろう。もちろん俺たちもだが。それよりも、どう転んでも、どうにかなるようにしてあるところが、奴らしいな」
彼の言葉に大きく頷く。
「そうは言っても相手がいる。帝国軍がマティの予想を覆すとは思えんが、情報では指揮官たちは皆優秀だそうだから、余裕があるかは微妙だな」
「そりゃそうだろう。何と言っても世界最強と言われている軍を相手にするんだからな。その分、やりがいはあるが」
更に話をしようとした時、後ろから声が掛かる。
「マティアス様から通信が入っております」
振り返ると、通信兵である
「ありがとう」
そう答えて受話器を受け取る。彼はここフェアラートではなく、ヴェヒターミュンデ城におり、そこから全軍に指示を出す。
「こちらラザファム・フォン・エッフェンベルク。ラウシェンバッハ参謀長代理、聞こえるか? 以上」
『感度良好だよ、ラズ。そこにハルトもいるかな? 以上』
ハルトムートの行動はお見通しのようだ。
「ああ、いるぞ。で、何の用だ? 以上」
ハルトムートが割り込んで話す。
『帝国軍が朝食を摂り始めた。あと一時間ほどでそこに到着するはずだ。準備は終わっているかい。以上』
「もちろんだ。全員走り回る準備はできている。以上」
『了解。既にイリスが黒獣猟兵団を使って敵の目を潰している。さすがに油断はしないだろうけど、向こうは奇襲に成功したと思っているはずだ。だからいつも以上に士気は高いと思う。君たちが油断するとは思わないけど、レヒト法国軍と同じと考えないように部下たちに徹底しておいてほしい。以上』
俺たちが帝国軍と本格的に戦ったことがないことを気にしているようだ。
「了解だ。こちらも勢いに乗った帝国の精鋭と、まともにぶつかりたいわけじゃない。以上」
『分かった。では、作戦通りに頼むよ。情報は
相変わらず過保護だと思うが、マティアスらしいと笑みが零れる。
彼との通信を切ると、ハルトムートが小さく頷いた。
「それじゃ、俺も隊に戻る。へまをするとは思わんが、無理をして怪我なんかするなよ」
そう言って右の拳を突き出してきた。
「当然だ。帝国軍に一泡吹かせて、それをつまみに今夜は飲む。だからお前も怪我はするなよ」
そう言ってから拳を突き出して、彼の拳に合わせる。
そこで彼とは別れ、部下の中隊長たちを呼んだ。
今日の作戦の詳細を説明する。すぐに動き出すだろうから、秘密にしておく必要がないためだ。
「帝国軍の第三軍団がここに向かっている。我々王国軍は彼らをここに拘束することが目的だ」
そこで三人の中隊長の顔を見ていく。
三人とも疑問は口にしないが、拘束という言葉に引っかかっているようだ。
「君たちが気にしている通り、敵に勝利するのではなく、あくまでここに張り付けておくだけだ。そのためにこれから王国騎士団全体で大掛かりな芝居を打つ。その主役ともいえるのが我々だ」
三人ともまだ顔に疑問符があるが、マティアスが考えた作戦だと気づいており、特に不満は見せない。
「演出家であるマティアスから直々の指名だ。少しだけ危険だが、奴が考えた策なら問題なく切り抜けられるだろう。では、具体的な作戦を説明していく……」
それから五分ほどで説明を行った。
中隊長たちはそれぞれ溜息を吐き、感想を漏らした。
「“千里眼のマティアス”殿は相変わらず容赦がないですな」
「確かに我々が任されるだけのことはあります。これができるのは我々ラザファム大隊とハルト大隊くらいですから」
「期待されているというのは分かりますが、なかなか厳しそうです」
三人が感想を吐き出したところで、私も大きく頷く。
「私も最初に聞いた時には唖然とした。無茶なことが好きなハルトですら本気かと聞いたし、あの無口なユリウスが二度も聞き返したほどだ。君たちの思いは充分に分かるよ。だが、これが最高に上手くいけば、敵を拘束するだけではなく、大きな損害も与えられる。もちろん無理をする気はないが、そのことは頭に入れておいてくれ」
「あのイスターツ大隊長とフェルゲンハウアー大隊長が……それなら納得ですよ」
中隊長の一人が笑いながらそう言った。
ハルトムートとユリウスが個性的という話は第二騎士団の中で知らぬ者はいない。
まあ、それを言ったら私も同じように個性的と思われているはずだ。
「
中隊長たちは真剣な表情で頷いている。
話を終えると、彼らは自分の部下に説明するため戻っていった。
私は手持ち無沙汰になり、駐屯地の中に視線を向けた。
天幕はもちろんだが、食事の後片付けすら終わっておらず、乱雑な感じがする。また、乱雑に槍や盾が放置され、鎧や兜も天幕の中に残され、我が騎士団がいたとは思えないほどだ。
王国騎士団の規則では起床後に装備を整え、天幕の中の整理を行う。その後に朝食に向かうのだが、軍曹たちが点検し整理ができていないと判断すると、朝食に行かせてもらえない。最悪の場合、朝食抜きになるので、このような状態になっていることはない。
これもマティアスの策の一環だが、大隊付きの軍曹は嫌そうな表情をしていた。そのことが何となくおかしく思えた。
遠くの方では先行して退却する歩兵部隊が静かに動き出している。普段なら声を出すのだが、今回に限っては鎧の擦れる音すら出さないように注意しているのか、思った以上に静かだ。
中隊長たちが部下への説明を終えたところで、通信兵の
「マティアス様より連絡です。そろそろ東門から敵が見えるそうです」
「了解だ」
「敵が迫ってきた! 芝居の始まりだ!」
その直後、開演を知らせるかのように、鐘楼の鐘が大きく打ち鳴らされた。
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