第47話「フェアラート攻略:その一」
統一暦一二〇五年八月三十日。
ゾルダート帝国西部シュヴァーン河の東岸、ヴィーク。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
昨日渡河を終え、ゾルダート帝国側の船着き場であるヴィークで野営した。
帝国軍に動きはなく、何事もなく朝を迎える。
まだ秋というには早い時期だが、早朝の川沿いと言うことで涼しい風が吹いており、過ごしやすい。
朝食後、六キロメートル東にある国境の町フェアラートに向かう。
私が属する第二騎士団司令部はまだ本隊が到着していないので、第三騎士団と共に行動する。
僅か六キロメートルしかないため、一時間ほどでフェアラートの城壁が見えてきた。
向こうも我々の姿を認めたのか、城壁の上で兵士たちが慌ただしく走り回っている。
今回の作戦では、第三騎士団が北と東、第四騎士団が南と西を担当する。もう一つの騎士団であるヴェヒターミュンデ騎士団は東門から延びる
第三軍団は現在フェアラートから東に百キロメートルほどにあるタウバッハという町に駐屯している。その距離では、
現状では第三軍団が動いたという情報は入っておらず、念のための処置だ。通信網が遮断される可能性はあるし、帝国軍の将は戦術面で非常に優秀であるため、騎兵を大きく迂回させて奇襲を仕掛けてくるなど、私の想定を超えた作戦を行ってくる可能性があるから油断はしない。
フェアラートの城壁の南東角から五百メートルほどの場所に総司令部を置く。この場所なら、第三騎士団と第四騎士団の間になるから、どちらにもすぐに命令を出せるためだ。
そこに到着すると、黒い装備を身に纏った集団が出迎えた。
イリス率いる黒獣猟兵団だ。
「ご苦労だった! 斥候を始末してくれたお陰で、渡河を邪魔されることがなかった。感謝する」
グレーフェンベルク伯爵が笑顔でイリスたちに労いの言葉を掛ける。
「黒獣猟兵団、司令部に復帰します!」
イリスが生真面目な表情で宣言すると、伯爵も真面目な表情に変える。
「イリス・フォン・ラウシェンバッハ作戦参謀と黒獣猟兵団の司令部への復帰を認める」
そこで真面目な表情を崩した。
「疲れているだろうから、天幕の設営後にそこで休んでくれ。フェアラートの攻略は長丁場になるからな」
既に第三騎士団の戦闘工兵大隊と支援中隊が設営を始めている。
グレーフェンベルク伯爵が話し終わったところで解散となった。
「お疲れさま。怪我はなさそうだね」
「もちろんよ。猟兵団員も全員が無傷よ。私の場合、一切戦っていないから怪我のしようがないんだけどね」
イリスが戦闘に加わる前に黒獣猟兵団が敵兵を始末しており、戦うどころか敵兵の悲鳴すら聞くことがなかったそうだ。
「計画に変更はないわね?」
「ああ、計画通りに第三騎士団と第四騎士団がフェアラートを攻略する。現状では敵第三軍団もタウバッハから動いていない」
「それなら閣下のお許しも出たことだし、少し休ませてもらうわ」
彼女たちは二十六日から作戦に従事しており、四日間野宿している。
「エレン、あなたたちも休息を摂りなさい。これは命令よ」
「はっ! 黒獣猟兵団四十名、休憩に入ります!」
エレン・ヴォルフが遠慮するかと思ったが、この四日間でイリスは完全に彼らを掌握したらしく、素直に従った。
午前十時頃、両騎士団から配置についたという連絡が入る。
その後、一度降伏勧告を行ったが、期限である正午までに回答がなく、グレーフェンベルク伯爵が命令を発した。
「両騎士団に命ずる。フェアラートを攻略せよ!」
その命令を受け、各騎士団が動き始めたが、総司令部にはやることがない。
「私は各部隊を見てきます。何かあれば、通信の魔導具で連絡してください。馬で行きますから、二十分以内には戻ってこられます」
「いいだろう。だが、あまり近づきすぎるな。万が一ということもあるからな」
「了解です。ですが、少なくとも矢が届くところにはいきません。まあ、万が一流れ矢が飛んできたとしても、黒獣猟兵団が守ってくれますし」
「ならばそれでいい。あとで報告を頼む。君の意見を参考にしたいからな」
伯爵もすぐに事態が動くとは思っていないため、すぐに了承してくれた。
「ヴィルギル、ジャコモ。悪いが、護衛を頼む」
ヴィルギルは
「「了解しました!」」
二人は同時に右手を胸に当てて敬礼する。
どちらも身長二メートルを大きく超え、身体から滲み出る圧迫感のようなものはあるが、粗野なところは一切ない。
「カルラさんたちもお願いします」
カルラたちは護衛の騎士という出で立ちで、私と同じく騎乗している。部下の
「承知いたしました」
それから城壁から矢が届かない三百メートルほど離れたところを、ゆっくりとした速度で進んでいく。城壁側には黒獣猟兵団の戦士が盾を構えて警戒している。
最初に第三騎士団が攻める東側の城壁を見ていった。
今回は投石器などの攻城兵器はなく、梯子とロープで城壁をよじ登る。敵兵の数が少ないため、城門だけを狙うのではなく、一・五キロメートルある城壁全体を攻撃して突破を図る。
既に前進を始めているが、まだ城壁に辿り着いた部隊はいない。
時々、城壁の内側から石が打ちだされ、バラバラと落ちてくるのが見える。
事前の情報では、投石器の数は五十台ほどあるが、ヴェヒターミュンデ城の攻略のためのものであり、多くの操作要員が必要であるため、二十台ほどしか使われないはずだ。
第三騎士団は約三百名の大隊ごとに区域を割り振っているらしく、よく見ると六つの集団になっていることが分かった。
(無難に接近しているな。騎兵中隊も馬を降りて盾を構えて弓兵を守っている感じか……うん? あの部隊だけ妙に前に出ているな。装備的には歩兵中隊のようだが……あのままだと二ヶ所から集中的に石と矢を撃ち込まれてしまうぞ……)
中央付近の大隊のうち、百名ほどが他よりも五十メートルほど前に出ていた。
東門近くに騎士団の司令部が見えたので、騎士団長であるマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵に状況を聞きにいく。
幸い、伯爵にはすぐに会うことができた。
「あの中隊は逸っているようですね。あのままでは投石器と矢の集中攻撃を受けてしまいますが、どうされますか?」
伯爵は苦虫を噛み潰したような表情で頷く。
「分かっている。下がるように命令を出したが、聞く気はないようだ。マティアス、君ならどうする?」
質問したが、逆に聞かれてしまった。
仕方なく、自分が出すであろう指示を説明する。
「まずは両サイドの大隊を前に出します。幸い、あの中隊に攻撃が集中していますから、前に出てもすぐに攻撃を受けることはないでしょう。その間に城壁に取り付くように動けば、自然と攻撃は分散しますし、分散しなければそのまま城壁に取り付けばよいかと」
「つまり、奴らを囮に使えと」
ホイジンガー伯爵は言葉を選ばず、ストレートに聞いてきた。
「言葉は悪いですが、その通りです。兵士たちはかわいそうですが、その方が結果として損害を抑えることができますので」
伯爵は渋い表情のまま、副官に命令を出した。
「第一連隊第三大隊と第三連隊第二大隊に命令。リッケル中隊に攻撃が集中している間に前進せよ……」
リッケル中隊というのがあの突出した中隊のことらしい。
「あの中隊の隊長は処分すべきですね。まあ、生き残っていたらですが」
「そうだな。リッケルは先の遠征でも何度も命令を無視したし、住民とトラブルも起こしている。さすがに今回のことで堪忍袋の緒が切れた。更迭だけでは済まさぬ」
近くにいた参謀に聞いてみると、中隊長はディトマール・フォン・リッケルという名で、マルクトホーフェン侯爵家の家臣、リッケル子爵家の嫡男らしい。
「まだ二十三歳の若造に過ぎんのですが、王立学院の兵学部を卒業したらしく、それを鼻にかけていましたね。なぜ兵学部を出て数年経つ自分が中隊長なのかと文句も言っていました。まあ、卒業したことは本当のようですが、席次は六十番台で大したことはなかったらしいんですがね」
シュヴェーレンブルク王立学院高等部の兵学部は王国で一二を争うエリートコースだ。入学時の倍率は高く、卒業すれば軍関係の出世は約束されている。
特に地方騎士団の場合、兵学部卒業というだけで優遇されることが多く、自分の能力を過信する者が多いと聞いていた。
そんな話をしているうちに、両側の大隊が前進を速めていた。その結果、リッケル中隊に対する攻撃が緩み、何とか後方に下がることができたようだ。
「彼のような人物はすべて排除してください。第三軍団を相手にする時に今回のようなことがあれば、作戦自体の成否に影響しますので」
「了解だ。正直俺も頭に来ている。今夜にも奴らを解任、いや降格する」
帝国領内での単独作戦中にも今回のようなことがあり、フラストレーションが溜まっていたようだ。
「政治的な部分はお任せください。マルクトホーフェン侯爵が手を出せないようにこちらで手を打ちますので、閣下の思った通りに処分していただいて結構です」
そう言ってニコリと微笑んでおいた。
その後、北、西、南と回っていくが、同じような光景を何度も見た。
(これでは第三軍団とは戦えないな。グレーフェンベルク閣下に進言しよう……)
そんなことを考えながら、総司令部に戻っていった。
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