第42話「ヴェヒターミュンデ到着」

 統一暦一二〇五年八月二十五日。

 グライフトゥルム王国東部ヴェヒターミュンデ城、シュヴァーン河桟橋。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 私たちは今日、王国東部の要衝、ヴェヒターミュンデ城に到着した。


 一週間前の八月十八日、ゴットフリート皇子がゼンフート村でリヒトロット皇国軍一万を破り、皇国軍に大きなダメージを与えたという情報が、商人を通じて王都に入り、王宮は騒然となった。


 この情報を受け、王国騎士団の第二騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵が御前会議において、皇国支援のために帝国に攻め入るべきであると訴えた。


 当初、宰相であるテーオバルト・フォン・クラース侯爵やグレーフェンベルク伯爵と敵対するミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵が、帝国をいたずらに刺激することは危険であると反対する。


 しかし、グレーフェンベルク伯爵はその二人を相手にせず、国王フォルクマーク十世に対し訴えた。


『ここで手を拱けば、皇国が滅亡することは明らか。皇国が滅亡し、その領土を帝国が掌握すれば、我が国の国力の五倍以上になります。そうなった場合、我が国が帝国の圧力に屈するのは火を見るよりも明らかです。皇国の滅亡を防ぐことが、我が国を守ることにもなるのです』


『確かにそうだが、侯爵らの言うことも一理ある。いたずらに帝国を刺激すれば、帝国が我が国に目を向けるのではないか?』


 優柔不断な国王は宰相たちの意見に流されそうになっていたらしい。

 それに対し、伯爵は毅然とした態度で説得を続けた。


『それは今更でしょう。帝国が我が国に対する野心を持っていることは明らかなのです。今帝国の行動を放置すれば、我が国は十年以内に帝国の侵略を受けるでしょう。そうなった場合、王都が安全だとは言い切れません。いえ、帝国軍はどこまででも陛下を追い求めてくるでしょう。王国を滅ぼすために』


 この言葉で国王は完全に怯えてしまった。


『そ、そうなのか……余は殺されてしまうのか……だが、帝国に手を出して、騎士団が敗れれば、もっと危険ではないのか?』


『その点については問題ありません。今回の作戦では帝国軍と直接戦うつもりはなく、あくまで帝国軍の一部を我が国の国境に向かわせ、皇都に対する圧力を減らすことが目的なのですから』


『うむ……では、帝国軍を国境に誘き寄せ、皇国を支援せよ』


 その後、宰相とマルクトホーフェン侯爵が帝国軍は三万の大軍であり、下手に手を出すことは危険だと反論したが、国王は皇国が亡びることが自らの命を縮めることだと思い込み、決定を覆すことはなかった。


 その翌日、私はグレーフェンベルク伯爵と共に船を使って最前線となるヴェヒターミュンデに向かった。伯爵が指揮する第二騎士団は既に出発しており、司令部のごく一部が残っているに過ぎなかった。


 私の護衛である、黒獣猟兵団も五名を除き、先行してヴェヒターミュンデに向かわせている。これは海上を移動する際に多くの人間が乗っていると、大型の魔獣ウンティーアに襲われるため、人数を絞ったためだ。


 選抜の際に少し揉めたようだが、団長であるイリスが最終的に決定したことにより、素直に従っている。ちなみに今一緒にいるのは熊人ベーア族と猛牛シュティーア族の混成チームだ。


 船での移動は順調で、途中でヴィントムントに寄港したが、予定通りヴェヒターミュンデに到着した。


「第三軍団は今どの辺りかしら」


 一緒に上陸したイリスが東を見ながら聞いてきた。


「ホイジンガー伯爵には帝国領内で派手に動くようお願いしたから、フックスベルガー辺りから行軍速度を落としているはず。だから、フェアラートまで少なくとも一週間は掛かると思う」


 マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵率いる王国第三騎士団は、リッタートゥルムからシュヴァーン河を渡り、ヴェヒターミュンデに向けて北上した。


 二週間ほど前にヴェヒターミュンデの対岸に到着した後、北公路ノルトシュトラーセを東に向かって進軍するよう依頼した。


 その際、フェアラート以東の都市で物資を徴発しており、その動向は第三軍団のテーリヒェン元帥に伝わっているはずだ。徴発と言ってもきちんと対価は払っている。


 これは帝国軍に食糧を与えないためと、五千名の王国軍が自由に行動しているということを印象付けるために行った。


 帝国軍は補給の重要性を認識しているが、以前の謀略で占領地域の住民感情の悪化で痛い目にあっていることから、住民を刺激しないことを徹底しており、無理な徴発は行わないだろう。


 しかし、三万もの兵士を食わせていくことは大変なことだ。現地での調達が厳しくなると、補給を途切れさせないためには、輜重隊による輸送が必須となる。


 しかし、第三騎士団が近くに潜んでいれば、補給線を脅かされることになるから、第三騎士団の発見に力を入れる。

 その結果、進軍速度はそれまでより遅くなる。


「ゴットフリート皇子に呼び戻されてしまうから、あまり遅くなっても困るのではなくて?」


 イリスの懸念は的を外したものではない。

 皇都リヒトロットに近いところで停滞されると、ゴットフリート皇子が出した伝令が届く可能性があるからだ。一応、伝令に対する妨害はシャッテンに命じてあるが、小隊規模以上が伝令として送り出されれば、止めるのは困難だ。


「第三騎士団が帝国領内にいると聞けば、テーリヒェン元帥が皇都に戻ることは余計になくなるよ。帝国軍人として祖国の防衛を放棄するようなことはしないだろうから」


「そうね。問題があるとすれば、ホイジンガー伯爵がいつ戻ってくるかね。予定通りならいいのだけど」


「その点は大丈夫だと思う。ホイジンガー伯爵は蛮勇とは無縁の方だし、こちらの状況はいつでも伝えられるようになっているはずだから」


 第三騎士団には我々が到着するくらいに戻るよう伝令を送っており、問題がなければ、数日以内に戻ってくるはずだ。また、通信の魔導具を複数台使用したリレー方式の連絡線を構築しており、即座に移動を指示できる。


 そんな話をしていたが、先に上陸し城内に入っていたグレーフェンベルク伯爵から軍議を開くという連絡がきた。


 ヴェヒターミュンデ城は直径一キロメートルほどの円形の要塞だ。城壁の高さは十メートルほどあり、東はシュヴァーン河に面し、南のシュティレムーア大湿原と北のシュトルムゴルフ湾に挟まれ、ここを突破しない限り王国内に侵入できない。


 城の中に入ると、カンカンという金槌の音が響いていた。

 多くの兵士が渡河準備のため、浮橋に使う小型船を組み立てているのだ。


 目的地は城の中央にある城主館だ。

 私とイリス、カルラ、そして黒獣猟兵団の護衛と共に入っていく。いつもならシャッテンのユーダ・カーンが一緒にいるが、今回は別件を頼んであり、この場にはいない。


 五月に訪問していたこともあって、ヴェヒターミュンデ騎士団の兵士たちも私たちのことを知っており、面倒な確認作業もなく、会議室に案内される。


 会議室の中に入ると、大きなテーブルに周辺の地図が広げられ、そこでグレーフェンベルク伯爵が、ルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ伯爵と第四騎士団長のコンラート・フォン・アウデンリート子爵から状況を聞いていた。


 私たちの姿を認めると、グレーフェンベルク伯爵が話しかけてきた。


「最新情報でも問題はないようだ。まだ、敵第三軍団の位置は判明していないが、マンフレート殿とは常時連絡が取れる状態を維持している。現在位置はフェアラートの東五十キロほどのところで北公路ノルトシュトラーセを封鎖しつつ、周辺の村に兵の姿を見せているらしい」


 今回の運用方法は初めて実戦で使うため、上手くいったことに安堵する。


「しかし、このやり方はいいな。伝令では一日以上のロスがあるし、動き回る部隊を見つけ損なえば、それ以上に時間を食ってしまう。その点、この方法はほぼ瞬時に連絡が取れるから、大事な時に間に合わないという心配がない」


 そう言ったのは第四騎士団長のアウデンリート子爵だ。

 昨年の一月に騎士団長に就任した頃は、危なっかしさがあったが、一年半以上騎士団を指揮したことで、表情には余裕が見える。


「私としては確実性に欠けるので不安でしたが、上手くいっているようで何よりです。ただ、この運用方法は敵に知られたら簡単に遮断されてしまいますし、魔導具の故障もあり得ますから、過信することは禁物です」


 通信兵は闇の監視者シャッテンヴァッヘシャッテンだが、通信の魔導具の特性上、見晴らしのいい丘の上などに配置する必要がある。そのため、発見される恐れがあり、その場合はすぐにその場から脱出するため、通信が途絶えることになる。


 また、通信の魔導具はヴェストエッケの戦いで故障したことがあり、その点も考慮しておく必要があった。


「相変わらず慎重だな。だが、その言葉は忘れないようにしておくよ」


 美男子である子爵が明るい雰囲気でそう言ってきた。

 そんな話をしている間に必要なメンバーが揃ったようで、軍議が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る