第39話「皇国軍の動向」
統一暦一二〇五年八月十四日。
リヒトロット皇国中部、皇都リヒトロット。エマニュエル・マイヘルベック将軍
昨夜は皇都防衛のための御前会議を終え、夜遅くに屋敷に戻ってきた。
毎日会議が行われているが、建設的な意見はなく、ダラダラと長いだけの会議に徒労感だけが募っている。
翌日、空がようやく白み始めた早朝に家令がやってきた。
「グライフトゥルム王国軍の情報部員を名乗る者が、閣下にお目通りを願っております。その者はグレーフェンベルク伯爵の書簡を持っているとのことです。いかがいたしましょうか」
まだ完全に頭は回っていないが、グレーフェンベルクの名を聞き、すぐに会うことを決める。
「すぐに会う。だが、護衛は多めに用意しておくのじゃ。帝国の暗殺者の可能性があるのでな」
そう言うものの、儂を殺しても意味がないから可能性は低いと思っている。
着替えを終えて執務室に入ると、我が家の騎士たちが十名ほど完全武装で待機し、その前に一人の男が膝を突いて待っていた。
「グレーフェンベルク殿からの使者と聞いたが、真か?」
その男は三十歳くらいの
「グレーフェンベルク伯爵より直々に命じられた、グライフトゥルム王国軍情報部の大陸中央区統括官、アルノー・レーマーと申す者でございます。まず、このような早朝に訪れたことについて、謝罪させていただきます」
そう言って大きく頭を下げる。
統括官というものがどの程度の役職かは分からぬが、儂のところに来たということはそれなりの身分の者なのだろう。
儂が謝罪を受け入れるという意味で頷くと、説明を始めた。
「このような時間に訪問した理由でございますが、伯爵からの書簡をお渡しすることに加え、帝国軍に関する最新情報をお持ちしたためです」
そう言って恭しく封書を掲げる。
騎士の一人がそれを受け取り、異常がないことを確認した後、儂に渡してきた。
それを開き、中の書簡を読んでいく。
そこには帝国軍の第三軍団を王国に引き付ける策略が行われていること、この書簡が渡されるのはそれが成功した場合であること、そして、我が軍が採るべき行動について書かれていた。
「これを持ってきたということは、その帝国軍に関する情報とは第三軍団が王国に向かったということじゃな」
「御意にございます。昨日十三日の朝、テーリヒェン元帥率いる帝国軍第三軍団は西に向けて出陣いたしました。最終的な目的地は国境の町フェアラート。目的はシュヴァーン河を渡河したグライフトゥルム王国軍の撃退でございます」
さすがに俊英と名高いグレーフェンベルクだ。帝国軍の動きを千キロメートル以上離れた場所でも読み切っている。
「そなたはここに書かれておることを知っておるか?」
「存じております。グレーフェンベルク伯爵から、情報部は貴軍に助力するよう命じられており、その準備もおおむね終わっております」
あまりの手回しの良さに思わず目を見張ってしまうが、すぐに気を引き締め直す。
「では、儂と共に軍本部に来てくれぬか。グレーフェンベルク殿の策を実行するにしても、そなたがいてくれた方がよいからの」
レーマーと共に軍本部に向かうが、その途中で作戦について補足の説明をしてきた。
「軍議に先立ち、グレーフェンベルク伯爵の考えをもう少し知っておられた方がよいでしょう」
「どういうことかの?」
「閣下が自信をもってお話になった方が、将軍方も納得しやすいのではないかと思うのです。もちろん、閣下が既にご理解いただいていることは理解しておりますが、細かな点まで書簡には書き切れておりませんから」
確かに儂も細かな話になると自信はない。軍議の場で質問を受ければ、この男に聞くことになるが、儂がすべて答えた方が将たちの儂を見る目もよくなるじゃろう。
「そうじゃの。では、追加で説明を頼む」
それから歩きながら、帝都でやっている情報操作の目的と概要を聞き、更に伝令を遮断する指揮官についても示唆を受ける。
「グレーフェンベルク伯爵は、こういった作戦では南部鉱山地帯で活躍されたヴェルナー・レーヴェンガルト騎士長殿が適任ではないかとお考えです」
レーヴェンガルトは先日の軍議で発言した若者だが、王国軍の将が彼のことを知っているということに驚いた。
「グレーフェンベルク殿はレーヴェンガルトのような若者のこともご存じなのか!」
「伯爵がレーヴェンガルト騎士長のことを知っているのは、伯爵が提案された南部鉱山地帯での後方撹乱作戦を見事にやってのけたからです。伯爵はあれほど若者がいるなら皇国軍の未来は明るいとおっしゃっておられました」
グレーフェンベルク殿がそれほど高く評価しているとは思わなかった。
「儂もあの若者には期待しておる」
彼のことは軍議の場で初めて知ったが、とりあえずそう言ってごまかしておく。
「グレーフェンベルク伯爵と同じ結論に達しておられたとは! さすがは皇国の宿将マイヘルベック閣下ですな!」
全世界で知らぬ者がいないグレーフェンベルク殿と同等という評価に気を良くした。
「では、今回の作戦でもレーヴェンガルト騎士長をお使いになると」
「うむ。最初からそのつもりじゃ」
そんなことを話しながら、軍議の場に向かった。
儂が到着すると既に主要な将軍は揃っており、すぐに帝国軍が動いたこととグレーフェンベルク殿の作戦を説明する。
「……グレーフェンベルク殿は第三軍団を王国に引き付けることで、皇都に掛かる圧力を減らすとともに、総司令官であるゴットフリートが全軍を統制できていないとして、皇帝がゴットフリートを更迭するように導くという謀略を考えておる。既にここにおるレーマー率いる情報部が帝国軍に偽情報を流しておるそうじゃ……」
「「オオ」」
王国軍が動いていることに感嘆の声が上がる。それを目で制して説明を続けていく。
「……グレーフェンベルク殿は第三軍団のテーリヒェンが独断で動き、失敗することが重要だと考えておる。よって、ゴットフリートがテーリヒェンを引き戻さぬようにせねばならん。そのためにはゴットフリートが出す伝令を阻止する必要がある。グレーフェンベルク殿は数百名程度の兵を街道沿いに潜め、敵の伝令を確実に阻止するべきだと考えておる」
そこでレーマーに視線で補足がないか確認する。
レーマーは儂の視線に頷くと、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「マイヘルベック閣下からご説明していただきましたが、既に帝都でも情報操作を開始しております。皇国軍の精鋭である皆様方がおられれば、皇都を攻め落とされるようなことはないと思いますが、ゴットフリート皇子を排除するには、これ以上手柄を上げさせないこと、そして、これまで上げた手柄以上の失敗を冒させることです」
レーマーの言葉に多くの将が頷いている。
「儂としてはダーボルナ城におるレーヴェンガルト卿にこの任務を任せようと考えておる。彼は先日の軍議で同じ提案をしておるし、南部鉱山地帯では後方撹乱作戦で何度も手柄を上げておるから、こういった任務は得意としておるはずじゃ。異論があれば、この場で発言してほしい」
儂は将たちをゆっくりと見ていくが、発言する者はいなかった。
「では、すぐに命令書を作成し、ダーボルナ城に送る。以上だ」
そこで軍議は終わったが、将たちは皆安堵の表情を浮かべていた。
「それにしてもグレーフェンベルク殿はどこまで帝国軍の動きを読んでおられるのだろうな」
「小官も同じことを思いましたぞ。ゴットフリートの戦略を読み切ったことといい、まさに神の如き耳目と知恵を持っておるといっても過言ではない」
「マイヘルベック閣下もさすがとしか言えぬ。グレーフェンベルク伯爵の策を聞いて、すぐに指揮官が思いつくのだからな」
「確かにそうだ。ナイツェル将軍が無様な敗北を喫してどうなることかと思ったが、閣下がいらっしゃるなら希望はある」
そんな話が耳に入ってきた。
儂に対する高評価に気を良くしながら、後ろにいるレーマーに声を掛ける。
「レーマーよ。船を出す故、そなたもそれに乗ってくれ。急げば今日の昼過ぎにはダーボルナに着けるのでの」
ここからダーボルナ城までは七十キロメートルほどあるが、グリューン河を下ることになるため、急げば四時間ほどで到着する。
「御意。さすがは皇国の名将、マイヘルベック閣下でございます。迅速な対応に驚嘆いたしました」
「儂はグレーフェンベルク殿の慧眼こそ驚嘆すべきことと思っておる」
儂の言葉にレーマーは恭しく頷いた。
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