第38話「友人たちとの再会」

 統一暦一二〇五年八月十二日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王国騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵らと今後の協議を行った後、ラザファムたちに会いにいく。


 彼らは明日の午後には王都を出発することになっており、その壮行会も兼ねている。

 王都での最後の夜になるので、外に飲みに行こうかと思ったが、ラザファム、ハルトムート、ユリウス、イリス、私の五人は、王都では有名人でもあるので、彼らの宿舎の中で飲むことになった。


 特に私は無実の罪で追放されていたことになっており、街に出れば同情する人々に囲まれることになる。また、明日以降のことでいろいろと聞かれたくない話もあったので、ちょうどいいということもあった。


 ラザファムたち三人はいずれも三百人の部下を持つ大隊長だ。

 そのため、基本的には士官用の宿舎に寝泊まりしており、そこにある酒場を利用する。もちろん私とイリスも臨時ではあるが士官であるため、利用することに問題はない。


 イリスと私、護衛のカルラの三人で兵舎の中を歩いていると、見知った兵士たちが声を掛けてくる。


「また俺たちの軍師殿に復帰してくれるんですね! 頼みますよ!」


「帝国の奴らをぶっ飛ばしてやりましょう!」


 そんな彼らに手を振りながら、ラザファムたちのいる宿舎を目指す。


 士官用の宿舎に入ったところで、マルクトホーフェン侯爵派らしき若手貴族が私たちを遮るように現れた。識別票から第二騎士団所属の小隊長で年齢的には私とほとんど変わらない。兵学部で見たことがないから、マルクトホーフェン騎士団から送り込まれてきたのかもしれない。


「部外者は立ち入り禁止だ。すぐに出ていけ」


 私が何か言おうとする前にイリスが前に出る。


「団長からの通達を聞いていないのかしら? 私たちは部外者じゃないわ。彼は連隊長待遇の第二騎士団の参謀長代理、私は大隊長待遇の作戦参謀、彼女は私たちの護衛よ。すぐに道を空けなさい」


 彼女の言葉を受けても、その若い小隊長は私たちの前から動かない。


「私はリッケン伯爵の嫡男、アルミン・フォン・リッケンだ。貴様の命令を聞く筋合いはない」


 そこでカルラが小声で教えてくれた。


「八月に配属されたばかりです。マルクトホーフェン侯爵が強引にねじ込んできた一人だと聞いております」


 士官学校が作られることになったため、成績優秀者しか王国騎士団には入れなくなるので、その前に若手をねじ込んできたらしい。グレーフェンベルク伯爵もすべてを断ることができず、止む無く認めた一人のようだ。


「王国騎士団では身分よりも階級が優先することは理解されていますか?」


 私がそういうと陰険そうな表情であざ笑う。


「作戦中はその通りだが、ここは王都の中だ。当然、貴族としての身分が優先される」


「それは間違っていますよ。軍規には、騎士団員として行動するなら階級に従った敬意を表すこととあります。それは作戦中とは限りません」


「そのようなこと理不尽なことが認められるか!」


 そこでイリスが再び前に出る。


「軍規すら理解していない者が小隊長とは第二騎士団も落ちたものね。このことは参謀として団長閣下にきちんと報告させてもらうわ。そのつもりでいなさい!」


 リッケンが更に何か言おうとした時、騒ぎを聞きつけてきた隊長たちが現れた。その中から三十代くらいの中隊長が呆れたような顔で彼の前に立つ。


「また貴様か……参謀長代理に食って掛かるなど、懲罰ものだぞ」


 そう言った後、私に向かって笑みを向ける。


「ラウシェンバッハ参謀長代理殿、ご迷惑をお掛けしました! こちらで適切に処理しておきます」


 そう言って軽く頭を下げる。

 私が何か言う前に頭を上げてニヤリと笑う。


「次の戦いでも頼みますよ。帝国軍相手にあなたの作戦なしではヤバいと思っていたのでね。こいつのような奴はごく少数ですから安心してください」


 リッケンは数人の隊長に引きずられるようにして部屋の中に連れていかれた。

 歩き始めた後、イリスが呟く。


「大丈夫なのかしら。あんなのが小隊長だと兵たちがかわいそうだわ」


「そうだね。でも、あの感じだとヴェヒターミュンデどころか、ヴィントムントにすら辿り着けそうにないね。恐らく基礎的な訓練もまともに受けていないだろうから」


 せっかくの友人たちとの時間を前にケチが付いたが、そんな話をしながらラザファムたちの待つ酒場に向かう。


 目的地に着いたが、酒場と言ってもパブのような明るい雰囲気で、多くの隊長たちが明日の出発を前に楽しげ飲んでいる。

 その中を通っていくと、ラザファムの声がした。


「こっちだ! ハルトもユリウスももういるぞ」


 彼らが確保していたのは最も奥の一画で、衝立のようなものもあり、意外に静かだった。

 テーブルには既に料理が並んでおり、ハルトムートとユリウスはジョッキを持っている。


「先にやらせてもらっているぜ」


 私とイリスが席に着くと、すぐに酒が用意される。カルラは護衛らしく、衝立の横で立っている。


「二人ともエールでいいよな」


「私は構わないよ。外は暑いし、喉も渇いているからね」


「私もいいけど、そういうことは先に聞くものよ」


 そう言いながらも楽しげにジョッキを受け取る。


「では、久しぶりの再会と、明日からの成功を祈って、乾杯!」


 ハルトムートが仕切って乾杯の音頭を取る。


「「「「乾杯!」」」」


 他の四人もそれに合わせて声を上げ、ジョッキを合わせた。


「ハルトじゃないが、俺たち世紀末組エンデフンダートが集まるのは本当に久しぶりだな」


 ラザファムがジョッキを呷った後にそう言った。


「まあ、私たちが王都を離れていたからな。お陰でいろいろと準備はできたけど」


「ラズは一度会いに行って話をしたが、俺たちは聞いていない。だから、どんな状況かお前たちの口から聞かせてくれ」


 既にある程度飲んでいたのか、いつにも増して陽気なハルトムートが聞いてきた。

 ラザファムは七月の下旬に私の無実が証明されたという知らせをもって、ラウシェンバッハ子爵領に来ている。


「私も聞きたい。ヴェヒターミュンデではどういった戦いになるのか気になるところだ」


 よほど聞きたいのか、普段無口なユリウスが珍しく積極的に聞いてくる。


「その点はグレーフェンベルク閣下からも聞かれたけど、まだ分からないとしか言いようがないんだ。そろそろ帝国軍が来るという連絡が届くはずだ。どの程度の戦力かで変わってくるし、ゴットフリート皇子がそれを知ってどう動くかでも変わってくる。いずれにしても帝都には偽情報を含めていろいろと吹き込んでいるから、そちらの反応にも注視しないといけないからね」


 私の言葉に四人が同時に頷く。


「さっきの話だけど、帝都ではどんな情報操作を行うつもりなの? ゴットフリート皇子が当初の戦略目的である皇国水軍の殲滅に失敗したという情報を積極的に流そうとしていることは知っているけど、ゴットフリート皇子を排除してしまうとマクシミリアン皇子が復権するわ。そっちも危険だと思うのだけど」


 イリスには情報操作について話してあり、そこから三人が気にしているだろうことを振ってきた。


「マクシミリアン皇子を利用せざるを得ないと思っている。それにマクシミリアン皇子については、皇帝は本気で処分する気がないと見ている。恐らくだけど、ほとぼりが冷めた頃を見計らって軍団長に復帰させる」


 私の言葉にラザファムが反応する。


「その根拠は? 帝都の情報は大隊長クラスにはなかなか入らないんだ。マティがどう考えているか、教えてくれないか」


 ハルトムートとユリウスも頷いている。


「軍団長の地位を剥奪され、小さな砦に幽閉されてから半年以上経っている。この間に内務府の情報局が積極的に動いた形跡がない。枢密院のゴットフリート派の元老が何度も催促しているにもかかわらずだ。それに軍団長は解任されたけど、元帥の階級は保持したままだ。帝国では元帥の特権は大きいからそれほど違和感はないんだけど、暗殺を計画したという噂が消えるのを待っているとしか思えない」


「なるほどな」


 ハルトムートが大きく頷く。


「それに皇帝が今回の皇都攻略作戦をどう考えているか気になっている」


「それはどういうことだ? 皇帝はゴットフリートに二個軍団の指揮権を与えたんだろ。ゴットフリートが成功することを期待しているに決まっていると思うんだが?」


 ハルトムートの疑問にイリスが答える。


「そうとも言い切れないのよ。ゴットフリート皇子を崇拝するテーリヒェンを元帥にしたのだけど、本当に成功させる気があるなら、別の師団長を昇進させたと思う。優秀な軍団長が指揮下にあった方が、作戦の自由度が上がるはずだから。これはマティと考えたのだけど、皇帝はテーリヒェンを元帥に昇進させるか否かで、ゴットフリート皇子を試したのではないかと思うの。帝国のために非情になり切れるかどうかを見るためにね」


 ラザファムが納得したというように頷く。


「ゴットフリートを試した……あり得ないことじゃないな。それに非情になり切れなくとも皇都を攻略できるほどの才能があるなら、皇帝の座を譲ってもいいと考えているかもしれないな」


 このことはイリスと何度か話し合い、いろいろな可能性を考えていた。


「正しいかどうかは分からないけど、皇帝とゴットフリート皇子の間にそんな隙間があるなら、それを使わない手はない。問題はイリスが言ったようにマクシミリアン皇子の復権を早めることだけど、こっちの方も手を打つつもりだから、簡単に復帰させるつもりはないよ」


 マクシミリアン皇子に対する謀略も考えているが、第三軍団がどう動くかで変わってくるのでまだ動いてはいない。


「なら、そっちの方はマティに任せておけばよさそうだな。話を戻すが、もし第三軍団の全軍がフェアラート救援に向かうとしたら、どうやって一泡吹かせるつもりなんだ?」


 ハルトムートがジョッキを呷った後、ニヤニヤ笑いながら聞いてきた。

 ユリウスの質問は前提条件が明確でなかったから、答えられなかったが、第三軍団のすべてが戻ってくるという条件なら答えられるだろうということだ。


「そう言う風に聞かれたら答えるしかないね……内密にしてほしいのだけど、一応面白い作戦は考えているよ。具体的には……」


 そこから今考えている策について、目の前にある料理の皿を使い、具体的に説明していった。

 五分ほどで説明を終えると、イリスを除いた三人が呆れ顔になっているのに気づく。


「相変わらずマティの策はえげつないな。だが、そうなると私たちの出番ということだな」


 ラザファムが期待の篭った目で聞いてくる。


「そうだね。兵学部時代の演習を思い出して、どんな命令でも対応できるように準備をしておいてほしい」


「兵学部の演習? 要するに演技ができるようにしておけというのだな」


 珍しくユリウスが会話に加わってきた。


「その通り。敵は何といっても帝国の精鋭だからね。レヒト法国軍のようにはいかないと思っておいてほしい」


 それからいろいろな話をしながら、ジョッキを傾けていった。

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