第33話「ゼンフート村殲滅戦:後編」

 統一暦一二〇五年八月三日。

 リヒトロット皇国中部グリューン河流域、ゼンフート村。ゴットフリート・クルーガー元帥


 リヒトロット皇国軍一万がゼンフート村に攻め込んできた。

 重装歩兵を前面に押し立て、数で圧倒しようとしてきたが、狭い村の入り口では訓練の行き届いた我が軍の敵ではなく、簡単に押し留める。


 更に敵の後方で混乱が起きているようで、別動隊が上手く背後から攻撃していることが分かった。

 作戦が順調に進んでいることを確認した俺は、敵を殲滅するため、次の作戦に移行する。


「そろそろだな。準備は終わっているか?」


 護衛であるデニス・ロッツに話し掛ける。


「問題ありませんぜ、大将」


 ロッツはそう言ってニヤリと笑った。傷だらけの顔が更に凄みを増すが、それが頼もしく思える。


「狼煙を上げろ! ボートを出せ!」


 俺と護衛数名を載せた渡河用の小型ボートがグリューン河の川面に滑り出していく。

 後ろを見ると、白い煙が真っ直ぐに空に伸びていくのが見えた。更にその後、対岸にも同じような狼煙が上がる。


「弓兵たちが出てきましたぜ」


 百艘のボートが対岸から漕ぎ出してきた。

 漕ぎ手以外は長弓を手にしている。川から敵の側面に攻撃を加えるためだ。


「既に敵は大混乱に陥っている。あとは死に物狂いにさせぬように、この混乱を継続させるのだ。敵の総大将の位置は分かるか」


 俺の問いにロッツが太い腕を皇国軍に向ける。


「あそこじゃないですかね。このクソ暑いのにド派手なマントを纏った奴がいますぜ」


 二百メートルほど先だが、確かに白馬に乗り、白地に金糸がふんだんに使われたマントを身に纏った者がいた。


「第三、第四連隊弓兵隊、あの白マントを集中的に狙え!」


 俺の命令で弓兵隊を載せたボートが前に進む。

 そして、一艘辺り五名、計五百名の弓兵が一斉に矢を射り始めた。


 慣れないボートの上からの射撃と言うことで、岸に届かずに落ちる矢が多数あったが、それでも半数以上は目標近くに届いている。


「攻撃を続けよ!」


 百艘のボートから五百本の矢が撃ち込まれる。弓兵たちも数射で慣れたのか、面白いほど命中し始めた。


「やったようですぜ」


 司令官らしき白マントの将が白馬から落ちたのを確認する。


「よくやった! 第三連隊は村に近づき、第一、第二連隊を支援せよ! 第四連隊は後方を支援せよ!」


 俺はこれで勝利を決めたと確信し、村に戻るように命じる。


「ガリアードと合流する。村に戻してくれ」


 村に戻りながら戦場を見ていく。

 敵のほとんどが遊兵となっているが、攻め込むことも逃げだすこともできずに立ち尽くしているだけだ。


 ゼンフート村に戻ると、第一師団長のカール・ハインツ・ガリアードと合流した。


「殲滅戦に移行する。防護柵の一部を開け、敵を村の中に誘導せよ」


「了解しました!」


 ガリアードはきれいな敬礼をしてから部下に命令を伝える。


「予定通り五番柵から敵を引き込む! 第一連隊第四大隊は抜けてきた敵を迎え撃て! 第三大隊は側面から攻撃……」


 作戦通りに命令を伝えると、俺に向かって笑みを向けてきた。


「ここまでは完璧ですな」


「そうだな。無論、この後も完璧だがな」


 そう言って俺もニヤリと笑う。


 山側の防護柵の一ヶ所から故意に兵を下げる。その場所の防護柵はわざと壊れやすくしてあり、兵士を下げることで簡単に突破された。


「突破したぞ! 俺たちに続け!」


 勇敢な敵兵が味方を鼓舞する。

 その声に多くの敵兵が呼応し、その部分に殺到した。


「重装騎兵に注意せよ! 騎兵が突入してきたら作戦通りに敵を追い込め!」


 歩兵の後に馬にまで鎧を着せた重装騎兵が突入してきた。

 二千騎いるらしいが、一度に通れるのは精々十騎だ。


 突入してきた場所は畑があったところで、土を深く掘り返した後に水を流し込み、泥沼のようにしてある。そのため、馬が足を取られ、一気に速度が落ちた。


 そこに側面から長槍兵が攻撃を加える。足を止めた騎兵は敵ではなく、次々と馬から叩き落されていった。


 更に後方から騎兵が続くが、泥と落ちた味方の騎兵に足を取られ、動きを止める。

 運よく突破した騎兵もその先に設置してあるロープに引っかかって落馬する。そこに待ち受けていた兵が近寄り、止めを刺していく。


 ほとんど作業のような戦いだが、敵の数が多いため、なかなか終わらない。

 降伏の意思を示すため武器を捨てる兵士もいたが、司令官がいないこともあって、頑強に抵抗を続けている兵もいた。結局戦いが終わったのは日が完全に落ちた後だった。


「我が軍の勝利だ! 勝鬨を上げろ!」


 俺の叫びに兵士が応える。


「「「オオ!!」」」


「「「帝国万歳!」」」


「「「ゴットフリート殿下万歳!」」」


 怒号のような声が静かな川面に響いていた。


「疲れているだろうが、降伏した兵の武装解除と拘束、隠れている敵の捜索を頼むぞ!」


 ガリアードにそう命じた。


「御意。それにしても大勝利ですな」


「第一師団は優秀だからな。だが、僅か一日で敵を殲滅できるとは思っていなかったよ」


 ガリアードは俺の言葉に頷くと、敬礼をした後、後始末に向かった。


 今言った言葉は正直な思いだが、他にも思っていることがある。

 それは皇国軍の将が無能過ぎたことだ。


 この軍の総司令官はナイツェルという将軍らしいが、この程度の男が一万の兵を率いていたことが信じられない。


 特に呆れたのは、俺たちがここゼンフート村を占領してから一週間も経っているというのに、碌に偵察をしなかったことだ。


 最初は俺たちに気づかれないように、山の中から偵察しているのかと思ったが、その痕跡は全くなかった。


 また、水上からの偵察も一度も行われていない。確かに水軍はナブリュックに出撃しているが、偵察に使える船は残っているはずで、川から偵察するだけでも渡河用のボートが少ないことは一目瞭然だ。


 その事実を知っていれば、ボートを使った奇襲作戦の可能性に気づけるだろうし、対岸に残っていた第三、第四連隊の監視を強化したはずだ。


 もし、そうなっていたら、ボートを使った敵後方への渡河は諦めざるを得ず、我々にとって厳しい戦いになった可能性がある。


 この他にもこの辺りの地形に対する理解の低さも呆れている。

 地形を知っていれば、重装騎兵が無用の長物であり、軽装歩兵や弓兵を主体に編成したはずだ。また、別動隊として山に入った部隊は三百メートルほど登ったところで断崖に阻まれ、移動ルートを探している間に戦いが終わっていた。


 自国の、それも都に近い重要な地域であるにもかかわらず、軍が地形を把握していないことに驚いたほどだ。


(王国のグレーフェンベルクや共和国のケンプフェルトとは言わんが、もう少し骨のある敵と戦いたいものだ。まあ、兵たちにとっては無能な将の方がよいのだろうが……)


 そんなことを考える余裕すらあった。


 深夜になり、戦いの後始末がほぼ完了した。

 第一師団の損害は戦死者五十五、重傷者百二十、軽傷者三百と五百人にも満たない。


 一方の皇国軍は捕虜が約二千人で、その他はほとんどが戦死している。川に飛び込んだ者も多いため、すべてが戦死したわけではないが、重装歩兵の割合が多かったから鎧の重みで溺れた兵も多いはずだ。逃げられた兵は百に満たないだろう。


「大勝利ですな。捕虜はどうされますか? このまま解放するわけにはいきませんが、ここに置いておくこともできませんが」


 今回捕虜を取るつもりはなかったが、武器を捨て無抵抗になっている敵を殺すことは、精鋭である味方の兵の士気を下げることになると考え、止む無く捕虜にした。


「戦死した敵兵の処理をさせた後、解放する。無駄飯を食わせるわけにもいかんし、我々の強さを喧伝してくれることにもなるからな。それに今後の策にも利用できる」


「策ですか? それはどのような?」


 俺は思いついた策を簡単に説明した。

 ガリアードは俺の考えに満面の笑みで賛同する。


「なるほど。確かにそれは名案ですな。その前に敵水軍を殲滅する必要はありますが、上手く使えば、敵をより混乱させることができます」


 翌日、遺体の処理を行った。数が多く、ゼンフート村に埋めることが難しかったため、鎧などを回収した後、グリューン河に投げ込んでいる。この作業に一日掛かり、捕虜を解放したのはその翌日の八月五日となった。


 司令官だったナイツェル将軍の遺体と共に捕虜を送り出した。

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