第24話「皇国軍への情報提供:前編」

 統一暦一二〇五年七月二十日。

 リヒトロット皇国皇都リヒトロット、港湾地区。ライナルト・モーリス商会長


 本日の午後、皇都リヒトロットに到着した。

 皇都の東側にある港には水軍の軍船が多数係留されており、思ったより落ち着いた感じがしている。


 その一方で、商船についてはゾルダート帝国軍が接近していることを受け、戦闘が始まる前に逃げ出したいという思いが強く、慌ただしい感じだ。


 入港後、港湾管理局の局長に面会を申し込む。

 権威主義の色合いが強い皇国では役人の力が強いが、我が商会は皇国の貴族にも伝手があるため、局長もすぐに対応してくれた。


「帝国軍の戦略に関する情報を提供したいと聞いたのだが?」


 局長の問いに大きく頷く。


「我が商会は各国に支店がありますから、いろいろな情報源を持っておるのですよ。帝都ではシュテヒェルト内務尚書やバルツァー軍務尚書と話をしたこともございますし、グランツフート共和国のケンプフェルト将軍とも首都ゲドゥルトに行くたびにあっております。それに加えて、王国軍のグレーフェンベルク伯爵には懇意にさせていただいており、王国を出発する前、その伯爵から気になる話を聞いたのです」


 大物の名をバンバン出していくが、私の本意ではない。

 これはマティアス様から中堅クラスで上昇志向の強い役人に対しては、誰もが名を知る大物とつながりを強調した方がよいと、以前助言されており、それを実行しているに過ぎない。


「なるほど。グレーフェンベルク伯爵が……具体的にはどのような内容なのだろうか。私から上に掛け合ってもよいが」


 思惑通り、局長は食いついてきた。


「掛け合っていただけると助かります。内容ですが、帝国のゴットフリート皇子の狙いが何かということですね。まあ、グレーフェンベルク閣下のお考えであり、事実かどうかは分かりませんが」


「王国軍の俊英、グレーフェンベルク伯爵の考え……なるほど。それならば水軍提督に掛け合ってもよいが」


「それはありがたいです。ですが、もし可能なら総司令官であるマイヘルベック閣下にも直接お話ししたいのですが」


 そう言いながら、革袋をテーブルの上に置く。中には少なくない金貨が入っており、賄賂に慣れている局長はすぐに何か気づいた。


「マイヘルベック閣下か……」


「パルマー提督から紹介していただいてもよいのですが、局長にはいろいろとお世話になっておりますから、手柄にしていただきたいと考えたのですよ」


 水軍の将、イルミン・パルマー提督はいかにも船乗りという感じで、戦略について話しても理解してもらえない可能性がある。もっとも皇都防衛の総司令官であるエマニュエル・マイヘルベック将軍も元公爵という身分で将軍になっているという噂があり、役に立つかは未知数だ。


 マイヘルベック将軍が一緒の方が、皇国軍としての決定が早くなると、マティアス様はお考えになっているので、それに従ったのだ。


「よろしい。私からマイヘルベック閣下にも話を通しておこう。だが、このような重大な情報を我が国に提供してくれるのはなぜなのだ? 君のところは手広くやっているし、帝国の重臣とも懇意なのだ。まさか我が国を罠に嵌めようと思ってのことではないだろうな」


 最後には威嚇するように目を細める。


「ハハハ! そのようなことはございませんよ!」


 豪快に笑った後、説明していく。


「我が商会にとって貴国は大切なお客様なのです。もちろん帝国もお客様ですが、貴国を失えば、我が商会にとって大きな損失となります。それに今回の情報が正しく、貴国の危機を救うことができたのなら、我が商会をますますご贔屓にしていただけると信じておりますよ」


「なるほど」


 帝国と皇国の両方から儲けさせてもらうということを説明すると、局長は素直に納得した。


「ですが、万が一そうならなければ、我が商会は貴国から手を引くことになるでしょう。それによってどれだけの影響が出るか、局長ならご理解いただけていると思っておりますよ」


 脅しもしっかりと加えておく。最後の一言は局長が今後賄賂を得られなくなるということを思い出させるものだ。

 これはマティアス様から教えていただいた交渉術の一つだ。


 小役人に対して大義だの国家の命運などと言っても動かないが、自分の利益が失われることを示せば、こちらの思い通りに動いてくれる。


「なるほど。確かに我々にとって重大な事態になるな。閣下も興味を持たれるだろうし、すぐにでも動こう。君も連絡が付く宿に待機していてくれ」


 局長はそれだけ言うと、すぐに部屋を出ていった。

 宿で待っていると、二時間ほどで一人の派手な鎧に身を包んだ騎士がやってきた。


「マイヘルベック閣下が話を聞きたいと仰せだ。すぐに来てくれ」


 その騎士とは面識があり、すぐに礼を言いながら小さな革袋を渡す。


「お役目、ご苦労様です」


 この騎士は南部に領地を持っていた子爵で、後方撹乱作戦の際に何度か話をしたことがあった。と言っても領地を取り戻す気概はなく、有能な武人を紹介してもらっただけだ。


 皇宮内にある近衛騎士団本部に入った。

 さすがにここまで入ってきたことはなく、すれ違う貴族や騎士が好奇の目を向けてくる。


「ここで待っていてくれたまえ。マイヘルベック閣下、パルマー提督の他に皇都騎士団団長であるナイツェル閣下も同席されると聞いている」


 皇都騎士団は皇都防衛の主戦力で、二万の兵を率いている。マルコルフ・ナイツェル将軍は積極攻勢派で、マイヘルベック将軍やパルマー提督と対立していたはずだ。

 そのため、案内してくれた騎士は事前に教えてくれたのだろう。


 三十分ほど待っていると、白髪白髭の老将エマニュエル・マイヘルベック将軍を先頭に、大柄なナイツェル将軍がそれぞれ副官と護衛の騎士を連れて入ってきた。更にその後ろから無造作に髪を後ろで括り、黒髭が目立つパルマー提督が一人で続いている。


 私は立ち上がり、すぐに膝を突いて頭を深く下げる。


「久しいな、モーリス」


 マイヘルベック将軍が最初に声を掛けてきた。以前にも二度もあったことがあり、私のことを覚えていたようだ。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます。ライナルト・モーリス、皇国のために参上いたしました」


 下を向いたまま、仰々しく口上を述べる。将軍は元公爵だけあって、こういった対応を好むためだ。


「面を上げよ。ナイツェル卿とは面識はあったと聞いておる。そなたの口から直接話を聞きたいそうじゃ」


「はっ! ご無沙汰しております、将軍閣下」


 それだけ言ってから顔をゆっくりと上げる。


「貴重な情報を持ってきたとマイヘルベック閣下から伺ってな。それを聞かせてもらおうと思ったのだ」


 ナイツェル将軍は大柄だが、肥満が目立ち、武人という雰囲気はない。実際、ほとんど戦場に立ったことはなく、マイヘルベック将軍と同じく家柄だけで今の地位にある。


「堅苦しい挨拶はこれくらいで本題に入ってくれませんかね」


 イルミン・パルマー提督が面倒くさそうな表情で促す。

 その言葉にナイツェル将軍が何か言いたげだが、マイヘルベック将軍が「そうじゃな」と同意したため、口を噤んでいた。


 会議室のテーブルに着くと、マイヘルベック将軍が口を開く。


「グレーフェンベルク伯爵が帝国の戦略について話をしたそうだが、それ聞かせてくれると聞いた。真か?」


「その通りでございます。伯爵とは騎士団の装備でいろいろとお話しさせていただく機会があり、ここへ来る前の六月半ばにも屋敷に伺い、お話をさせていただきました。その際に、伯爵は帝国の戦略について語られたのです」


 そこでナイツェル将軍が口を挟んできた。


「グライフトゥルム王国の騎士団長が帝国の戦略について知ることができるものなのか? 愚にも付かぬ適当な話であるなら、我らの貴重な時間を潰した責を負わせるぞ」


 私は正面からナイツェル将軍の目を見つめ、淡々と説明していく。


「王国軍には情報部という組織がございます。その情報部は伯爵がお作りになられたもので、詳しくはお話しできませんが、帝国の帝都ヘルシャーホルストにも諜報員を送り込んでいるそうです。その情報部が集めた情報と私が各国で聞いた話から、帝国の戦略が見えたとおっしゃっておられました」


「ナイツェル卿、まずは話を聞いてみてはどうじゃ。王国軍情報部が有能なことは分かっておろう。それにモーリスはいつもよい情報を我らにもたらしてくれる。その彼が直接話をせねばならぬ情報だと言っておるのじゃ」


 マイヘルベック将軍が宥め、ナイツェル将軍は渋々という感じで頷いた。

 二人の様子をパルマー提督は詰まらなそうに見ていた。


 ようやく話ができそうになったので、私は心の中で気合を入れ直す。

 そして、出発前にマティアス様から伝えられたことをもう一度思い出し、真剣な表情を維持しつつ説明を始めた。

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