第16話「尋問:後編」
統一暦一二〇五年四月二十日。
グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。守備兵団長オイゲン・フォン・グライリッヒ男爵
マティアス殿の黒獣猟兵団がゾルダート帝国の偵察隊を捕らえた。
そして、
ユーダは一人目の兵士に短剣を投げて脅していた。
その兵士は顔のギリギリに突き刺さる短剣を見て恐怖し、失禁した。
「次はどこがいい?」
ユーダがそう言ったところで、捕虜は叫ぶように最初の質問に答えた。
「俺は第二軍団第三師団第三連隊偵察中隊の第二小隊所属のカントだ! 頼む! もうやめてくれ!」
完全に心が折れたようで、涙を流して懇願している。
「よろしい。では、私の質問にすぐに答えろ。少しでも迷ったら偽情報だと判断し、さっきのゲームの続きをするからな」
それからカントと名乗った兵士は素直に質問に答えていった。
敵の目的はこの城に潜入するルートを探ることで、今のところ見つけられていない。また、対岸には一個連隊二千五百人が一度来たが、今残っているのは偵察小隊が五つの百名程度だということも分かった。
カントから情報を引き出すと、次の兵士にも同じように脅した。
カントの悲鳴が聞こえていたためか、最初から恐怖に震えており、すぐに素直に話し始める。
質問は全く同じで、無駄なことをしているなと思ったが、黙ってみていた。
二人目がいなくなったところで、そのことをユーダに聞いた。
「偽情報を掴まされないための処置です」
「あの状況で嘘は言わんだろう」
「そうかもしれませんが、恐怖に負けて適当なことを言う可能性は否定できません。それに指揮官への尋問で使うことを想定していますので、どのように口走ったかも記録しています」
「それもマティアス殿の指示なのか?」
「はい。身体には傷つけるなとも命じられています。私としては痛めつけた方が早いと思っているのですが」
そう言ってニコリと微笑む。
「そ、そうか……」
その笑みに背筋が寒くなった。
それから残りの兵士に尋問を行い、最後に指揮官である小隊長を部屋に入れた。
「拷問を行っているようだが、私は絶対に屈しないぞ」
まだ二十歳そこそこだが、強い視線で私たちを睨みつける。
「構わないよ。では、第二軍団第三師団第三連隊第二偵察小隊の小隊長、イェフ・ハイドラー殿。マクシミリアン皇子からの命令は、リッタートゥルム城周辺の調査と、王国を混乱させることでよかったかな。ゴットフリート皇子からはまだ新たな命令は来ていないようだが」
「な、なに!」
驚きのあまり椅子に縛られているのに立ち上がろうとして、椅子ごと倒れそうになる。
「君の部下が進んで教えてくれたよ。連隊長はマクシミリアン皇子から直接命令を受けたそうじゃないか。評価されている部隊なんだな」
ハイドラーは目を見開いて驚いている。
私も同じように驚いていた。なぜなら兵士たちはひと言もそんなことを言っていなかったためだ。
「ヴェヒターミュンデへの渡河作戦も陽動だと、マクシミリアン皇子が師団長に言ったそうじゃないか。うん? これについては、君は知らなかったようだね」
ハイドラーは黙っているが、必死に何か考えている。
「君は兵士たちのことを知らないようだ。彼らの情報網を甘く見てはいけないよ。将軍たちが話していることは、従卒たちから兵士たちの間にあっという間に広がるのだから」
それからユーダは帝国の戦略についても語っていく。
ハイドラーの顔が絶望に染まるのが傍から見ても分かるほどだ。
「どこまで知っているんだ……」
「どこまでだろうね……」
そこでカルラが一枚の紙をユーダに渡す。ユーダはそれを一瞥すると、何事もなかったかのように話を続けた。
「しかし、あの地図は出来が悪いと思うな。もっとマシな地図を作らないと作戦には使えないだろう」
そこでハイドラーがユーダの罠に掛かった。
「あれはごく一部に過ぎん。既にこの辺りの地形は把握している」
この情報はまだ掴んでいないものだった。
「なるほど。確かにリンケという兵士も同じことを言っていたな。君たちもそろそろ撤退するところなのに運がなかったな」
「我々は皇都攻略作戦が終わるまでここにいる。お前たち王国が手を出さないようにな」
これもまだ掴んでいない情報だった。
「そうなのか? あの方が言っていたことが違うのか……」
最後に小声で付け加えた言葉が気になった。
ハイドラーも同じなのか、「誰から聞いた!」と叫んでいる。
「君が知る必要はない。では質問を続けよう」
それからカルラを通じてマティアス殿が出す指示に従い、ユーダはさまざまな方法で情報を引き出していった。
「ハイドラー小隊長、ご苦労だった。もう少し情報を持っていると思ったのだが、見込み違いだった。これ以上尋問しても時間の無駄だし、明日にでも帝国軍に君たちを引き取るつもりがあるか使者を出そう」
搾り取れるだけ搾り取っておいて、よく言うものだと笑いそうになるが、真剣な表情を保つ。
地下牢から出たところで、マティアス殿に今回の感想を伝えた。
「見事な尋問でしたな。私はてっきり拷問で情報を引き出すのかと思っておりましたぞ。貴殿が敵兵に対しても配慮を見せる人物だと分かり、感服しました」
私の言葉にマティアス殿はあいまいな笑みを浮かべる。
「拷問しなかったのは正確な情報を得たいためです」
彼の言葉が理解できない。
「それはどういう意味ですかな?」
「肉体的な苦痛を加えれば、口を割らせることは可能ですが、苦痛から逃れたいあまり、尋問者が望む答えを口にすることがあります。その場合、意図せずして偽情報を掴まされることになるので、それを避けるために今回のような面倒なことをしました」
「苦し紛れに知らないことまで、しゃべってしまうということですかな」
「それもありますが、例えば、帝国は王国にいつ攻め込むつもりだと聞いたとします。尋問されている方は攻め込む意図がないと知っていても、それを言えば、嘘を吐くなと言われて更に拷問を加えられると考え、苦痛から逃れるために一ヶ月後という感じで答えてしまうことがあるのです」
「なるほど。確かにありそうですな」
「ですので、最初に脅して悲鳴を上げさせ、更に早口で質問して瞬時に答えさせるように指示しました。それに質問はできるだけに具体的になるように、まず知っているか否かを確認し、知っているなら誰がどう言っていたかという感じで聞いています。その情報を基に最も情報を引き出したい相手である小隊長に鎌をかけ、すべて知られていると思い込ませて、情報が正しいか確認していきました」
今の話を聞いて尋問の様子を思い出すと、その通りだったと感心する。
「それにしても帝国の戦略だけでなく、師団や連隊の方針までご存じとは、さすがは千里眼と呼ばれる方ですな」
これは正直な思いだ。
我が国がリヒトロット皇国に支援できないように陽動作戦を行ってきたことは何となく分かるが、ここリッタートゥルムに注目を集め、更にヴェヒターミュンデを攻めさせる振りをするという具体的な策までは知らなかった。
「あれは私が考えた出まかせで、そんな情報は得ていませんよ。もっとも皇帝コルネリウスやゴットフリート皇子なら考えそうなことだとは思っていますが」
その言葉に驚く。私は完全に真実だと思い込んでいたからだ。
「そうなのですか! それにしては具体的だったのでは?」
「それらしく聞こえるように少し工夫しただけですよ。戦略なんて師団長であっても知り得ない可能性が高いですし、真実かどうかなんて分かる人の方が少ないですから。連隊の方針も同じですよ。この辺りにいるのは中隊長がトップですから、小隊長が詳しく知っている可能性は低いでしょう」
「しかし、釈放してよろしいのですか? こちらが情報を聞き出したことを知られてしまいますが」
「構いません。こちらが帝国の戦略を知っていると勘違いしてくれる方が、敵を混乱させることができますし、我々に有利な方向に誘導することもできます。それに内通者がいると思い込んだようですから、疑心暗鬼に陥ってくれるかもしれません。まあ、ゴットフリート皇子がこの程度の情報操作で手を拱くとは思っていませんが」
そう言って嫣然と微笑む。
そこまで考えていたのかと唖然とし、言葉が出てこない。
突然、この若者が恐ろしく感じた。
これほどの智謀を持つだけでなく、あの獣人たちのような精鋭を育てている。それに私では想像もできないような魔導具を使った独創的な指揮も行っている。
味方であり心強いはずだし、見た目も優しげだ。しかし、なぜか恐怖を感じたのだ。
それは私には理解できない存在だからかもしれない。
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