第15話「尋問:前編」

 統一暦一二〇五年四月二十日。

 グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。守備兵団長オイゲン・フォン・グライリッヒ男爵


 私の管轄に面白い人物がやってきた。

 王都では三神童と呼ばれ、その後、ヴェストエッケの戦いでは“千里眼のマティアス”という名で兵士たちの絶大な信頼を得た人物だ。


 最初に話を聞いたのは一ヶ月ほど前の三月半ば頃だ。

 新たに設置された長距離通信の魔導具で王都にいる第二騎士団長クリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵から直接話を聞いた。


『そこに私が信頼する人物が今後の王国の防衛計画を練るために、視察に行くことになった。済まないが、対応してやってほしい』


 グレーフェンベルク伯爵は私を第一騎士団からここリッタートゥルム城の城代に引き上げてくれた人物だが、それまで付き合いはなく、誰のことを言っているのか分からなかった。


「どなたがいらっしゃるのですか?」


『マティアス・フォン・ラウシェンバッハだ。君も王都にいたから名前くらいは聞いたことがあるだろう』


 確かに名前を聞いたことはある。

 王都の三神童と呼ばれ、王立学院高等部を卒業後にいきなり助教授になった天才だからだ。


「そのラウシェンバッハ助教授が王国の防衛計画を練ると……」


『そうだ。王国軍の改革も彼が考えたことだし、君が率いているリッタートゥルム守備兵団の増強を提案したのも彼だ。帝国の動きが怪しいことも彼が探り出している。その一環だと考えてくれ』


 グレーフェンベルク伯爵からリッタートゥルム城周辺に帝国軍が現れる可能性があるとは聞いていたが、その情報を探り出したのが、学院の教員というのが腑に落ちなかった。


 しかし、こういった話は深く聞いても答えてもらえないから、それ以上聞くことはなかった。


 その後、マティアス殿に関して、部下に話を聞くと、ヴェストエッケの戦いで“千里眼”と呼ばれ、王国を勝利に導いた人物だということも分かった。

 どんな人物なのか興味を持ちながら、彼が到着するのを待っていた。


 マティアス殿がここに来たのは四月の十四日。

 革鎧とマントという狩人イエーガーのような装備だが、長い髪と切れ長の瞳の女性的な風貌で優しい笑みを浮かべていることから、彼の妻のイリス殿の方がよほど騎士らしく見え、最初は本人なのかと疑ったほどだった。


 彼の風貌にも驚いたが、それ以上に彼の部下の獣人たちの姿に驚いた。

 漆黒の鎧を身に纏ってマントをなびかせ、全員が直立不動で彼の後ろに立っている姿は迫力があり、見ただけで精鋭だと直感した。そして、四日後、その直感が正しいことが証明された。


 それから数日間、マティアス殿の行動を見ていたが、驚くことばかりだった。

 伯爵からは計画を練るためと聞いていたが、シャッテンたちに地図を作らせ、撮影の魔導具という見たこともない物を使って、周囲の景色を写し取っていく。


 その映像を見せてもらったが、色こそ違うが、景色を切り取ったかのような精巧な絵で、その場にいなくとも何があるのか、どんな地形なのかが分かるほどだ。


 そして今日、更に驚くべきことを見せられた。

 彼は通信の魔導具を使い、城にいながらにして二キロ離れた山の中にいる獣人たちの指揮を執ったのだ。


 ゾルダート帝国の偵察隊が国境を越えてきていることは一年ほど前から分かっていた。我々も何度か斥候隊を出して、敵の偵察隊を捕らえようとしたが、敵の行動範囲は広く、動きづらい岩山の中では捕捉するどころか、姿を見ることすらできなかった。


 それが僅か四日で敵を見つけた。

 その話を聞いた時、すぐに私の部下を派遣しようと考えたが、マティアス殿は獣人たちだけで捕らえるつもりでいた。


 その時はいくら精鋭であっても僅か八人で二十一人の敵兵を捕らえることは不可能だろうと思ったが、通信の魔導具を使って別の班に連絡し、敵が気づく前に包囲網を構築してしまう。その手際のよさに、伯爵が彼を信頼していると言ったことが事実なのだと思った。


 三班二十四人で、二十一人の帝国兵に奇襲を掛け、軽傷者すら出すことなく、十二人を捕虜にしている。それも僅か五分ほどでだ。


 マティアス殿の指揮もあるが、獣人たちの練度の高さに、初めて見た時の直観が正しかったことを思い出した。


 獣人たちが城に戻ってきた。

 マティアス殿が彼らを出迎えると言ったので、私も同行する。


 獣人たちはマティアス殿の前に整列すると、あの独特の右手を左胸に当てる仕草をし、帰還の報告を行った。


シュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペ斥候班、任務を完了して帰還しました!」


 彼らから離れた場所に、ロープで数珠つなぎにされ、目隠しをされている捕虜がいた。

 マティアス殿はその捕虜を一瞥すると、すぐに笑顔で獣人たちを労う。


「よくやってくれた。これで今日の任務は終わりだ。各自、自由にしていい」


 そして私に視線を向けた。


「捕虜の尋問を行いたいと思います。先ほどお伝えした通りに彼らを収監していただければ助かります」


「承知しました」


 そう言った後、部下に捕虜を地下にある牢に連れていくよう指示を出す。

 マティアス殿の依頼で、全員を別々の牢に入れる。


 この城にある牢は兵士の懲罰房が主で、狭い個室が多い。そのため、十二人であっても問題ないが、何のためか理解できなかった。

 マティアス殿に聞いてみたが、明確な答えは返ってこなかった。


「上手くいったらお話しします。失敗したら格好悪いですから」


 理由が知りたくて、尋問にも立ち会うことにした。

 尋問は地下牢から少し離れた部屋で行う。


 マティアス殿はそこから少し離れた部屋にイリス殿と入り、尋問はシャッテンのユーダという男が行う。その補助としてカルラと呼ばれている女性が一緒に入るが、その手には通信の魔導具があった。

 私と彼らの他に守備兵団の兵士が護衛として二人いる。


 ユーダはまず兵士の一人を部屋に入れたが、扉を開けたままだ。このままでは声が廊下に筒抜けになるため、そのことを指摘すると、マティアス殿からの指示と答えた。

 捕虜は後ろ手に縛られているが、椅子に座らせた上で、更に動けないように縛り付けられる。


「名前と所属を言え」


 その兵士は反抗的な表情でペッと唾を吐く。


「言いたくないなら構わん。まだ十一人もいるのだからな」


 そう言いながら持っていた短剣を捕虜の頬に突きつける。


「俺は拷問が好きなんだ。最初はやせ我慢するんだが、そのうち恐怖に負けて、やめてくれと泣き叫ぶ。その瞬間がたまらなくいいんだ」


 ユーダの目は愉悦の色が浮かんでいる。

 演技と分かっている私でもブルっと震えるほどの恐怖を感じさせる目だ。


「脅しになんか負けるかよ!」


 捕虜の目には恐怖が浮かんでいるが、気丈にも反抗的な態度を取り続ける。


「いいね。どこまで我慢できるか、賭けてみるか? 最後まで我慢できたら、釈放してもらうように司令官殿に頼んでやるよ」


 そう言って短剣をぺろりと舐める。


「最後まで我慢したら死んでいるんだけどな。ハハハハ!」


 捕虜は恐怖のあまり目を見開いている。


「さて、もう一度聞く。所属と名前は?」


 捕虜は怯えているが、それでも口を開かない。


「いいだろう。単純に痛めつけてもいいが、それでは面白くないな。君と君、捕虜を壁際に運んでくれないか」


 兵士たちにそう命じるが、二人は私の方を見ていた。

 私が頷くと、二人掛かりで椅子を移動させる。壁には普段はない木の板があった。


「私は投げナイフが得意なのだよ。その練習台になってもらおう」


「俺を殺す気なのか!」


「いやいや、ギリギリを狙う練習だよ。こんな感じでな!」


 そう言うと、素早い動作で短剣を投げる。私も捕虜も瞬きする間もなく、コンという小気味よい音を立てて短剣が木の板に突き刺さっていた。


 その場所は捕虜の左耳のすぐ上で、捕虜は突き刺さっている短剣を震えながら見つめていた。

 ユーダはその短剣を引き抜くと、もう一度ぺろりと舐める。


「次はもっと近くを狙うぞ。動くなよ」


「や、やめろ!」


 捕虜の悲鳴を無視してユーダは短剣を無造作に投げた。

 今度は右の頬のすぐ横で一ミリも離れていないように見える。


「なかなかのものだな。次は頭の天辺がいいだろう。髪の毛も伸びているようだし、カットしてやるよ」


「や、やめてくれ! なんでも話す!」


「おいおい。こんなに早く終わったら楽しめないじゃないか」


 そう言って再び無造作に短剣を投げた。

 予告通り頭の僅かに上で、捕虜の髪の毛がハラハラと落ちていく。

 髪の毛が目の前を落ちていく様子を見て、捕虜は悲鳴を上げた後、失禁した。

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