第14話「帝国偵察隊との遭遇戦」
統一暦一二〇五年四月二十日。
グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
リッタートゥルム城に到着して一週間、ここの防御施設や周辺の状況の確認を行っている。
この城は城代であるオイゲン・フォン・グライリッヒ男爵が言ったように、シュヴァーン河の水軍用の拠点という意味合いが強いことが理解できた。
城の東側がすぐ川だが、上流は切り立った崖が続き、大人数が上陸する場所はない。下流も王国側は湿原になっており、渡河できるような場所はここしかない。
つまり、唯一渡河が可能な場所に城が立っていることになる。
しかし、大きな城を建てる面積がなく、大量の船で強引に渡河を行われると、対応できなくなるため、水上で阻止することを主眼に置いている。そのため、城の下には桟橋が五本あり、ヨットハーバーのような感じになっている。
そこには長さ二十メートル、最大幅四メートルほどのガレー船のような軍船が十隻、長さ十メートル、最大幅三メートルほどのカッターボートのような手漕ぎボートが数十隻係留されていた。
ガレー船はオールが片側十本くらい出せ、帆柱も付いている。男爵から聞いた話では、漕ぎ手の他に三十名ほどの射手が乗り込んで矢を放ち、更に敵の船に突撃し、頑丈に作られた舳先で沈める戦法を使う。
カッターボートは漕ぎ手十人、射手十人が定員で、射撃と接舷してからの白兵戦で敵の船を攻撃する。
これだけの数の船があるため、水軍に属する兵は千五百人を超え、城の防御に当たる千人より多い。
現在分かっている範囲では、ゾルダート帝国側に水軍基地はなく、船の数も少ないため、渡河を防ぐことができると自信を持っていた。
城は南北五十メートル、東西百メートルほどで、東側が城本体となり、西側に厩舎などの付属設備がある特殊な形だ。
城本体は中央に塔がある二階建てで、二階から城壁の上に出る構造だ。
城壁の高さは五メートルほどだが、東側は河に向かって下がっているため、水面からは十メートル近い高さになっている。
東側の城壁には出入口はなく、城壁の上から階段が二ヶ所作られている。そのため、水軍が出撃する際には一旦二階に上がってから、城壁に出て、桟橋に降りていく必要がある。緊急の際にはロープを使って降りることもできるので、渋滞になることはないそうだ。
城からは城壁から弓や弩弓で水上の敵を攻撃するが、東側の壁には高さ七メートルほどのところに木窓が並んでおり、そこからも射撃が可能となっている。また、階段は切り離しが可能となっており、容易に城壁の上に上がれない工夫がされていた。
男爵はこの防御に自信を持っていた。
「水軍を突破してきたとしても、陸上ではありませんから、一度に大量の兵が上がってくることはできません。ですから、ここで食い止めることはそれほど難しくないのですよ」
「水上を封鎖されたらどうなりますか? 物資の補給は船を使っていますが、どの程度耐えられるのでしょうか」
リッタートゥルム城への補給は下流のヴェヒターミュンデ城からシュヴァーン河を船で遡上して行われる。そのため、川を封鎖されたら兵糧攻めになってしまう。その懸念について質問した。
「水軍の兵士を含めて二千五百人が籠城したとしても、三ヶ月は優に耐えられます。増援も
この城にも長距離通信用の魔導具が設置されたため、王都に即座に救援を要請できる。
城の状況と共に周辺の調査も行っている。
この調査は
私自身も見に行きたかったが、城の南側の岩山はロッククライミングの技術が必要になりそうなほど急峻で、私が行けば足手纏いになると考え断念した。
そのため私は城に残り、
また、
斥候隊は氏族ごとではなく、護衛である熊人族と猛牛族以外の八氏族から一名ずつの五つの班を作り、広範囲を調べさせていた。
これは帝国軍の偵察隊が密かに渡河していたという情報があり、その確認のためだ。
斥候隊を出し始めてから五日経っているが、痕跡は見つけたものの、まだ偵察隊自体は見つけられていない。
調査にも慣れてきた本日の午後二時頃、緊急連絡が入った。
通信担当の
「第二斥候班より通信が入りました。帝国軍の偵察部隊と思われる集団を発見したとのことです。その数は二十一。場所は城の南南東約二キロ。直接報告したいとのことです。物見塔にお越しいただけないでしょうか」
今回の調査でも通信の魔導具を使っている。
それも以前使った物だけではなく、新たに開発した簡易版のテストを兼ねて多数持ち込んでいた。そのため、五つの斥候班すべてが通信機を持っている。
簡易版と言っているが、開けた場所で五キロメートル、森の中でも二キロメートルほどなら通信は可能で、
ちなみに大きさは今までの物とほぼ同じで、小型化には成功していない。
イリスとカルラと共に物見塔に向かう。また、城代であり、守備兵団の団長グライリッヒ男爵にも一報を入れる。
物見塔の屋上に着くと、通信の魔導具を持った
「すべての班に情報は共有済みです。現在第二班に繋がっておりますので、いつでも通話は可能です」
「ありがとうございます」
礼を言いながら受け取ると、グライリッヒ男爵も部下の隊長と共に物見塔に上がってきた。
「敵の偵察隊を見つけたそうですな」
「そのようです。今から状況を確認します」
それだけ答えると、魔導具に向かって話し始めた。
「こちらリッタートゥルム城のマティアス。第二斥候班、状況を報告せよ。以上」
すぐに魔導具から声が流れてきた。
『こちら第二斥候班の
二十名ほどということは帝国軍なら一個小隊だ。近くに三つの班があるため、他に部隊がいなければ、殲滅することは容易い。
「殲滅することは難しくないですが、尋問するために生け捕りにしたいですね。カルラさん、猟兵団にできると思いますか?」
「第一班と第四班を合流させれば可能ですが、ここまで連れ帰ることを考えると、全員は難しいかと思います」
「では、指揮官と兵士五名ほどなら可能と考えていいですね」
「可能です」
私の問いにカルラは頷いた。
男爵に顔を向け、作戦の概要を説明する。
「帝国の斥候小隊のようですので、情報収集のために捕虜にしようと思います。捕虜の処遇を含め、私に一任いただけないでしょうか」
黒獣猟兵団は私の指揮下にあるが、リッタートゥルム城とその周辺での作戦行動はグライリッヒ男爵の所掌だ。また、捕虜を城に入れる必要があるため、男爵の承認は必須だ。
男爵は一瞬考えた後、大きく頷いた。
「お任せします。千里眼のマティアス殿がどのようなことをされるのか、興味がありますからな」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、通信の魔導具を操作する。
「こちらマティアス。指揮官と兵士五名程度を捕らえる。その他の兵士は抵抗するようなら殲滅し、決して逃がすな。第二班はその場で敵の監視を継続せよ。以上」
その後、第一班と第四班にも連絡を入れた。そして、作成した地図を見ながら、敵を取り囲むように配置する。
「こちらマティアス。第一班エレン・ヴォルフが全体の指揮を執れ。第二班、第四班と調整の上、作戦を実行せよ。エレン、期待しているぞ。以上」
『こちら第一班、エレン・ヴォルフ。現地での指揮、了解しました。各班と調整の上、襲撃を実行します。以上』
簡易型の通信の魔導具も一度に一箇所としか繋ぐことができない。また、見えない場所から、状況が目まぐるしく変化するであろう襲撃作戦の指揮を執ることは現実的ではないので、現地に任せることにした。
調整が終わったのか、二分ほどでエレンからの通信が入る。
『こちら第一班エレン・ヴォルフ。これより襲撃作戦を実行する。以上』
「こちらマティアス。了解した。成功を祈る。以上」
通信の魔導具から手を放すと、男爵が物珍しそうに見ていた。
「便利なものですな。これがあれば水軍の指揮も楽になりそうです。これは我々にも手に入れられるものなのですかな?」
「はい。今後王国軍の標準装備となるはずです。ここリッタートゥルムとヴェヒターミュンデには最優先で配備されると思いますので、今年中には届くと思います」
この簡易版は以前使った物より性能は落ちるが、その分安価だ。
安価といっても以前の五千万マルク、日本円で五十億円に比べての話で、これでも一つ十万マルク、一千万円ほどになる。
そんな話をしていると、エレンから通信が入った。
『こちら第一班エレン・ヴォルフ。作戦完了。指揮官以下十二名を捕縛。味方に損害なし。これより城に帰投します。以上』
僅か五分ほどで終わらせたらしい。
「こちらマティアス。了解した。エレン、よくやった。他の者たちにも私が満足していると伝えてくれ。以上」
通信を終え、物見塔を降りていく。
「尋問といってもあなたがするの? 捕虜をどうするつもりか分からないけど、帝国に引き渡すのなら、あなたがいることを知られるのは拙いと思うのだけど」
「そうだね。カルラさんか、ユーダさんに任せるつもりでいたよ。もちろん、聞くことや聞き方は私が考えるけどね」
そんな話をしながら、黒獣猟兵団が帰還するのを待った。
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