第13話「リッタートゥルム城」

 統一暦一二〇五年四月十四日。

 グライフトゥルム王国南部リッタートゥルム城。黒獣猟兵団兵士エレン・ヴォルフ


 俺たち黒獣猟兵団はマティアス様、イリス様を護衛し、リッタートゥルム城に到着した。

 リッタートゥルム城は不思議な地形に立つ城だ。


 東側は城壁の真下に国境の大河、シュヴァーン河が流れ、その先には巨大なベーゼシュトック山地の山々が見えている。

 城の南側は高さ百メートルほどの切り立った岩山で、城壁のようにそびえていた。


 北側は平地になっており、シュヴァーン河が流れ込む湿地だ。聞いた話ではシュティレムーア大湿原の南端に当たり、今の時期はまだマシだが、増水期には湖と見まがうほど水で溢れるらしい。


 西側は南側の岩山と北側の湿地帯の間を縫うように、細いリッタートゥルム街道が通っている。


 つまり、リッタートゥルム城はシュヴァーン河西岸の地形が大きく変わる場所にあり、通行可能な僅かな土地を塞ぐ形で建てられているのだ。


 リッタートゥルム城の城門の前で誰何の声が掛かるが、マティアス様の名を出すとすぐに開かれた。

 四十歳くらいの普人族メンシュの指揮官が現れた。


「ようこそ、リッタートゥルム城へ」


 鎧こそ身に着けているが、兜をかぶらず、長髪を揺らしながら役者のような大仰な仕草で頭を下げる。


「マティアス・フォン・ラウシェンバッハです。グレーフェンベルク伯爵閣下よりお聞きかと思いますが、この地の調査に参りました」


 マティアス様はそうおっしゃりながら右手を差し出した。


「城代のオイゲン・フォン・グライリッヒ男爵です。お噂はかねがね伺っておりますよ」


 陽気な人物のようで、明るい声で応えながら、マティアス様の手を取る。

 更にイリス様が挨拶すると、貴婦人に対するように右手の甲にキスをした。


「ご無沙汰しております、イリス嬢。いや、今はラウシェンバッハ夫人ですな。ハハハ!」


 グライリッヒ男爵は以前、王国第一騎士団に所属しており、イリス様と面識があると聞いている。


 城は南北五十メートル、東西百メートルほどで、西側半分が厩舎や倉庫があり、東側が城の本体になっている。城部分は城壁と一体化した石造りの建物で、一番外側の高さは五メートルほど、その内側の二階部分が十メートルほどで、真ん中に高さ二十メートル強の塔があった。


 話では聞いていたが、帝国に対する重要な拠点にしては小さいと改めて思った。

 俺の疑問と同じことをイリス様も感じたらしく、質問していた。


「思ったより小さい感じがしますが?」


「ここは城というより、水軍基地の性格が強いのです。あとで見ていただきますが、水軍の船は百隻ほどあります。それにより、渡河を防ぐ戦略ですので。では、中にご案内いたしましょう」


 城門から中に入ると、そこで一旦止まった。


「エレンは狼人ヴォルフ族と共に私たちの荷物を運んでほしい。他の者は馬の世話と兵舎の割り当ての確認をしてくれ」


 マティアス様の命令に、全員が敬礼で応え、行動を開始する。

 俺たち狼人族はマティアス様、イリス様、カルラ様、ユーダ様に続いて建物の中に入っていく。


 城の中に入ると窓が少ないためか、思ったより暗い。そのため、多くの灯りの魔導具が壁に設置されていた。


 中を見回したくなるが、マティアス様の直属の護衛として無様な姿を見せないように我慢する。

 それでも見える範囲で確認すると、思ったより武骨な感じはなく、城というより館という感じがする。


 二階に上がり、少し歩いたところで、男爵が止まった。


「ラウシェンバッハ殿にはこちらをお使いいただきたい」


 そう言って扉を開ける。

 中は結構広い部屋で、訪れる貴族が使う部屋なのか豪華な感じだ。


「護衛の兵はその横にある部屋が使えるようになっています。夕食は案内の者を寄こしますので、それまでお寛ぎいただきたい」


「ありがとうございます」


 マティアス様がにこやかに応えると、男爵は「では後ほど」と言って部屋を出ていった。

 カルラ様とユーダ様がすぐに部屋の中を確認し始める。


 俺たちは荷物を言われた場所に置くが、すぐにやることがなくなった。


「エレンたちも兵舎に行っていいよ。ここで護衛はいらないだろうし」


 そう言われるが、猟兵団の兵士が誰もいなくなっていいのかと迷う。


「マティアス様のおっしゃる通りに。一時間後にここの守備兵団の主だった者と顔合わせをする。全員に装備を外し制服に着替えるよう伝えなさい」


 カルラ様の指示に対して復唱し、俺たちは猟兵団が案内された兵舎に向かう。

 兵舎に入ると、仲間たちが装備の手入れを行っていた。


「カルラ様からの命令を伝える!」


 俺がそういうと、全員が一斉に立ち上がった。


「一時間後にリッタートゥルム守備兵団の主だった方々と顔合わせを行う。黒獣猟兵団は制服に着替え、連絡を待て。以上だ!」


 俺の言葉で一斉に動き始める。

 兵舎の中の水場に向かい、身体を拭き、髭を剃って髪や尾を整える。女もいるが、特に気にすることなく、身体を拭いている。


 野営で慣れているため、俺たちは気にしていないが、守備隊の兵士が息を呑んでいるのを感じた。

 女たちも気づいているが、特に気にすることはなく、淡々と準備を進めていく。


 全員が制服に着替えたのは、三十分ほど経った頃だ。


「班長は問題がないか確認しろ!」


 俺もクルト、ルーカス、レーネ、サラをチェックしていく。

 全員問題はなく、俺もレーネのチェックを受け、問題ないことを確認した。

 こういったこともリオ殿たちから叩きこまれている。


『マティアス様の直属となるからには、誰からであろうと侮りを受けることは許されん。それに今後の獣人族全体の処遇にも関わる可能性もある。精鋭であることを見せつけてやるのだ』


 俺たちも同じ思いだったので、短い期間でこの制服を完璧に着こなせるようになっている。


 制服だが、装備と同じく黒を基調したものだ。

 上着は袖と肩に金糸で飾りが付けられ、二列の金色のボタンがスマートさを感じさせ、左胸には猟兵団の紋章が銀糸で刺繍されていた。


 一つだけ残念なのは、折り目が付いた細めの黒のスラックスをはいているが、ブーツが行軍用の武骨なものだということだ。本来なら磨き上げられた黒いブーツなのだが、さすがに邪魔になるため、持ってきていない。


 すべての班から問題ないことが報告された。


「よろしい。では、案内が来るまで楽にしてくれ。俺たちはマティアス様のところに戻る」


 兵舎の中を歩くと、守備隊の兵士たちが物珍しそうな目で俺たちを見ている。

 獣人が珍しいこともあるのだろうが、この素晴らしい猟兵団の制服に目を奪われているのだろう。


 マティアス様の部屋に戻ると、お二人とカルラ様、ユーダ様も着替えを終えていた。

 俺たちの姿を見たマティアス様が笑顔で頷かれた。


「なかなか似合っているよ。それにしても、この服は誰の発案なんだろう?」


 その言葉に、俺は疑問を持った。


「マティアス様がご提案されたと聞いておりますが?」


 そう言うと、カルラ様が話に加わってきた。


「マティアス様が高等部に入られたすぐ後くらいの時です。イリス様とラザファム様と共に騎士服の話になったことがございました。その際にこのような服があればとおっしゃったので、それをモーリス商会に伝えましたが、イメージと違っておりましたでしょうか」


「イメージ通りですよ。全員がこの服で並べば壮観だろうね」


「私も彼らの服がよかったわ」


 イリス様は頬を少し膨らませて、マティアス様にそうおっしゃった。

 イリス様が来ている服は白を基調とした騎士服で、白い細身のスラックスと乗馬用のブーツで凛々しさが前面に出ていてよくお似合いだ。


「確かに君にも似合うと思うけど、私の“月光のモントリヒト剣姫プリンツェッスィン殿”には今の方が似合っていると思うよ」


 そうおっしゃるとイリス様は頬を赤く染められる。

 結婚されて一年近く経つが、まだ初々しい感じで、カルラ様、ユーダ様も微笑ましいと思ったのか、笑みを浮かべている。


 それからすぐに城の食堂に案内された。

 既に猟兵団の仲間たちも来ており、壁際に直立不動で整列している。

 その列に俺たちも加わり、マティアス様とイリス様が我々の前に立った。


 すぐにグライリッヒ男爵と部下の騎士たちが現れた。

 俺たちは一斉に右手を左胸に当て、敬礼する。

 男爵は一瞬驚きの表情を浮かべた後、大きく破顔し、拍手をした。


「これは素晴らしい! ラウシェンバッハ殿の兵はよく訓練されておりますな」


「ありがとうございます。私には過ぎた者たちです。彼らに見合うように努力しないといけないと最近よく思いますよ」


 その言葉に背筋が更に伸びる気がした。


 その後、俺を含め、各班長が名乗り、俺たちは兵士用の食堂に向かった。

 そこではマティアス様がいらっしゃった食堂とは打って変わり、砕けた感じの出迎えを受ける。


「凄ぇ服だな。ラウシェンバッハの守備隊はそんな服をもらっているのか?」


「これは俺たちシュヴァルツェベスティエン猟兵団イエーガートルッペの正装だ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ様に特別に与えていただいた」


 その後、制服や装備の話で盛り上がったが、羨ましがられた。

 しかし、この服を着ていると無様な姿は見せられないと酒を飲んでも酔わない。これは俺だけじゃなく、猟兵団全員が同じだった。


 この誇らしい気持ちは一生忘れないだろう。

 そう思いながら、守備隊の兵士とジョッキを交わした。

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