第10話「獣人護衛部隊結成:その四」
統一暦一二〇五年三月二十六日。
グライフトゥルム王国南部ラウシェンバッハ子爵領、領都ラウシェンバッハ。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
護衛隊に選ばれた戦士たちは皆若いが、漆黒の鎧とマントを身に纏い、その所作からは精鋭であることが窺えた。
当初は三十人程度の予定だったが、ゾルダート帝国の偵察隊との交戦を想定し、五十人まで増員している。
村に入ったところで、デニスの家ではなく、広場に案内される。
そこには護衛隊の五十名の他に、各村の村長ら有力者が集まっていた。
何があるのかなと思ったら、デニスが代表して話し始める。
「ここにいる五十名の戦士についてですが、今後は正式にラウシェンバッハ子爵領守備隊の兵として、使っていただくと考えてよろしかったでしょうか」
当然のことを聞いてきたので、疑問を感じつつも頷く。
「もちろんです。まだ守備隊のどの部署に配属になるかは決まっていませんので、当面は私かイリスの指揮下に入ることになりますが、この護衛任務終了後は代官であるフリッシュムートの指揮下に入ると考えてもらって結構ですよ」
「それでは正式にラウシェンバッハ子爵家の兵士となるということでしょうか」
「私個人が雇うわけにはいきませんので、当然そうなりますが、それが何か?」
そこで獣人たちの表情が一気に明るくなる。
「ありがとうございます! これで我々もマティアス様のお役に立つことができます!」
詳しく聞いてみると、私が彼らに明確な役目を与えないため、気にしていたようだ。兵士として採用されたということで、ラウシェンバッハ家のために働けると喜んでいる。
そこで犬獣人に扮している
「マティアス様護衛隊のリーダーに、エレン・ヴォルフを推薦したいと思います」
「エレンさんで問題はありませんが……」
「私のことはエレンとお呼びください。他の者も同様です」
エレンが慌ててそう言った。
確かに家臣になるなら、呼び捨てにした方がいいかもしれないと頷く。
「分かりました……いや、分かった。今後はそう呼ぶことにする。イリス、カルラさん、ユーダさん、エレンを代表にしたいと思いますが、何か意見はありますか?」
「
イリスがそう答えると、カルラもそれに続く。
「私も異存はありません」
「私も同じです」
ユーダも同様に問題ないと答えた。
「では、エレンがリーダーで……それにしてもマティアス様護衛隊ですか……その名称は何とかなりませんか」
エレンがリーダーであることは問題ないが、その名称が気になった。私を守るというのは分からないでもないが、これが名称として広まるのは避けたい。
「正式な名称ではなく、便宜上そう呼んでいるだけですが、適切な名をつけていただければ彼らも喜ぶと思います」
その言葉に獣人たちが大きく頷いている。
「名ですか……ラウシェンバッハ守備隊の部隊も特に名称はないんですが……」
ラウシェンバッハ子爵領の守備隊は総勢二百名ほどだ。
そのうち、子爵家直属は五十名程度で、残りはモーリス商会が選んだ傭兵だ。そのため、各隊長の名を付けたシュルツ隊とか、ミュラー隊いう名称で呼ばれているに過ぎない。
しかし、隊長のエレンの名を付けると“ヴォルフ隊”なり、氏族名となってしまう。
「イリス、何かいい名前はないかな」
「そうね……“
黒獣猟兵団と聞き、五十名の護衛隊に大仰な名前だなと思ったが、エレンたちが目を輝かせながら、“黒獣猟兵団”と呟いているのを見て、これでもいいかと思うようになった。
「では、とりあえず“黒獣猟兵団”という名で呼ぶことにしましょう」
私の拙い記憶では猟兵は狩人を主体とした森林戦を想定していた兵種であり、これは獣人族の特性にも合っている。また、
この時私はあまり深く考えていなかった。ラウシェンバッハ子爵領の守備隊の再編までの、仮の名前のつもりでいたのだ。
ラウシェンバッハ守備隊の規模が大きくなれば、編成は王国騎士団に準ずることになるので、連隊、大隊、中隊、小隊という感じで、記号化されるはずだ。
その後、黒獣猟兵団の面々と顔を合わせた。
一氏族当たり五名で十氏族。いずれも特徴的だ。
狼人族系が二氏族で最初に入植した
ヴォルフ族は灰色狼系のグレーの耳と尾を持つが、
狼人族と犬人族は戦士としてだけでなく、視覚、聴覚、嗅覚に優れた斥候としても期待されており、いわゆる万能型だ。
護衛として防御を期待されているのは、膂力に優れ、耐久力がある
いずれも男性ばかりで構成されている。
私も身長は百八十センチほどあるが、彼らの間に立つとプロレスラーの集団に紛れ込んだような錯覚を覚えるほど迫力があった。
攻撃に期待されているのは、
白虎族は白髪に虎の耳、白と黒の尾を持つ。獅子族は見事な鬣のような金髪と先に房が付いたような尾が特徴的だ。
不思議なことに白虎族はすべて女性、獅子族はすべて男性で、どのような基準で選ばれたのか興味を持った。
斥候として期待されているのは
いずれも女性で、身長百六十センチ以下と小柄ながらも敏捷性と隠密性に優れ、斥候だけでなく、奇襲部隊としても活躍してくれるのではないかと聞いている。
彼らの装備だが、いずれも艶消しの黒を基調とした防具を身に纏っており、見た目こそ同じに見えるものの、その特性によって性能は大きく異なっている。
狼人族と犬人族は状況に応じて役割が変わるため、スピードを重視する。そのため、防具は急所部分だけを金属で補強した比較的軽い革鎧だ。
武装は片手剣、槍、弓などで、五名のチームで行動することを前提としている。
武器は熊人族が刃渡り百二十センチほどの厚みのある剣、猛牛族が二メートルほどのハルバードで、どちらも片手で使用する。
武器はいずれも大型の両手剣で、オーク程度の魔獣なら一刀両断できるそうだ。
全員に共通する特徴だが、兜を着用していないことだ。
通常の兜では獣人族の特徴である獣耳が隠れてしまい、音が聞こえづらくなる。そのため、鉢金を装備していた。
顔合わせした際にリーダーであるエレンを団長に任命しようとしたが、恐れ多いと言って断られた。
「黒獣猟兵団の団長はマティアス様かイリス様であるべきです。私を含め、我々はすべて兵士に過ぎませんので」
確かにラウシェンバッハ家の者が団長になるべきだと納得したが、護衛対象が団長というのもおかしな気がしたので、カルラに任せようとしたが、彼女にも断られてしまう。
「私はマティアス様の個人的な護衛でございます。ラウシェンバッハ家の組織に組み込まれることは難しいと思います」
結局、私より指揮官として優秀なイリスに任せた。
「君に団長を任せるよ。第一騎士団の隊長だったのだから君の方が適任だ」
「分かったわ。私もあなたを守るためにいるのだから、彼らと同じ立場だし。でも、こういった経験はないから、カルラに実質的な指揮を任せるつもりよ」
「それでいいと思う。エレンたちもその方が慣れているだろうしね」
獣人たちはリオたちの指導を受けており、
顔合わせをするが、エレンを含めて全員が恭しすぎて居心地が悪い。いきなり矯正するのは難しいだろうから、おいおい改善していくしかないと諦めている。
翌朝、多くの獣人たちに見送られ、領都に向けて出発した。
領都に入ると、領民たちの視線が集まった。
統一した装備で身を固めた五十人の獣人というのが珍しいためだ。しかし、その反応は悪いものではなく、聞こえてくる声は好意的なものが多かった。
翌日、守備隊の演習場で彼らの実力を見ることになった。補給物資の調達に二日掛かるため、時間があることもあったが、イリスが希望し、カルラも同意したためだ。
演習場では基本的な動作から模擬戦まで見せてもらったが、その練度の高さに驚きを隠せなかった。
イリスも私と同じように驚いている。
「連携も凄いけど、全員が皆伝レベルの腕前よ。私では全く太刀打ちできないわ」
皆伝は東方系武術の習熟度を表し、一子相伝の特別な技以外のすべてを修得した者に与えられる称号だ。
イリスも中伝を授けられ、もう少しでその次の奥伝になれるほどの実力で、一般の兵士より遥かに強いが、それでも相手にならないらしい。
一般的に東方系武術の皆伝レベルの武闘家は、一騎当千と言われている。
実際フェアラート会戦において、グランツフート共和国軍のケンプフェルト将軍直属部隊は、危機的な状況で突破口を開くなど、超人的な働きを見せている。
それとほぼ同等の部隊ということに目眩を覚えた。
彼らは三万人の
黒獣猟兵団を見ても分かるように、獣人族は女性でも優秀な戦士だ。二十歳から四十歳までを戦闘員と考えた場合、総人口の三分の一ほどにはなるはずだ。つまり、一万人の兵士を有していることになる。
それも精鋭と名高い、ケンプフェルト将軍直属部隊に匹敵する者が、千人単位でいる可能性が高いのだ。
この事実に、私は一瞬恐怖を感じた。
彼らをこの地に呼んだのは境遇に同情したこともあるが、レヒト法国の戦力低下という意味合いが強い。
だから、彼らの力を利用するつもりは当初からなかったし、今も彼らが望んでもできる限り平穏に暮らしてもらおうと考えている。
しかし、これだけの力を見せられると、王国を守るために使いたくなる。
今のところ謀略で対処しようと考えているが、それだけでは難しくなる可能性が高いからだ。
それだけではなく、この力を王国が知れば、必ず利用しようとするだろう。それがグレーフェンベルク伯爵であっても同じだ。
そうなった場合、対帝国戦の最前線に送られる可能性が高い。
帝国軍と戦えば、多くの獣人が命を落とすことになる。助けたつもりが死に追いやることになるのだ。
そのことに恐怖を感じたのだ。
私はこの事実にどう向き合っていいのか悩みながら、獣人たちを見ていた。
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