第29話「御前会議」
統一暦一二〇五年二月一日。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト近郊、ノルトフェルス砦。マクシミリアン・クルーガー元帥
私は昨日、帝都にある宮殿、白狼宮からここノルトフェルス砦に移された。
ここは帝都の北、十キロメートルほどの場所にある古びた砦だ。以前は帝都の守りの要として重要視されたが、今は管理のための兵士が二十人ほどいるだけの寂れた場所だ。
ここに移送されたのは元老たちの要求により、帝都から追放されたためだ。
そのため、私の従者は
第二軍団長の地位は失うことになったが、幸い元帥の階級は剥奪されていない。
これは我が帝国が元々傭兵団であったことから、最高位の軍人に対し敬意を表するため、大逆罪以外では剥奪されないという不文律があるためだ。
もっとも、剥奪はされないが、処刑された者は存在するため、生きながらえるという意味ではあまり意味がない。
今頃父である皇帝コルネリウス二世が家臣たちを前に、私の処分について説明しているはずだ。
私は既に内容を知っているが、元老たちは我が世の春を謳歌していることだろう。私という扱いにくい者が皇帝の座に就くことがなくなり、同様に枢密院を廃止したい父にも負い目を感じさせたと思っているからだ。
しかし、元老たちが幸福に浸っていられるのもそう長い期間ではない。
そのことを考えながら、私は与えられた一室で、グライフトゥルム王国に関する報告書を読み始めた。
■■■
統一暦一二〇五年二月一日。
ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、白狼宮。皇帝コルネリウス二世
余は軍務尚書であるシルヴィオ・バルツァーと内務尚書であるヴァルデマール・シュテヒェルトを従え、謁見の間の玉座に座り、居並ぶ家臣たちを見下ろしていた。
その最前列にはハンス・ヨアヒム・フェーゲラインを始めとする九人の枢密院議員、いわゆる元老たちが並び、余の発表を待っている。
彼らには事前に説明してあるため、余裕の笑みを浮かべている者が多い。
「余は帝国軍第二軍団長マクシミリアン・クルーガーを解任した! これは枢密院議員たちからの進言を受け入れたためだ。議員諸君、この認識に誤りはないな」
余の言葉を受け、元老たちが一斉に頭を下げて同意を示す。
その他の家臣たちからはどよめきが起きた。しかし、すぐに謁見中ということを思い出し静まる。
「余は未だに我が子マクシミリアンが、余とゴットフリートを暗殺しようとしたことが信じられぬ。しかし、議員たちはその証拠は明らかであり、即刻処刑すべきとも勧告してきた。これも誤りではないな」
半数ほどの元老が頷く。そして、フェーゲラインが発言を求めた。
余が頷くことで認めると、彼は感情を排した声で反論する。
「恐れながら申し上げます。小職の認識では、マクシミリアン殿下に暗殺の疑いはあるものの、処刑に関しては過半数が賛同した過ぎません。そのため、枢密院としては正式な勧告ではなく、参考意見という形で言上させていただきました」
彼の言う通りだが、参考意見という形であっても、無実の者を処刑せよとした事実に変わりはない。
「そうであったな。しかし、参考意見という形でも卿らが我が息子に対し、処刑を勧めてきたことに違いはない。今後、マクシミリアンに関し、厳正なる調査を行うが、万が一、卿らのいう証拠が誤りであったなら、どのように責任を取るつもりか。帝国の元老たる者が責任逃れをするとは思えぬが、ここではっきりと卿らの口から聞いておきたい」
余の言葉で元老たちに動揺が起きる。
その動揺を無視して、豪胆なフェーゲラインが発言する。
「小職らは陛下及び帝国に対して責任がございます。当然のことながら、誤りであった場合は自らの考えに従い、適切に責任を取ることでしょう。特に処刑を口にした者はその身をもって責任を取ることは間違いありません」
用心深いフェーゲラインは、自らの進退に関わらないように慎重な言い回しをしている。彼自身はゴットフリートを支持しているが、今回のマクシミリアン処刑の件には賛同していない。
「うむ。卿の言、よく分かった。マクシミリアンについてはこれ以上言うことはない」
それだけ言うと、余は口を閉ざした。
余に代わって、シルヴィオが一歩前に出て話し始めた。
「第二軍団長の後任についてでございますが、ゴットフリート・クルーガー元帥が就任いたします。そして、第三軍団につきましては、第三軍団第一師団長であるザムエル・テーリヒェン将軍が元帥に昇進し、就任することとなりました。第一師団長には……」
その決定にゴットフリートを支持する元老たちの顔に笑みが浮かぶ。
テーリヒェンはゴットフリートを妄信する部下であり、最も忠誠心が高い武人だからだ。
残る第一軍団はフェアラート会戦の英雄、ローデリヒ・マウラーだ。彼はゴットフリートにもマクシミリアンにも与せず、中立的な立場であることはよく知られている。
今回の異動で三つの軍団のうち、二つをゴットフリートが押さえたことになった。そのことで元老たちは笑みを浮かべたのだ。
「……クルーガー元帥とテーリヒェン元帥が軍団を掌握次第、リヒトロット皇国への侵攻作戦を再開します。また、皇国を支援するグライフトゥルム王国に対しても牽制のための作戦を開始する予定です……」
シルヴィオの説明が続いているが、余はゴットフリートのことを考えていた。
彼が皇都を攻略するには決定力が足りない。あの難攻不落の城塞都市を力業で落とすことは余より戦の才能があるゴットフリートであっても不可能だろう。
もし、攻略できるとしたらマクシミリアンの方だ。
彼なら正攻法と奇策を組み合わせ、皇国の指導者たちを追い詰めていくだろうからだ。
ゴットフリートが王国への牽制について、どう考えているかも気になる。
奴のことだから無駄なことをすると思っているだろうが、全力で当たれと命じれば、奴の才能なら王国東部を奪う可能性は充分にある。
「……以上が軍務府からの報告となります」
その言葉で余に視線が集中する。
しかし、その視線に応えることなく、ヴァルデマールに向かって頷く。
ヴァルデマールは恭しく一礼した後、報告を始めた。
「内務府では帝都における食糧供給計画を刷新し……」
五分ほどで報告が終わり、簡単な質疑応答が行われ、謁見は終了した。
謁見の間から執務室に戻ると、シルヴィオとヴァルデマールが後から入ってきた。
「元老たちは意気揚々と帰っていきました。ゴットフリート殿下が後継者指名を受けるのは近いと考えているようです」
ヴァルデマールがいつも通りの明るい声で報告する。
「それにしてもよろしかったのでしょうか。ゴットフリート殿下を第二軍団長にしたことはともかく、第三軍団長にテーリヒェンを当てたことがいささか気になりますが」
シルヴィオは以前からテーリヒェンの能力を不安視していた。
彼の不安は的を射ている。テーリヒェンは猛将だが、一万の兵を擁する師団ですら持て余す。三万の兵士を預かる軍団長に適していないことは明らかだからだ。
「問題ない。確かに奴は軍団長の器ではない。だが、ゴットフリートを崇拝しているから、その指示に盲従するはずだ。つまり、ゴットフリートは二個軍団の指揮権を有していることと同義ということだ」
「師団長にしておくより、軍団長として殿下の命令を伝達するだけの存在とした方が有効だということは理解しておりますが、あの忠誠心が気になります」
「その点はゴットフリートに任せるしかなかろう。奴が皇帝の座を目指すのであれば、テーリヒェン如きを使いこなせぬようでは心許ない」
これは本心だ。
合理的なマクシミリアンなら、テーリヒェンを師団長から解任したはずだ。しかし、ゴットフリートはその能力に疑問を持っているにもかかわらず、テーリヒェンの軍団長昇進に反対しなかった。
部下を必要以上に可愛がるのは、ゴットフリートの欠点と言えるが、魅力とも言える。
もし、今回のことでゴットフリートがテーリヒェンを使いこなし、皇国との戦いで一定以上の成果を挙げたならば、奴にも我が後継者としての資質があるということだ。
「ゴットフリートが失敗すれば、それまでの男だったということだ。マクシミリアンの復権を早めれば済むことだな」
「「御意」」
余の言葉に二人が同時に頭を下げた。
余としては成功してほしいという思いもある。マクシミリアンよりゴットフリートの方が我が帝国をより強くしてくれるのではないかと期待させるものがあるためだ。
このことは二人には話していない。
直観に頼るだけの皇帝と思われたくないからだ。
このことを将来悔やむことがないことを強く願っている。
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