第27話「考察」
統一暦一二〇五年一月十八日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、マルティン・ネッツァー邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
学院から屋敷に帰ると、
イリスと共に急いでネッツァー氏の屋敷に向かう。
「何があったのかしら」
「帝都かエーデルシュタインから緊急の連絡が入ったのかもしれないね」
そんな話をしながら、ネッツァー氏の屋敷に入る。
ネッツァー氏は長距離通信用の魔導具がある部屋にいた。そして、メモらしき紙を真剣な表情で見ている。
私たちの訪問に気づき、顔を上げた。
「仕事が終わった後に済まないね。さっき帝都の
話を聞くと、ゾルダート帝国の皇帝コルネリウス二世が二ヶ月半ぶりに公の場に現れたという情報で、倒れた直後に回復したものの、治癒魔導師の進言を受けて、安静にしていたということだった。
「謁見の間に入った者から直接得た情報なのだが、皇帝の顔色はよかったし、やつれた感じもなかったそうだ。この情報をどう扱っていいのか迷っていてね。皇帝の病気は元々軽かったのか、それとも重篤だったが回復したのか、再発の可能性はあるのか……明日にでもグレーフェンベルク伯爵に報告に行くつもりなんだが、君の考えを聞かれる気がしてきてもらった」
「私の考えですか? 今は情報が少なすぎて判断できませんよ。事実のみをお伝えするしかないでしょう」
「確かにそうだね。それともう一つ気になる情報がある。皇帝がマクシミリアン皇子に関して憂慮している旨の話をしたらしい」
「マクシミリアン皇子に関して憂慮……情報の出所はどこでしょうか?」
「軍務府だ。バルツァー軍務尚書が皇帝の言葉として主要な者たちに語ったらしい」
イリスが質問する。
「具体的には何を言ったのでしょうか?」
「明確には言っていないが、軍団長を解任される可能性があると匂わしたそうだ。その準備をしておくようにという指示らしい」
「軍団長を解任ですか……本格的に元老たちと対決するつもりのようですね」
私がそういうと、ネッツァー氏は驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと待ってくれ。マクシミリアン皇子を解任することと、皇帝と元老との対決がどう繋がるんだ? どちらかと言えば、ゴットフリート派の元老に屈したと思っていたんだが」
「私もそう考えたわ」
二人の疑問に答えていく。
「もしゴットフリート派の元老に屈したのであれば、解任を即座に発表し、元老たちを安心させるでしょう。その方が問題は大きくなりませんから。しかし、匂わせているということは、元老たちから何らかの反応を期待しているということです」
「確かにそうだな。しかし、どんな反応を期待しているんだろう?」
「マクシミリアン皇子の正式な解任と追放、ゴットフリート皇子の後継者指名の嘆願でしょう。マクシミリアン皇子は宮殿である白狼宮に軟禁されていますが、帝都から追放し後継者指名が行われないようにしたいはずです。マクシミリアン皇子なら何をするか分かりませんから」
最新の情報ではゴットフリート皇子派の元老は九名中六名。マクシミリアン皇子派は二名で、特に旗幟を明確にしていない元老が一名という構図だ。但し、ゴットフリート皇子派も一枚岩ではなく、軍人派と官僚派で対立しているという噂もあった。
「でもマクシミリアン皇子が大人しく解任されるかしら。確かに軍団はいないのだけれど、彼なら何かしらの手を打つような気がするわ」
イリスの言葉に大きく頷く。
「同感だね。私としては皇帝とマクシミリアン皇子が手を結んでいるという可能性も、否定できないと考えているよ」
ネッツァー氏が首を傾げる。
「それはどうしてかな? 今までの情報を見る限り、皇帝がマクシミリアン皇子を庇っているようには見えないんだが」
「皇帝がここまで姿を見せなかったのはなぜかと考えたんです。皇帝の最大の懸案は枢密院です。その力を削ぐために何らかの策を考え、二ヶ月半ほど姿を見せず準備していたと考えることが自然だと思います。それにマクシミリアン皇子が白狼宮に軟禁されてから半月。行動を起こした形跡もなく、大人しくしていたというのも不自然です。そう考えると、情報管理が行き届いている宮殿の中で、皇帝と皇子が元老に対する策を練っていたとしてもおかしくはないのではないかと」
「その可能性はあるわね。皇帝の腹心はバルツァー軍務尚書とシュテヒェルト内務尚書だけど、その二人は頻繁に皇帝の下に行っていたという噂があるわ。そう考えると、皇帝、マクシミリアン皇子、軍務尚書、内務尚書の四人で何か企んでいたとしても不思議じゃないわ」
イリスの意見にネッツァー氏も頷く。
「言われてみればそうだね。しかし、このことは元老たちも知っているはずだが、警戒はしないんだろうか」
「可能性はありますが、言い訳はいくらでもできます。軍務尚書と内務尚書は皇帝が意識を取り戻した時に指示を仰ぐために頻繁に足を運んでいると言えばおかしくはありませんし、皇子に関しても尋問に行っていたと言われたら納得するしかありませんから。警戒していたとしても、自分たちの思い通りに動き始めれば、気にしなくなるでしょう」
それから数日後、新たな情報が入ってきた。
再びネッツァー氏の屋敷に向かった。
「王国への侵攻作戦の準備を始めたらしい。目的は皇国への支援を止めるためだそうだ」
「具体的に何を始めたか情報はありますか?」
「フェアラートに大量の材木を送り込むよう、商人たちに指示があったらしい。商人たちの間では渡河作戦に使う浮橋を作るのではないかと噂になっているそうだ」
フェアラートは王国との国境近くにある城塞都市で、ヴェヒターミュンデ城の対岸に位置する。一一九九年の渡河作戦でも材木などの物資が集められているので、侵攻作戦の可能性が高いと考えたのだろう。
あり得ることだが、違和感を持つ。
「このタイミングで王国に攻め込む必要があるのかしら? 他のことを考えていて、そのカモフラージュということもある気がするわ」
私と同じように、イリスも疑問を感じたらしい。
「私も違和感を持ったよ。帝国軍の最大の目標は皇都リヒトロットだ。我が国からの支援を妨害すれば、数年単位で見れば有利に働くけど、一、二年という短期で見れば、食料や消耗品の備蓄は充分だから、あまり意味がない。別の意図があると考えた方が自然だ」
「君たち二人はその意図が何だと思うのかな?」
ネッツァー氏の質問にイリスが首を横に振る。
「情報が少なすぎて、私には分かりません。あなたはどう思う?」
そう言って視線を向けてきた。
「私も情報が少なすぎて断言することはできないけど、三つくらいは思いつくことがある」
「それは何かな?」
イリスより先にネッツァー氏が興味深げに聞いてきた。
「一つは元老への対応ですね。ゴットフリート皇子派の元老には軍出身者と官僚出身者がいますが、その人たちに不和のネタを与えたのではないかということです。軍出身者は積極的に賛成するでしょうが、官僚出身者は断固として反対するでしょうから」
イリスが納得したように小さく頷く。
「その可能性はあるわね。他の理由は?」
「二つ目は我が国の情報収集能力を試しているということかな」
「それは軍に情報部ができたからかね」
「ええ。王国軍情報部の国内での能力は帝国諜報局壊滅で示しましたが、帝国内にどの程度浸透しているのか気になっているでしょう。帝都での情報収集と伝達速度、フェアラートとその周辺での情報収集能力を確認しようと考えてもおかしくはありません」
イリスがポンと手を打つ。
「どのタイミングで王国騎士団が動くか見ておけば、諜報員がいなくても分かるからということね」
「その通り。帝国の諜報員については、
「なるほど。逆に言えば、あまり早すぎる対応をすると、帝都にある通信機の存在がばれる可能性があるということか。気を付けないといけないな」
ネッツァー氏はそう言って納得する。
「もう一つは王国に対する揺さぶりでしょう」
「揺さぶり? どういうことかな?」
ネッツァー氏が首を傾げている。
「フェアラートで渡河作戦の兆候が見られ、更にエーデルシュタインから帝国軍の一部が動けば、王国軍としても対応せざるを得ません。素直にヴェヒターミュンデ城に向かってくれるならいいですが、リッタートゥルム城付近での渡河作戦の可能性があれば、話は変わってきます」
「確かにそうね。二ヶ所で対応が必要なら、単純に二倍の戦力を動かす必要があるわ。当然、兵站にも負担が掛かるし、マルクトホーフェン侯爵への対応も考えなくてはならないし」
イリスの意見に頷くことで同意し、更に説明を続ける。
「ヴェストエッケの時と同じように、ノルトハウゼン騎士団を含め、ほぼ全軍を動かすことになるでしょう。だからと言って、中途半端な対応にしてしまうと、帝国軍がやる気になってしまい、危険を招くことにもなりかねません」
ネッツァー氏は私の意見に困惑の表情を浮かべる。
「面倒なことを考えてくれたものだな。帝国としては将来の王国侵攻の準備を兼ねているから、それほど負担が増えるわけじゃないが、やられた王国にとっては対応せざるを得ないということか」
「ただ、ゴットフリート皇子がエーデルシュタインで指揮を執っているのであれば、我が国への侵攻作戦の可能性はゼロに等しいと思っています。彼は合理的な考えの持ち主ですし、シュヴァーン河の渡河作戦の困難さも知っていますから、無駄に戦力を失う作戦を強行することはないでしょう」
「それは何も対応しなくていいということかしら?」
「そうじゃないよ。慌てて反応する必要がないというだけだ。皇帝、ゴットフリート皇子、マクシミリアン皇子の三人は方向性は微妙に違うけど、いずれも戦争の天才と言っていい。だから、我々の想像もしないことをやってくる可能性もあるからね」
私が懸念しているのは、皇帝たちが突拍子もない手を打ってくることだ。
王国を攻めると見せかけておいて電撃的に皇都を攻めるくらいならやりそうだが、シュヴァーン河に戦力を集中させておいて、草原の民にベーゼシュトック山地を越えさせて奇襲を掛けるなどという手を使われる可能性もある。
そんなあり得なさそうな手を打ってこられると、戦力が少ない王国は対応が後手に回ってしまう。
私自身は天才でも何でもないので、皇帝たちの考えを読むことはできない。その点が不安なのだ。
「いずれにしても情報収集と分析に力を入れるしかないということか。そうなると、
ネッツァー氏はそういうとニコリと微笑んだ。
更に数日後、三度ネッツァー氏の呼び出しを受けた。
「とんでもない情報が入ってきた!」
「どんな情報でしょうか?」
「皇帝コルネリウス二世が君を帝国軍士官学校の主任戦術教官として招聘したいと言っているらしい。オストインゼル公国経由で皇帝の親書が王宮に届くという話だ」
皇帝が私の存在に気付いたと知り、遂にこの時が来たかと身震いした。
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