第18話「帝都からの情報:前編」
統一暦一二〇四年十一月十一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンベルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
領地であるラウシェンバッハ子爵領から王都シュヴェーレンブルクに戻り、平和な日々が続いている。
王国内は王国騎士団の再編がようやく落ち着き、各騎士団の実力も上がってきた。
それが影響しているのか、国内の最大の懸案であるマルクトホーフェン侯爵家が大人しい。
実家に戻った第二王妃アラベラは公の場にほとんど姿を見せず、先代の侯爵であるルドルフも領都マルクトホーフェンに留まったまま積極的に動いている様子がない。
現侯爵であるミヒャエルは頻繁に王都を訪れているが、派閥の引き締めのみで、反侯爵派への切り崩し工作などは行っていない。
若干不気味ではあるが、こちらから仕掛けて藪蛇になってもという思いがあり、静観している。
レヒト法国に対する策も順調だ。
昨年のヴェストエッケ攻略作戦の失敗を受け、南方教会と北方教会に亀裂が入った。
それを煽ることで更に亀裂が大きくなり、南方教会から北方教会への支援が止まった。元々北方教会領は戦費の負担が大きく貧しかったが、南方教会からの支援がなくなったことで、王国西部への侵攻が行える状況ではなくなった。
これにより、ヴェストエッケを始めとした王国西部の安全が高まり、守備兵団再編の時間を確保できる見込みだ。
ゾルダート帝国への謀略も順調だ。
穀物の輸送停止だが、九月になって
しかし、本格的に輸送を再開したのは十月であり、帝都の穀物不足対策は綱渡りの状況だ。今回は備蓄の放出で何とか耐え忍んだが、次に同じようなことが起きた場合に備え、備蓄量を増加させる方針になっている。
そのため、軍に回す糧食が減り、エーデルシュタインに駐屯する第二軍団と第三軍団が本格的に動けないでいる。これによりリヒトロット皇国は一息つけている状況だ。
また、エーデルシュタインには、ゴットフリート皇子とマクシミリアン皇子が一緒にいるため、不穏な空気が流れている。
特にマクシミリアン皇子に対しては、ゴットフリート皇子の暗殺を企てているという噂を流しており、そのことで麾下の第二軍団ですら信用しなくなりつつある。
マクシミリアン皇子に対する謀略だが、ライナルト・モーリスと会っていたという事実を使った。
具体的には、モーリス商会に特殊な薬物の手配を頼むためにライナルトを呼び出したが、彼が拒否したため、マクシミリアン皇子がライナルトを恫喝したという噂だ。
呼び出したことと恫喝したという点は事実であり、更にライナルトがその直後に帝都から逃げ出すように急いで出ていったので、その噂は信憑性が高いとして広まっている。
更にこの噂を広めてくれたのが、内務尚書のヴァルデマール・シュテヒェルトだ。
シュテヒェルトは諜報局を作るほど情報の重要性を理解している人物だ。
彼が調査を命じたのは、ライナルトが急いで帝都を離れたためだ。ライナルトはシュテヒェルトに急ぐ事情ができただけ言って去っている。
その際、ライナルトはマクシミリアン皇子のことは一切口にしなかったが、シュテヒェルトは諜報局を通じて情報を集め、マクシミリアン皇子が恫喝した事実を突き止めた。
切れ者として有名なシュテヒェルトが文官たちから聞き取りを行ったことから、この噂は帝都で知らぬ者がいないほど一気に広まった。有能な彼が動いたのだから、マクシミリアン皇子に何かあると勘ぐる者が多く、噂が真実だと思う者がほとんどらしい。
その噂を打ち消すはずのマクシミリアン皇子だが、彼はその頃第二軍団と共にエーデルシュタインに向かっており、本人が沈静化のために動くことができなかった。
皇帝コルネリウス二世はその情報を聞き、頭を抱えたらしいが、帝都の民衆は穀物の供給で不安と不満を抱いており、帝都民に人気があるゴットフリート皇子の暗殺を企てたマクシミリアン皇子を下手にかばうと暴動が起きる懸念があるとして放置したと言われている。
現状では帝都民の多くが皇帝とマクシミリアン皇子に対して不満を持っており、この点も帝国軍が動けない要因となっていた。
シュテヒェルトが動くことで噂を広めてくれることまでは想定していたが、ここまで上手くいくとは思っていなかったので、いい意味での誤算だ。
但し、王国の危機が去ったというわけではない。
国境であるシュヴァーン河周辺では、マクシミリアン皇子が派遣した調査隊が積極的に地形調査を行っている。
特に中流域にあるリッタートゥルム城周辺では、渡河作戦が可能な個所を探すため、船を使って本格的に調べているらしく、王国軍としても対応を検討している状況だ。
今すぐにというほど切迫はしていないが、リッタートゥルム城の戦力増強とラウシェンバッハ子爵領に兵站基地を設置する計画を加速する必要がある。
私の周囲だが、八月から預かっているモーリス兄弟が、九月から我が家で暮らすようになった。二人は父や母、弟のヘルマンにも気に入られ、更に使用人たちとも良好な関係を築くことに成功している。
一応、家令見習いという立場で私の傍にいるため、私が学院に行っている間は
二人のうち、兄のフレディは十二月にシュヴェーレンブルク王立学院初等部を受験するため、猛勉強を行っているが、現状でも合格ラインを大きく越えているので問題はないだろう。
妻のイリスだが、家に閉じこもりたくないということで、再び私の助手として学院に行っている。この他にも空いている時間に護衛のカルラから武術を学ぶようになり、以前より生き生きとしている感じだ。子供についてはまだ兆候はない。
弟のヘルマンだが、高等部兵学部の三年であり、先日の最終試験で席次第五位が確定した。
これで“恩賜の短剣組”となったため、彼は第二騎士団に入団することを希望している。
帝国の諜報局は相変わらず、私のことを探っている。と言っても、私への興味を失ったのか、それほど積極的ではない。但し、鬱陶しいことに変わりはないので、そろそろ防諜対策をグレーフェンベルク伯爵に提案しようと思っている。
このような感じで比較的平和な状況だったが、本日の昼過ぎ、学院にいる時に
このようなことは珍しいので、すぐにイリスと共にネッツァー氏の屋敷に向かった。
屋敷に入る前に護衛である
「帝国の諜報員はいないようです」
どんな手を使ったのかは分からないが、ネッツァー氏が気を利かせて遠ざけてくれたようだ。
屋敷に入ると、やや興奮気味のネッツァー氏の出迎えを受ける。
「帝都から凄い情報が入ったよ。今日の午前中に皇帝が急病で倒れたらしい」
その言葉に私とイリスは一瞬言葉を失った。
皇帝コルネリウス二世は現在四十七歳。今でこそ軍と共に出陣することはなくなったが、元々武人として有名で、今も鍛錬も欠かしていないと聞いている。
その皇帝が倒れたという情報が本当なのか、疑問を持った。
「皇帝が倒れた……その情報はどこから出たものでしょうか」
「帝国政府の公式発表だよ。午前中に第一軍団の閲兵を行った際に、演台の上で胸を押さえて倒れたそうだ。目撃者が多すぎたから、皇帝の病状は軽微で執務に問題はないと、慌てて発表したようだね」
閲兵ということは、少なくとも千人単位の兵士がいたはずで、隠し通せないと考え、無理に隠すより事態の収束に舵を切ったのだろう。
「急いできてもらったのは、このタイミングで皇帝が倒れたことで何が起きるのか、君の考えを聞きたいと思ったからだ。もちろん判断材料が少ないことは承知している。だが、上手くいけば、更に帝国に混乱を与えることができる。だから、この機を逃したくないと思ったのだよ」
倒れたという情報は間違いないようだが、この情報を積極的に使いたいとネッツァー氏は考えているようだ。
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