第11話「商都ヴィントムント」
統一暦一二〇四年八月一日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
シュヴェーレンブルク王立学院が夏休みに入り、一ヶ月が過ぎた。学生は七月に入れば休みに入るが、教員は前期の評価や後期の計画の作成などがあり、すぐに休みに入ることはできない。
また、学院での仕事の他にも、
帝国への謀略として、モーリス商会に頼んだ食糧供給の停止だが、思った以上に大掛かりになった。
当初はモーリス商会が輸送を停止した上で、商都ヴィントムントで噂を流して徐々に食糧供給を絞っていく予定だった。
しかし、大賢者マグダが独自に動いたらしく、モーリス商会が輸送を停止するタイミングで本当に
“独自に動いたらしい”としたのは、あれから大賢者と話す機会がなく、
大賢者が関与したと疑った理由は、彼女の能力なら海中の
もし、大賢者が
私が把握している限り、三隻の商船が襲われて乗組員が命を落としている。彼らには何の罪もなく、王国を守るためとはいえ、やっていいことではない。
また、同じ時期にモーリスが出港しており、彼が危険に晒されている。大賢者が操ったのなら危険はないかもしれないが、単に暴れさせただけなら、彼が命を落とした可能性すらあった。
こういったことは事前に伝えてもらわないと重大な齟齬が生まれることになるため、大賢者と顔を合わせ次第、問い質すつもりでいる。
この他にも帝都に長距離通信用の魔導具を設置したため、モーリスからマクシミリアン皇子への対応の相談を受けたり、帝都に常駐する
これらのことも何とか落ち着き、今日になってようやく領地であるラウシェンバッハ子爵領に向かえるようになった。
今回の領地訪問は結婚した私とイリスのお披露目だ。
領地持ちの貴族の場合、領地で結婚式を挙げることが多い。これは王都よりも領地にいることが多いためだが、イベントとして盛り上げ、領民に娯楽を提供するという意味もある。
我がラウシェンバッハ子爵家は父が宰相府の官僚であるため、領地を不在にしていることが多いことと、私も学院の教員として王都にいるため、王都で結婚式を挙げた。
しかし、いずれ爵位を継ぐ身としては、領民をないがしろにするわけにはいかない。また、領地にいる家臣たちにも気を使っておく必要があり、面倒だが、両親と共に領地に行くことになった。
「ようやく家族で領地に戻れるな」
出発前、父リヒャルトが機嫌よくそう言った。
普通の貴族なら子供が学院に入る前の年齢であれば、家族全員で領地に行くことが多いのだが、私は身体が弱く、一昨年まで領地に行ったことがなかった。
「そうですわね。でも真夏だから大変そうね」
母ヘーデも嬉しそうだが、最も暑い時期ということで、馬車での移動が少し憂鬱らしい。
「僕は馬に乗るから、まだマシそうだね」
弟のヘルマンは学院兵学部の三年生になり、演習で乗ることが多いことから騎乗の腕も上がっている。そのため、彼だけは馬車ではなく、馬に乗ることになっていた。
「ヘルマン君が羨ましいわ。ねぇ、私もいいでしょ」
そう言ってきたのはイリスだ。彼女も狭い馬車に閉じ込められるより、馬に乗りたいらしい。
「日に焼けてしまいますから、駄目ですよ。せっかくこんなにきれいになったのですから」
母に言われ、イリスはがっくりと肩を落とす。
実家で貴婦人としての知識を叩きこまれ、その際に外に出ることができなかったため、母が言う通り、抜けるような白い素肌に変わっている。
しかし、彼女自身は活発的な女性であり、剣を振ったり馬に乗ったりしたいと考えているのだ。
「お披露目が終わるまで我慢してくれたら、あとは自由にしていいよ。君は家の中に閉じこもっているより、外にいる方が生き生きとしているからね」
「ありがとう、マティ」
そんな話をした後、馬車に乗り込む。
ラウシェンバッハ家の紋章が入った箱馬車で、一年ほど前に買い替えたものだ。
四頭立てで八人は充分に乗れる大きなものであり、
騎兵十騎が護衛として同行しているため、トラブルらしいトラブルもなく、暑さを除けば快適な旅だ。
出発から六日後の八月七日に商都ヴィントムント市に到着した。
ヴィントムントは
人口十万人を誇る商人の町で、町のすぐ横を流れるエンテ河の河口に貿易港があり、活気に溢れたところだ。
しかし、その見た目は周囲十キロメートル、高さ十メートルにも及ぶ城壁と、その上に配置された数百基の
これはヴィントムントの富を奪おうとする国家に対し、
実際に年に数回行われる演習では、三万人もの義勇兵が参加し、そのすべてに弩弓を装備させることができるほどの充実した軍備を誇る。また、貿易港も厳重に警備されており、補給の不安もない。そのため、十万の兵でも攻略は困難と言われている。
ヴィントムントの城門をくぐると、そこは外からの印象とは全く違う顔を見せる。
商人の町らしい活気に溢れ、道沿いの店舗や屋台には各国の産物がところ狭しと並べられていた。
「ゲドゥルトの赤ワインだ! 冷蔵の魔導具で冷やしてあるから、この時期でも美味いぞ!」
「シュミートベルクの銀食器だよ! 滅多に出ない一品だ! ここで買わないと二度とお目に掛かれないかもしれないよ!」
そんな声が響いている。
「船が出せないのに凄いものね」
イリスの言葉に私も頷く。
「帝国はともかく、オストインゼル公国の品がない割に活気があるね」
オストインゼル公国はエンデラント大陸の東にある島国だ。
独特の文化を持ち、美術品や陶磁器などの工芸品が西の諸国では人気だ。
そんな話をしながら、馬車は進んでいく。
紋章から王国貴族の馬車であることは分かっており、通行人も可能な限り避けてくれる。
緊張した関係にあった時期もあるが、現在は
予約しておいた宿に一泊した後、父は
これは父が財務官僚であり、
組合本部は町の中心部にある石造りの重厚な建物だ。
ここには“
この大陸では“ツンフトマルク=ZM”と呼ばれる通貨が一般には使われている。これは
なお、ゾルダート帝国とレヒト法国は独自の通貨を発行しているが、国内で流通しているだけで、国際的にはほとんど使われていない。
後から聞いた話では、中は役所のようなもので見るものもなく、すぐに飽きてしまったそうだ。
私とイリスは父たちと別れ、モーリス商会に向かう。
モーリス商会は組合本部からそれほど離れておらず、徒歩でも五分ほどで到着する。
既にユーダが連絡を入れていたため、商会の前にはライナルト・モーリスの妻、マレーンと二人の少年が私たちを待っていた。
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