第8話「マクシミリアンからの呼び出し」

 統一暦一二〇四年七月十六日。

 ゾルダート帝国帝都ヘルシャーホルスト、モーリス商会帝都支店。ライナルト・モーリス


 帝都ヘルシャーホルストに到着した翌日。

 小人族ツヴェルクの魔導具職人ヨルク親方と三人の弟子、更に三人のシャッテンと共に、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘから貸与された長距離通信用の魔導具の設置を行っている。


 親方たちは昨日、深夜まで飲んでいたらしいが、いつもと全く変わらない。

 案内につけた若い従業員は途中でぶっ倒れ、別の案内人を付けたが、その者も最後まで無事でいられなかった。結局、三人目を派遣して、宿に案内させている。


 そんなことは一切関係ないとばかりに、親方たちは朝から元気に作業に取り組んでいた。

 設置場所は支店長室にある地下倉庫の一番奥、戸棚に偽装した隠し扉の奥側だ。この先は二軒隣の別の商会の古井戸に繋がっており、緊急時の脱出路になっている。


 その通路の入ってすぐの場所に、緊急時に隠れる場所として、三メートル四方くらいのスペースがある。その端の方に通信の魔導具を設置する。


 魔導具は大きさが一辺一メートルほどの木製の立方体で、上部に操作用のつまみや通話に使う受話器と呼ばれる装置が付いている。


 ここは出口側にも頑丈な金属製の扉があるため空気が流れず、湿気が多い。そのため、昨日の内に壁の一部をくり抜き、送風の魔導具を取り付けた。これで空気が循環するため、昨日より湿度はマシになっているが、このような場所に貴重な魔導具を置いてもよいのか不安があった。


「この場所で本当に大丈夫なんですか」


「問題ない。こいつが使えん場所は魔素溜まりプノイマプファールの近くだけだ。ただ、出入りを見られぬように、もう少し入口を工夫した方がよいかもしれん。その辺りはシャッテンと調整してくれ」


 シャッテン普人族メンシュの男性三人で、いずれも三十代半ばに見える。実際に普人族メンシュなのかは分からないが、支店長直属の従業員として、ここで働いている。


 そのシャッテンの長、ラニサブ殿に確認してもらう。


「入口はこれで問題ないでしょうか?」


 ラニサブ殿は小さく頷く。


「問題ありません。元々出入できるのは、貴殿の他には支店長と副支店長、そして我々のみですから」


 貴重品倉庫であるため、支店長直属となっているラニサブ殿らシャッテンが荷物の出し入れを担当しており、現地採用の者だけでなく、本店から来ている従業員ですら、ここには入れないようにしていた。


「ならば、これで設置は終わりだ。調整に入るが、接続先は王都とヴィントムント、グライフトゥルムの三ヶ所でよかったな」


「それで結構です」


 この魔導具は接続先が増えると、その分大きくなるらしく、三ヶ所に絞っている。聞いた話では、王都の魔導具はこの倍以上の大きさがあるらしい。


 調整を始めるが、既に大まかに設定してあったのか、すぐに繋がった。


『こちらヴィントムントのモーリス商会本店。聞こえますか?』


 受話器から本店にいるシャッテンの声がクリアに聞こえてきた。

 噂では聞いていたが、目の当たりにすると驚きを隠せない。

 王都、グライフトゥルムと繋ぎ、どちらも問題なく使えることが確認できた。


「これで終わりだ」


「お疲れ様でした。あまり遠くに行かれないのであれば、自由にしていただいて結構ですよ」


「ならば酒場に繰り出すか……」


 酒場に行くと言っている割に表情が曇っている。


「どうかされましたか?」


「いや、酒場の料理がいまいちでな。まあ、酒が美味いからいいんだが、つまみの種類が少ない。もう少し何とかならんかと思っただけだ」


 詳しくは聞いていないが、穀物の流通量が減ってから、食料品全体の値段が上がり、酒場もメニューを絞っているらしい。


 親方たちが酒場に繰り出した後、情報収集に向かう。

 知り合いの商人たちから話を聞くが、やはり穀物の価格はかなり上がっているようだ。


 その後、ヴィントムントに戻るまでの時間を利用して情報収集を行っていたが、到着してから四日目、七月十八日に第二軍団本部から使者がやってきた。


 マクシミリアン皇子が私と話がしたいということで、明日の午後二時に来てほしいとのことだった。

 最初に聞いた時には何かの間違いではないかと思った。


 マクシミリアン皇子は政治にも精通しているが、軍人としての権限しか持たない。もちろん、帝国軍では補給を重視しているので、第二軍団長である皇子が食糧供給の見込みについて気にしていてもおかしくはないが、補給などの軍政は軍務府の仕事だ。


 しかし、マクシミリアン皇子なら別の思惑があってもおかしくないと思い直す。ただ、どのような思惑があるのか、全く想像がつかない。そのため、どう対応していいのか、不安があった。


 そこで今回設置した通信の魔導具を使い、マティアス様に相談することにした。

 その日の夕方、マティアス様が学院からお戻りになった後、帝都で得た情報を簡単に説明する。


「……帝都では民の間でも食糧に対する不安が広がっています。まだ不安があるといった程度ですが、既に七割近くも価格が上がり、切っ掛けがあれば、更に高騰する可能性があると認識しています。こんな状況ですが、マクシミリアン皇子に対して、どう対応したらよいでしょうか?」


 マティアス様は既に情報を聞いて対応を考えてくださったのか、すぐに答えが返ってきた。


『恐らくですが、マクシミリアン皇子は第二軍団を皇都近くにまで移動させ、帝都の負担を軽減する提案をするつもりでしょう。三万人の食い扶持が減れば、ずいぶん楽になるでしょうから。その際に供給再開の見込みがどの程度なのか、大商人であるモーリスさんから直接聞いておきたいと考えたのではないかと思います』


 現在、帝都に駐屯している帝国軍は、帝都防衛が主任務の第一軍団と、マクシミリアン皇子の第二軍団だ。ゴットフリート皇子の第三軍団は皇都攻略作戦のため、エーデルシュタインに駐屯している。


「思い止まらせるように誘導した方がよいのでしょうか? 第二軍団まで加われば、皇都陥落が早まる可能性はありますし、更に西に向かうのなら王国への侵攻作戦の可能性も出てきますが」


 マティアス様はゴットフリート皇子か、マクシミリアン皇子が王国侵攻作戦を提案するのではないかと危惧しておられた。そのことを思い出したのだ。


『その辺りは気にされる必要はありませんよ。第二軍団がエーデルシュタインに行ったとしても、補給の問題は残ります。それに第三軍団と協力して攻略作戦を行うことはないでしょうし、帝国軍が王国に向かう可能性も低いと考えています』


 補給の問題が残るという点は理解できる。

 帝国西部の穀倉地帯からエーデルシュタインに輸送するには陸路を使わなくてはならない。帝都に送るよりマシだが、陸上輸送では六万もの大軍を維持するだけで精一杯のはずだ。


 第三軍団と協力しない点もゴットフリート皇子とマクシミリアン皇子の関係を考えれば、分からないでもない。しかし、なぜ王国に向かわないのかが分からなかった。


「王国に向かわないのはなぜでしょうか?」


『マクシミリアン皇子とゴットフリート皇子が牽制し合うからです。ゴットフリート皇子は皇国攻略の総司令官であり、マクシミリアン皇子はその下に付けられることなります。マクシミリアン皇子が王国への攻撃を提案しても、ゴットフリート皇子は認めないでしょうし、ゴットフリート皇子が王国への攻撃を考えても、総司令官であるので簡単には動けません。それに私の方でもいろいろと手を打つつもりです』


 マティアス様が対応してくださるなら問題はない。


「分かりました。では、自然体で対応するようにいたします」


『お願いします。できればで結構ですが、マクシミリアン皇子とのパイプを作るつもりで話をしてください』


「マクシミリアン皇子の動向を知るためでしょうか」


『その通りです。ですが、無理をする必要はありません。何と言っても相手はあのマクシミリアン皇子ですので、逆にモーリスさんのことを探ろうとしてくるかもしれませんから』


「だから自然体でということだったのですね。了解しました」


 通信を切ったところで、安堵の息を吐き出す。


(やはりマティアス様に相談してよかった。下手に気負っていけば、マクシミリアン皇子に探られたかもしれん。それにしても、この魔導具は便利だな。今までは自分で考えなければならなかったが、いつでもマティアス様に相談できる)


 翌日の午後、マクシミリアン皇子の部下の軍人が支店にやってきた。


「これから来てもらうが、用意はできているか」


「問題ありません」


 そう答えるが、その軍人は周囲を見回している。


「同行者がおらぬようだが?」


「私一人で充分でしょう」


 次期皇帝候補に会うということで、秘書か腹心が同行すると思ったようだ。

 私は手土産である最新型の照明の魔導具を持ち、マクシミリアン皇子の下に向かった。

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