第18話「帝国の奇策:後編」
統一暦一二〇四年一月十日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、エッフェンベルク伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
昨夜
そのため、王国軍の実質的なトップであるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵を始め、第三騎士団長のマンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵、再編された第四騎士団の団長、コンラート・フォン・アウデンリート子爵、この屋敷の主、カルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵に情報を伝え、協議を行うことになった。
この場には四人の騎士団長の他には私だけで、いつも一緒にいるイリスすらいない。密談というわけでもないが、今日はエッフェンベルク伯爵が主催する新年を祝うパーティに参加しているという形で集まっているため、参加者を絞ったのだ。
挨拶を終えると、すぐに本題に入る。
「未確認である部分が多く、正確性に欠けますが、帝国から重大な情報が入ってきました……」
そう言って四人の表情をチラリと見る。
グレーフェンベルク伯爵とエッフェンベルク伯爵は特に変わった様子はないが、ホイジンガー伯爵は帝国の情報と聞いてやや前のめりになっている。アウデンリート子爵は先ほどまでの陽気さが消え、緊張した面持ちになっていた。
「……昨年末の御前会議で二つの方針が決められたそうです。一つにはゴットフリート皇子がリヒトロット皇国と友好関係にある大平原の遊牧民に対し、帝国に帰属させるために軍事行動を起こすこと。もう一つはマクシミリアン皇子がエーデルシュタインに赴き、南部鉱山地帯で活動する皇国軍の非正規部隊の残存勢力を殲滅する作戦を実行することです」
私の言葉にホイジンガー伯爵とアウデンリート子爵は、その意味を計り兼ねて困惑している。一方、グレーフェンベルク伯爵とエッフェンベルク伯爵は先ほどまでの平静さをかなぐり捨て、前のめりになっていた。
「後継者争いの決着を付けるために、それぞれに任務を与えたということかな」
グレーフェンベルク伯爵がそう聞いてきたので頷く。
「皇帝コルネリウス二世も優秀な二人の皇子のどちらを後継者に指名していいのか迷っているようです。軍事、政治の双方に優秀なマクシミリアン皇子にするか、軍事の天才であり元老たちの強い支持を持つゴットフリート皇子にするか。迷うくらいなら、分かりやすい結果を出させてしまえという豪快な考えで方針が決まったようです」
一年ほど前までは、政戦の双方の天才マクシミリアン皇子ですんなり決まりそうだった。
そのため、彼について更に詳細な情報を集めた。そして政治・軍事の天才と言うだけでなく、二十歳そこそこで冷徹な決断ができ、目的のためなら味方を犠牲にすることもいとわない非情さを持っていることが分かった。
彼が皇帝となれば、現在の皇帝と元老による集団指導体制から、皇帝のみによる完全な独裁体制に移行する可能性が高い。
軍事の天才であるゴットフリート皇子も王国にとっては危険な存在だが、その危険度には雲泥の差がある。
私はマクシミリアン皇子の立太子を阻止するため、
その結果、彼は評判を大きく落とし、皇帝の諮問機関である枢密院の元老たちの大半がゴットフリート皇子支持に回っている。現状ではゴットフリート皇子が一歩リードしているというところまで持ち込んでいた。
皇帝がそれを変えようとしているが、それ以上に危惧する状況だった。
「後継者争いに決着を付けようとすること自体も問題ですが、それ以上に双方の作戦が危険なのです」
「どういうことなのだ? 具体的に教えてくれんか」
ホイジンガー伯爵が低く重い声で聞いてきた。
用意しておいた地図を指差しながら説明していく。
「まずマクシミリアン皇子に与えられた作戦についてです。ご存じの通り、エーデルシュタインは皇都リヒトロットへの後方拠点です。この周辺の非正規部隊は四年ほど前にマクシミリアン皇子によって排除されましたが、南部鉱山地帯は未だに非正規部隊が残っており、帝国の補給線を脅かしています……」
帝国は皇都リヒトロット攻略作戦のために、ザフィーア河とザフィーア湖を使ってエーデルシュタインに物資を運んでいる。その補給路を守るため、一二〇〇年の初め頃、マクシミリアン皇子が対ゲリラ戦を展開し、皇国側のゲリラは壊滅的なダメージを受けた。
その生き残りが南部鉱山地帯のあるベーゼシュトック山地に逃げ込んだ。ここは街道を外れると険しい山と深い森によって地元民ですら迷うほどの場所だが、
非正規部隊の生き残りは帝国の補給部隊に対し、地の利を生かしてヒットアンドアウエーで攻撃を繰り返しており、帝国は補給に大きな不安を抱えていた。
「この部隊はシュッツェハーゲン王国の支援を受けており、徐々にですが、帝国軍の負担が大きくなっています。これによって皇都は何とか陥落を免れているのですが、南部鉱山地帯まで帝国が完全掌握すると、後方に不安がなくなりますから、皇都は風前の灯となります」
私の説明にグレーフェンベルク伯爵が頷く。
「確かにこれまで以上に大規模な攻撃が可能になる。こちらは理解したが、もう一つの方はどう考えたらよいのだろうか」
その言葉に頷き、説明を始めた。
「大平原の遊牧民は皇国にとっての希望です。遊牧民は古の契約により、皇室の危機に駆けつけると言われておりますので」
遊牧民は部族間の抗争を続けているため、今でも精強な戦士が多い。また、女性も騎射の腕は男性の戦士に劣らない優秀な軽騎兵だ。
総数は彼ら自身も分かっていないため不明だが、十万とも二十万とも言われており、そのうちの半数が戦力になる可能性が高く、対帝国戦に参加すれば、現状をひっくり返すことは充分に可能だ。
そこでエッフェンベルク伯爵が疑問を口にする。
「そうなのか? それにしてはこれまで動きが全く見えなかったが」
「調べたところ、遊牧民にその意識はないようです。皇国が成立する前、今から千年ほど前のことですが、皇国の前身の国家は遊牧民を従属させるべく戦いを挑みました。しかし、その結果は惨敗で、それによって国家としての成立が数十年遅れたほどです」
リヒトプレリエ大平原はリヒトロット皇国の西部にある草原地帯だ。
草原地帯といっても、適度な森林と豊かな水があり、開墾できれば数百万人の人口を支えることができると言われている。
リヒトロット皇国の前身である王国はその豊かな土地を奪うべく、遊牧民に戦いを挑んだが、大敗北を何度も重ね、その挙句にリヒトロット皇国に取って代わられた。その際に皇国は遊牧民たちと不可侵条約に近いものを結んだ。
「皇国は徳をもって遊牧民を従属させ、有事の際には皇国を救うという約定を結んだため、リヒトプレリエ大平原を自治区としたと言っています。しかし、これはデマに近く、遊牧民が大平原を出ることがないと知った上で広めたらしいのです」
グレーフェンベルク伯爵が納得したような表情で頷いた。
「つまり、独立した国家同士の対等の立場であるから、皇国を助ける義理はないということか」
「独立した国家というと語弊はあります。部族ごとに縄張りがあり、そこから出ないだけで、国家を持っているわけではないからです。ですが、遊牧民たちにとって皇国は単なる取引相手に過ぎませんので、助ける義理はないという点は正しいと思います」
「だが、皇国側は自らでっち上げた話を事実だと思い込んでいる。だから危険だということかな」
グレーフェンベルク伯爵の言葉に大きく頷く。
「その通りです。皇国民は遊牧民が背後から帝国軍を攻めてくれれば、まだ勝つ見込みは充分にあると思っています。それが精神的な支柱となり、抵抗を続けられているのです。もし、その精神的な支柱がなくなったら、皇国側の抵抗は今より遥かに弱くなるでしょう」
そこまで説明すると、アウデンリート子爵が疑問を口にした。
「ゴットフリートは師団長だと聞いている。つまり保有する兵力は一万程度しかない。遊牧民がどの程度の戦力かは分からんが、数万人規模と大きく劣る。それに帝国軍も騎兵が主力だが、馬と共に生きる遊牧民を相手に騎兵で戦いを挑んでも勝算などないのではないか」
「ご懸念は理解します。ですが、ゴットフリート皇子は歴代最強といわれる皇帝コルネリウスが、自分以上の才があると公言するほどの戦争の天才です。勝算無くして、そのような提案はしないでしょう」
ゴットフリート皇子はフェアラート会戦でも少数の部隊で王国軍を大混乱に陥れている。また、その後の皇国との戦いでも、優勢な皇国軍を巧みに分断、殲滅し、勝利を得ていた。
その戦術も毎回変わり同じものがないと言われるほどで、その多彩さは戦争の天才の名に相応しい。
「我が国への影響はどう考えているのかな」
エッフェンベルク伯爵が聞いてきた。
「南部鉱山地帯を完全掌握する方は既に既定路線でしたので、直接的な影響はないでしょう。但し、ベーゼシュトック山地を抜け、
南部鉱山地帯はベーゼシュトック山地という険しい山岳地帯にある。ここから大陸の大動脈、
「それよりも遊牧民に勝利し、彼らを従属させた場合はより大きな影響が出る可能性があります」
「どういうことかな? 大平原は我が国に直接接しているわけでもないし、国境にはシュヴァーン河という要害もあるが」
今度はグレーフェンベルク伯爵が疑問を口にする。
「確かにその通りですが、我が国との国境であるシュヴァーン河までの障害が全くなくなること、南部のリッタートゥルム城付近へのルートが開けることから、ヴェヒターミュンデ城周辺以外にも兵力を割く必要が出てきます。あそこを抜かれると、王国南東部を放棄することになりますから」
現状でも帝国軍がリッタートゥルム城付近に兵力を送り込むことは可能だが、その場合はフェアラートの町を経由することになるため、監視が容易だ。仮に敵がリッタートゥルム城を突破してもその先で防衛戦を敷くことが可能になる。
しかし、大平原を横断してきた場合は完全な奇襲となる。その場合、後手に回ることから、ラウシェンバッハ子爵領を含む、グライフトゥルム王国南東部がすべて奪われる可能性が高い。
「なるほど。確かに危険だな。しかし、我々にできることはないのではないか」
グレーフェンベルク伯爵の言葉に頷く。
「直接的に帝国軍に行うことはありません。ですが、帝国が思った以上に早く、我が国に手を伸ばす可能性があります。早急に騎士団を戦力化することが重要だと考えます」
「今の再編を早急に完了させ、演習で使い物になるようにせねばならんということだな。で、君は何をするのだ? 直接的にはできんと言ったが、間接的には何かするのだろう?」
「正直なところ、情報操作くらいしかできません。それもこのタイミングでは効果的なものは少ないと思っています」
帝国の方針が電撃的に決まったため、決定を覆すような情報操作は不可能だ。但し、最悪の事態とならないようにすることはまだ間に合うと考えている。だが、そのことは明言しなかった。確実に効果が出るか自信がないからだ。
「君でも打つ手がないと……本格的に我が国が危険になるのだな。獅子身中の虫がいる中、どこまでできるかだな……」
グレーフェンベルク伯爵はそう言って考え込む。
その後、ホイジンガー伯爵とアウデンリート子爵から騎士団についてのアドバイスを求められ、考えていたことを伝えるなどした後、イリスが待つパーティ会場に戻っていった。
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