第8話「進路相談と模擬戦:中編」
統一暦一二〇三年十月五日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク郊外。ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼン
父カスパルが率いるノルトハウゼン騎士団約三百名と、我が家の家臣であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵率いる第二騎士団の一個大隊との模擬戦が始まろうとしていた。
事の発端は私の相談というか、愚痴からだったが、目の前の光景に少し興奮している。
ヴェストエッケの戦いで参謀長として活躍したシャイデマンがどのような指揮を見せるのか、ラザファム先輩たちが部下をどう統率するのか、イリス先輩が参謀としてどんな助言をするのか、興味が尽きない。
それに模擬戦とはいえ、戦いで指揮を執る父を見るのは初めてだ。父がどのような指揮を執るのかも興味がある。
両軍は平原で三百メートルほど離れた場所で相対している。私たちは戦場となる場所から二百メートルほど離れた丘の斜面にいた。少し遠くなるが、全体を俯瞰できるとのことでマティアス先輩がこの場所を指定したのだ。
私たちの前方には、今回の審判役であるエッフェンベルク伯爵閣下が、数名の家臣と共に立っておられる。また、合図を送るための大きな太鼓が置いてあった。
私の横にいるマティアス先輩が、二百五十人ほどいる学生たちに向かって話し始めた。
「今回の設定は、双方とも本隊と合流する移動中に偶然敵と遭遇したというものです! いずれも速やかに本隊に合流するために敵を撃退する必要があり、戦闘を決意しました! このような平原で偶発的な遭遇戦は起き難いですが、その点は無視してください!」
できるだけ広がらないように座っているが、屋外ということもあって、いつも静かな語り口の先輩には珍しく声を張り上げている。
マティアス先輩はこういった非現実的な設定があまり好きではない。
理由は簡単で、勝利条件があいまいになり、戦術の演習にならないためだ。
今回のような平原での戦いで、三百人規模の部隊が正面からぶつかり合うことは稀だ。一方が敵の後方に回り込もうとしているなら、敵に発見された時点で作戦を中止するだろうし、発見されていないなら正面からぶつかり合うことはない。
大規模な部隊の一部がぶつかり合うなら、友軍との連携を考慮するだろうし、側面への移動にも制限が掛かる。しかし、今回はこの平原を自由に使えるという条件で戦うのだ。
これはノルトハウゼン騎士団側に配慮したためだそうだ。複雑な状況を設定しても理解されないだろうし、それを理由に負けを認めないとなると意味がないため、できるだけ単純な設定としたと教えてもらっている。
このことだけでも私がノルトハウゼン騎士団ではなく、第二騎士団に入りたいと思う理由になるが、マティアス先輩が第二騎士団の勝利を確信しているため、特に何も言うつもりはない。
「皆さんに見ていただきたいポイントは指揮官の行動です! 特に総指揮官がどう命令を出し、各隊を率いる隊長がどこにいて、どう行動するのか、それをよく見てください!」
先輩の説明が終わると同時に、太鼓がドーンとなった。それを合図にノルトハウゼン騎士団が前進し始める。
第二騎士団はハルト先輩の歩兵中隊が十メートルほど前に出て隊列を組み直すが、ラザファム先輩率いる騎兵中隊とユリウス先輩率いる弓兵中隊はその場から動かない。
ノルトハウゼン騎士団は右翼に配置されたニコラス・フォン・バウマン男爵率いる約百五十名が突出し、五十メートルほど先行する。部隊の構成は騎兵五十、歩兵八十、弓兵二十だ。
歩兵は槍兵と盾兵の混成部隊で、盾兵が先頭に立ち、駆け足で接近していく。その後ろを槍兵と弓兵が付いていき、騎兵は歩兵を迂回し、敵の後方に出るためか、弧を描くように右に進んでいる。
バウマンは我が騎士団でも屈指の猛将だが、三十年近い経験を有しており、真っ直ぐに猪突することはないようだ。
その間に左翼に配置されたハンス・フォン・ダイスラー男爵率いる百五十名がバウマン隊を追うように進んでいく。
ダイスラー隊は騎兵三十と歩兵百二十で、弓兵はいない。
歩兵は頑丈な鎧に身を包んだ重装歩兵で、大型の盾を構えて密集隊形を作り、騎兵は敵の弓兵から距離を取るためか、ゆっくりと前進していた。
ダイスラーも二十五年以上の実戦経験を持つため、第二騎士団一の弓兵であるユリウス先輩の中隊を警戒し、慎重に兵を進ませている。
そして、父カスパルは二つの部隊の後方を十人の直属部隊と共に進んでいる。父も弓兵を警戒しているのか、慎重に距離を測っているようだ。
「第二騎士団のシャイデマン男爵に注目してください! 参謀からの助言を受け、命令を発しようとしています!」
マティアス先輩の言葉で第二騎士団に視線を向ける。
イリス先輩がシャイデマンに大きな手振りで何か説明していた。そして、それに納得したのか、シャイデマンは大きく頷き、横にいる副官らしき騎士に何か伝えている。
その騎士は部下に命令を出すと、カーンカーンカーンという鐘の音が聞こえてきた。更にその横では軍旗が左右に振られ、最後に前に振り出された。
それを合図に、ラザファム先輩の騎兵中隊が左に素早く動き、それに目を奪われる。
騎兵の動きを見ている間に、ユリウス先輩の弓兵たちが一斉に射撃を開始した。
目標は迂回しつつあったバウマン隊の騎兵だ。
当初は射程外と思われたが、いつの間にか騎兵までの距離が百五十メートルほどになっており、山なりに放たれた矢が騎兵たちに降り注いでいく。
ユリウス先輩の中隊とシャイデマンの司令部、ハルト先輩の歩兵中隊との位置関係は変わっていない。何となく違和感を覚えるが、バウマン隊の騎兵が間違って射程内に入ったのだろうと思うことにした。
一射目に続き、二射目、三射目と放たれ、バウマン隊の騎兵は次々と馬を止めていった。
模擬戦では矢尻の代わりに重りと赤い塗料を染み込ませた布が巻いてある。矢が当たったらその塗料が付くので、それで自ら戦闘不能か判断し、戦場から退出するルールになっている。
今回は重装備の騎兵自体には問題なさそうだが、馬に多く当たっており、それで戦闘不能と判断したようだ。
「凄いな。あの距離から当てられるのは」
「確かにユリウスの隊は優秀だけど、縦陣のまま真っ直ぐに進む馬に当てるだけなら、他の隊でも充分に可能だよ。もちろん、ノルトハウゼン騎士団の弓兵もね。馬は無防備だし、矢が当たって傷を負えば、騎兵としての能力はガタ落ちになる。シャイデマン男爵はそれを狙ったんだろうね」
私の呟きにマティアス先輩が答えてくれた。
それでもバウマン隊の騎兵の半数は、第二騎士団側の側面に回ることに成功していた。
しかし、それにもシャイデマンは即座に対応する。
ラザファム先輩の騎兵中隊は既に待ち受けており、三十騎以下に減ったバウマン隊の騎兵に襲い掛かった。バウマン隊も機動力にものを言わせて突撃するが、三倍近い数の騎兵に左右から押し包まれ、あっという間に殲滅されてしまう。
マティアス先輩の声が響く。
「ノルトハウゼン閣下が動きます!」
私たち学生は騎兵同士の戦いに目を奪われていたが、マティアス先輩は別のところに注目していたようだ。
その声で私たちはノルトハウゼン騎士団側に視線を向けた。
父は直属の騎兵と共に前線に向かい、ダイスラー隊の歩兵部隊の後ろで馬を降りる。そして、ダイスラー隊を直接指揮し始めた。
ラザファム先輩の騎兵部隊に対して、数少ない騎兵で対抗するのは難しいと判断し、防御力の高いダイスラー隊の歩兵と共に突撃することにしたようだ。
その間に先行していたバウマン隊の歩兵が、ハルト先輩の歩兵中隊と接触していた。先輩は中隊の後方から指示を出し、二個小隊を前方に回す。
しかし、その直後に大きな鐘の音が鳴り、その二個小隊が一斉にしゃがんだ。
その動きにバウマン隊は驚き、僅かに動きを止める。
それが致命傷となった。
いつの間にか戻っていたユリウス先輩の弓兵が、バウマン隊に対し至近距離から矢を放ったのだ。
バウマン隊の歩兵の最前列が崩れると、ハルト先輩の小隊が躍り込み、混乱するバウマン隊を斬り裂いていった。その先頭に先輩がいると思ったが、前に出ることなく後方から指揮を続けている。
その間にラザファム先輩の騎兵中隊がダイスラー隊の後方に回っていく。バウマン隊の生き残りである弓兵が牽制するが、僅か二十人では全速力で走る騎兵を捉えきれない。
ダイスラー隊の騎兵が果敢にも立ちはだかろうとするが、多勢に無勢でバウマン隊の騎兵と同じ運命を辿った。
その後は圧倒的だった。
父はダイスラー隊の重装歩兵を指揮し、包囲を脱して撤退しようとしたが、ハルト先輩の歩兵に足止めされた上に、ユリウス先輩の弓兵が雨のように矢を降らせた。
隊列が崩れたところで、ラザファム先輩の騎兵が突入しようとしたところで、終了の太鼓が鳴った。
「今回の結果はエッフェンベルク閣下が判定してくださることになっていますが、第二騎士団側の圧勝と言っていいでしょう! 皆さんも見ていて感じたと思いますが、ノルトハウゼン騎士団は決して弱兵ではありません! また、ノルトハウゼン閣下も馬を捨て、歩兵と共に攻勢に出ようとするなど、柔軟な考えを持っておられます!」
確かにその通りだと、私たち学生は皆、大きく頷いていた。
「では、何がこれほどまでに大きな差を生んだのでしょうか! そのことについて、各自の考えをレポートにまとめてください! 期限は一週間後の十月十三日の朝! それでは奮闘した両騎士団の皆さんに拍手を贈りましょう!」
マティアス先輩はそう言って自ら拍手を始めた。
私たちも同じように大きな拍手を贈った。
すべてが終わった後、私は今回の結果について考えていた。しかし、何がこれほど決定的な差を生んだのか、思いつかずに悩んでいる。
レポートでは悩むことになったが、私の最大の悩みは解決した。これで第二騎士団に入団することができることになるだろうから。
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