第7話「進路相談と模擬戦:前編」

 統一暦一二〇三年十月五日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク郊外。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 九月中旬に王都に戻ってから、戦利品の処理や王国軍改革の話で動いていたが、その間も学院の兵学部で教鞭を取っている。


 私が担当している三年生は十一月の最終試験を控えた重要な時期であり、私のところにも学生たちがよく相談に来る。


 特に学生時代に後輩として可愛がっていた、ヴィルヘルム・フォン・ノルトハウゼンは、マルクトホーフェン侯爵家に属する子爵家の嫡男と首席を争っており、何度も相談に来ていた。


 戦術論やリーダー論などの学問に関する質問も多かったが、進路についての相談というか、悩みを聞くことも多い。


 彼は北部の雄、名門ノルトハウゼン伯爵家の嫡男だが、偉ぶったところもなく素直だ。

 一年先輩ではあるが、平民に過ぎないハルトムートに対し、「ハルト先輩」と呼ぶほどで、大貴族の御曹司とは思えないほどだ。


 性格の良さだけではなく、理解力も高い。個人の武勇こそ、ラザファムやハルトムートに劣るが、平民を蔑視しないことから兵士たちとの関係は良好で、実技演習ではトップの成績を残してきている。


 通常なら首席もしくは次席ということで、王国騎士団に入るのだろうが、領地のノルトハウゼン騎士団もエッフェンベルク騎士団と並び称されるほど、精鋭として名高い。


「伯爵家の跡取りとしては、ノルトハウゼン騎士団に入って配下の者たちを知っておくべきなんでしょうけど、うちの騎士団はまだ最新の軍制を取り入れていないんですよ。シャイデマンが戻ってくれば、着手するんでしょうが、まだ戻ってきそうにないですからね……」


 ノルトハウゼン騎士団は三千名の兵士を擁する精強な騎士団だ。特に歩兵の強さは際立っており、ヴェストエッケでの防衛戦では法国軍の精鋭を撃退している。


 しかし、第二騎士団やエッフェンベルク騎士団のような組織ではなく、旧来の家単位の部隊編成のままだ。


 第二騎士団の参謀長であるベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵は、元々ノルトハウゼン伯爵家の配下であり、男爵自身も騎士団の部隊長として活躍していた人物だ。


 ヴィルヘルムの父であるカスパル・フォン・ノルトハウゼン伯爵は騎士団の改革のために、優秀な指揮官であるシャイデマン男爵を第二騎士団に送り込んだ。


 当然、男爵自身も改革に積極的で、ノルトハウゼン伯爵家に戻れば、すぐにでも改革に着手する予定だった。


 しかし、誤算が生じた。それは王国騎士団の改革が思った以上に進み、第三騎士団に続き、第四騎士団まで編成が変わるため、この状況で参謀長である彼が騎士団を抜けることが難しくなったのだ。


「私としては第二騎士団に入りたいんですが、家臣たちが納得してくれないようなんです。父は賛成してくれているんですが、どうしたものかと……」


 カスパル卿は第二騎士団長のグレーフェンベルク伯爵と懇意にしており、王国を守るためには改革が必要であると考えている。


 しかし、ノルトハウゼン伯爵領は王都シュヴェーレンベルクから北に四百キロメートルも離れているため、王都の状況はあまり知らず、家臣たちに危機感はほとんどない。また、自分たちは王国一の精鋭であるという矜持から変化を嫌っているらしい。


 ノルトハウゼン伯爵家は大貴族と言える規模の領地を持つが、伯爵家の直轄地は支配地域の六割ほどだ。そのため、配下である男爵たちの意向は無視できず、エッフェンベルク伯爵家のように大胆な改革をトップダウンで行えずにいた。


 第二騎士団の代わりに王都を守るために、ここに来ているが、家臣たちは第二騎士団の実力を見たわけではなく、未だに旧来のやり方で問題ないと思っている者が多い。


 そのため、ヴィルヘルムは将来指揮するノルトハウゼン騎士団で学ぶべきと意見が強いというのだ。


「シャイデマン男爵の考えを聞かせたらいいんじゃないの」


 いっしょにいるイリスが口を挟んできた。


「それでもいいんですけど、たぶん納得しませんよ。特に守旧派のバウマンとダイスラーはシャイデマンのことを新しいやり方にかぶれていると言っているくらいですから」


 ヴィルヘルムはウンザリとした表情だ。自分自身、同じようなことを家臣たちに言われているのだろう。


 ニコラス・フォン・バウマン男爵は四十代後半、ハンス・フォン・ダイスラー男爵も四十代半ばであり、これまでのやり方を妄信している。この二人はシャイデマン男爵と並び、ノルトハウゼン伯爵家の重鎮と言える人物で、家臣たちへの影響力は大きいらしい。


「なら第二騎士団の演習に参加させたら? 自分たちに何が足りないのか分かると思うわ」


 イリスの言わんとすることは分からないでもない。


「やっぱりそれが一番ですか……マティアス先輩、いえ、ラウシェンバッハ先生のご意見はどうなんでしょう?」


「そうだね。私もイリスに賛成だが、ただ参加させるだけなら納得しない気がするね……いっそのこと、伯爵が指揮するノルトハウゼン騎士団の部隊と、シャイデマン男爵が指揮する第二騎士団の部隊で模擬戦をやってみたらどうだろう。これなら誰もが納得すると思うんだが」


 私の提案にヴィルヘルムが驚く。

 王都を守る第二騎士団を一介の教員が動かせると思っていなかったのだろう。


「それってできるんですか! 第二騎士団と一緒にヴェストエッケに行かれましたけど、そこまでの伝手があるのかなと。家同士の付き合いでもあるんですか?」


 私が軍事理論の論文を書いたことは知られているが、騎士団の上層部とつながりが強いことはあまり知られていない。


 ラウシェンバッハ家も子爵家であるため、元々子爵家であったグレーフェンベルク伯爵家とつながりがあってもおかしくはないが、武門のグレーフェンベルク家に対し、ラウシェンバッハ家は文官の家だ。


 そのため、同じ武門であるエッフェンベルク伯爵家からの繋がりということにしておいた。


「どちらかと言えば、イリスやラザファムの方が昔からの知り合いだ」


 私の話にイリスも乗ってくれた。


「そうね。クリストフおじ様は父様の学院時代の一年先輩だから、家族同士の付き合いがあるわ。それにマティもエッフェンベルク騎士団の改革の時から、おじ様とは面識があるから」


「だから、グレーフェンベルク閣下にはお願いできるが、ノルトハウゼン閣下には君の方から頼んでくれ。了承を得られたら、私たちの方からグレーフェンベルク閣下に頼んでみるから」


 この話はとんとん拍子で決まった。

 ノルトハウゼン伯爵も家臣たちが改革に消極的なことを憂いていたのだ。


 模擬戦の実施は決まったが、王国騎士団は編成を変えている真っ最中であり、あまり大規模な模擬戦は行えない。そのため、第二騎士団は一個大隊三百名、ノルトハウゼン騎士団もほぼ同数で行うことになった。


 休日である本日、王都の西にある平原で模擬戦は行われることになった。


 第二騎士団側はシャイデマン男爵が大隊長となることは当然だが、ラザファム、ハルトムート、ユリウスの各中隊で構成されるという変則的な編成となっている。これはシャイデマン男爵が希望したことで、ノルトハウゼン騎士団の高くなった鼻を叩き折るつもりらしい。


 ノルトハウゼン騎士団はバウマン男爵家とダイスラー男爵家の二隊で一部隊を作る。この二人はシャイデマン男爵と戦えると知り、伯爵に直談判したそうだ。


 審判役はエッフェンベルク伯爵が務めることになった。

 最初は私がやろうと思っていたのだが、話を聞いた伯爵が面白そうだからと手を挙げたのだ。


 ラザファムがいるとはいえ、第二騎士団でもノルトハウゼン騎士団でもなく、王国有数の騎士団を率いている人物ということで、どちらからも歓迎されている。


 今回の模擬戦の想定は独立部隊同士の遭遇戦で、勝利条件はいずれかを戦闘不能にまで追い詰めるか、降伏させることとされた。


 本来ならもう少しきちんとした戦略目的を設定し、勝利条件を決めるべきだが、ノルトハウゼン騎士団側が理解できないだろうと、分かりやすいものにしたのだ。


 私は兵学部の学生たちと共に、見晴らしの良い丘の上から観戦する。最初はヴィルヘルムだけだったのだが、この話が広まると、兵学部の学生のほとんどが見学を希望したのだ。


 理由はヴェストエッケの戦いで活躍したラザファムらの指揮を見たいという野次馬的な興味だ。そのため、見学した学生には後日レポートを出してもらうと言って制限しようとしたが、それでも八割近い二百五十人が見学する。


 ちなみにイリスはシャイデマンの参謀として参加する。これも見学者が増えた理由で、私以外の“世紀末組エンデフンダート”の“恩賜の短剣組”がどんな戦いを見せてくれるのかという期待がレポートを出してでも見てみたいと思わせたらしい。

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