第6話「戦利品の処分方法:後編」
統一暦一二〇三年十月四日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、モーリス商会王都支店。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
モーリス商会で戦利品である武具の処分についての話を聞いている。
宰相らを上手く使うことで、モーリス商会は大きな利益を得ることになった。
つまり、私は一民間企業に過ぎないモーリス商会を個人的な理由で優遇した。
二十一世紀の日本であれば、官僚である父を使った不当な利益供与に当たり、何らかの処罰を受ける行為だろう。
しかし、私は罪の意識も後悔も感じていない。なぜなら、これが王国を守るために最も合理的で、王国に対して金銭的なものを含め、一切損失を与えていないと確信しているからだ。
大量の武具を王国が保管しているだけなら何の役に立たない。だから、王国の脅威であるゾルダート帝国と戦っているリヒトロット皇国に有効活用してもらうことは非常に合理的だ。
また、皇国は近い将来帝国に飲み込まれることは間違いない。ならば、皇国の資産を吸い上げることは、帝国に資産を渡さないことと同義と言っていい。皇国民が困窮するなら人道的な観点で問題だが、食料は自国で賄えるので飢える恐れはない。
モーリス商会に不当に利益を与えることだが、その利益は法国内の獣人を王国に移動させることに使われるから、法国の戦力低下と王国の戦力向上につながることになる。
これらのことを考えれば、モーリス商会に有利な条件で武具を売り払う策を実行したことは合理的な判断によるものと言える。だから、私に後悔の念は微塵もないのだ。
そんなことを考えたが、もう一つの戦利品である軍馬についても提案を行うことにした。
「ついでに軍馬も購入してはどうですか?」
四千頭の軍馬を戦利品としたが、持て余しそうな状況だ。
王国騎士団は既に一定数の軍馬を確保しているし、新たに編成する第四騎士団に一千頭ほど必要なだけで、三千頭ほどが余ることになる。
王国は基本的に攻勢に出ることはなく、レヒト法国に対してはヴェストエッケ、ゾルダート帝国に対してはヴェヒターミュンデ城という要害に籠って戦うことが多い。
このような戦いでは騎兵部隊に活躍の場は少なく、維持費用だけがかさむ。そのため、騎兵の需要はそれほどないのだ。
「軍馬ですか……」
あまり乗り気ではない。
その理由は理解している。
「売る先がないとお考えなのですね」
「おっしゃる通りです。リヒトロット皇国なら買い取ってくれるでしょうが、運び込むのに苦労します。武具ならばグリューン河を遡上できる小型の船でも数隻程度で済みますが、軍馬だとあまり多くは積み込めません。そうなると輸送コストが掛かるだけでなく、帝国の目を掻い潜るのも難しくなります」
それは私も想定していた。
「そうですね。ですので、グランツフート共和国に持ち込んではどうかと思ったのです。共和国なら、
「それはそうなのですが、共和国軍の予算的に百頭程度しか購入できないのではないかと」
その点はあまり考えていなかった。
グランツフート共和国もレヒト法国と戦争中だが、王国と異なり、平地での会戦になることが多い。そのため、騎兵を重視しているから、比較的安くすれば買ってくれると思っていたためだ。
手広く商売をやっているモーリス商会は共和国軍のことも詳しく、それで懸念を持ったのだ。
「では、こうしてはどうでしょうか? モーリス商会が軍馬を保有し、共和国軍に貸し出すのです。購入に比べて賃料は安いですから、借りられる数は飛躍的に増えます。それを使って騎兵を育てておけば、いざという時に騎兵不足で困るということはなくなります。このような契約なら、共和国軍も乗ってくるのではないかと思うのですが」
「確かにそう思いますが、もし戦争で使われて馬が失われたら、我が商会は大きな損失を被ることになります。それに人の手配も必要ですし、維持費も掛かります」
その懸念も理解できるが、私は楽観している。
「まず、法国が共和国に近い将来攻め込む可能性は低いと考えています。大きな政変でも起きなければ、最低五年は大人しくしているでしょう……」
今回のヴェストエッケの戦いで法国軍は大きな損害を受けた。共和国に攻め込む東方教会に属する聖竜騎士団は何ら損害を受けていないが、聖竜騎士団に資金を融通していた南方教会が大きな損失を被ったため、聖竜騎士団は動きたくても動けないのだ。
「それに戦いや訓練で馬を失ったり傷つけられたりした場合に、補償される仕組みにしておけば損失は防げます。維持費については、軍馬の所有権は商会にあるのですから、繁殖させて増やせば、初期費用は大きいですが、長期にわたって利益を得ることができます」
モーリスは唸りながら考えている。
「例えば、年間の賃料を購入時の五分の一に設定すれば、金利を一割と考えても八年ほどで回収できます。比較的若い軍馬を購入すれば、その世代だけでも回収は可能ですし、繁殖で得た馬を貸し出せば、更に利益が出ると思いますが」
牧場の整備費、維持のための人件費、飼料代、調教に掛かる費用などを考えると、単純ではないが、儲けが出ないわけではない。
通常の売却価格の半分以下で購入すれば、リース料を低く抑えつつ、資金の回収もできる。
共和国軍としては購入するより、年間でみれば十分の一で済むから、百頭を購入する予算があるなら、一千頭を借りることができる。
それだけの数があれば、戦力としても心強いし、モーリス商会が数を確保してくれるなら、長期にわたって訓練ができ、大量の騎兵の育成が可能となる。
共和国軍の強化とグライフトゥルム王国の資金調達の観点でみれば、悪くない案だ。
「詳細は詰めなければなりませんが、面白そうな提案です。共和国軍との関係も強化できますし、前向きに検討させていただきます」
武具で儲けが出ることが確定しているので、多少のリスクは目を瞑ってくれるようだ。
「前向きに検討させていただきますが、恐らく一千頭を超えることはないと思います。まだ二千頭ほど余りますが、どうされるのでしょうか?」
三千頭全部を買えと言われると、武具の儲けが吹っ飛ぶため、確認してきたのだろう。
「一応考えてありますから、モーリスさんに迷惑をお掛けするようなことにはならないと思います。ですので、購入できる分だけで問題ないですよ」
騎士団で使う分は分かっていたので、余ることは元々想定していた。
軍馬と捕虜の交換を提案したのは私であるため、使い道についていろいろと考えている。
その中の一つがグランツフート共和国に売るというものだったが、他にもないわけではない。
「お聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
自分のところに来ないと分かりホッとしたのか、興味本位で聞いてきたようだ。
「王国の貴族領騎士団に購入していただこうと思っています。特にマルクトホーフェン侯爵閣下には一千頭ほど購入していただこうと考えていますね」
「マルクトホーフェン侯爵家ですか! よろしいのですか?」
マルクトホーフェン侯爵家に軍馬を売るということは、戦力増強の手助けになる。そのことに驚いたようだ。
「ええ、構いません。侯爵閣下には王国のために戦っていただかなくてはなりませんし、既に七年前のフェアラート会戦での痛手からも脱しているでしょうから、資金的にも問題ないでしょうから」
私の説明に納得した様子がない。
「侯爵閣下に購入いただき、そのお金を王国騎士団の再編に使えばよいのです。第一、マルクトホーフェン騎士団が一千頭の軍馬を得ても戦力増強にはなりませんよ。フフフ……」
モーリスは理解できないという顔になる。
しかし、私は微笑むだけで説明はしなかった。
後日、グレーフェンベルク伯爵に面会し、そのことを説明した。
伯爵は私の話を聞き、モーリスも考えたであろう疑問を口にした。
「マルクトホーフェン騎士団が増強されれば、内戦の可能性が高くなるのではないか? 内戦にならずともマルクトホーフェン侯爵家の力が強くなれば、王国が不安定になることは避けようもないが」
「マルクトホーフェン騎士団は昔ながらの家ごとの編成です。侯爵家でも一千名ほどの兵士しかおらず、あとは配下の貴族や騎士が、領地に見合った兵を集めることで、五千という数にしているのです」
「その通りだが、それと騎兵が増えても戦力が増えない理由が分からんな」
「侯爵閣下が軍馬を購入したとして、配下に無償で渡すでしょうか? 恐らく各家に一定の割合で割り振り、購入費用分を請求するのではないかと思います。軍馬は相場の半額くらいで売却する予定ですが、騎士爵家に五頭も割り振られたら大変なことになります」
そこで伯爵は私の意図に気づいた。
「分かったぞ! 侯爵家と配下の貴族たちの間に楔を打ち込むというのだな!」
「おっしゃる通りです」
しかし、伯爵は何か思いついたのか、表情が曇る。
「だが、侯爵家が無償で分け与えたら意味がないのではないか? マルクトホーフェン侯爵家なら支払う能力はあるし、これを機にアラベラの暴走で失った求心力を回復しようと、配下の者たちにいい顔をしようとするのではないか?」
「それでも構いません。侯爵家によって軍馬が割り当てられたということは、将来にわたって維持し続けなければならなくなるのです。元々維持できる範囲でしか所持していなかったのですから、維持費に窮することは間違いありません」
「なるほど。しかし、侯爵は無能ではないぞ。そうなることが分かっていれば、軍馬など買わぬのではないか」
現侯爵のミヒャエルはまだ二十代前半と若いが、父ルドルフに劣らず抜け目がない。もちろんそのことは私も理解している。
「侯爵閣下を相手にしなければよいのです」
「侯爵を相手にしない……分からんな」
「軍馬は戦利品です。つまり宰相府の管轄となります。ですので、勅命として各貴族家に割り振れば、マルクトホーフェン侯爵閣下も無視できないでしょう」
私が考えたのは、今回も宰相クラース侯爵を利用することだ。
「ここでも宰相を利用するのか! 確かにあの男なら操るのは難しくないな」
「閣下にも協力していただきます。宰相閣下に対する貸しにしますので、それを上手く使い、騎士団の再編を有利に進めるようにしてください」
「一見利用価値がないものでも、見方を変えれば利用価値は生まれる。指揮官は先入観に囚われることなく、常に柔軟な発想で目的を達成する方法を考えること。教本にあった通りだな」
グレーフェンベルク伯爵の了解を得られたので作戦を開始した。
まず、エッフェンベルク伯爵に動いてもらった。宰相に対し、王国騎士団で使用する以外の軍馬をどうするのか、宰相に決めるよう圧力を掛けてもらった。
『王国騎士団では一千頭しか必要ないと聞いたが、余った馬はどうするおつもりか。行き先がないなら、我が騎士団でも購入したいのだが、マルクトホーフェン騎士団も欲していると聞いた。早い者勝ちでもよいが、王国を守護するために最善の方法を考えるべきではないか』
暗に“自分たちに回せ”と聞こえるように伝えてもらったが、宰相は『早急に検討する』とだけ答えたらしい。
更にモーリス商会に軍馬購入の話を持っていかせ、軍馬の需要が高いと誤認させた。そのため、マルクトホーフェン侯爵に多くの馬を割り振ることが最善だと思い始める。
止めに父リヒャルトを使い、あることを吹き込んだ。
『軍馬の割り振りで揉めると、宰相府が調整することになりますが、マルクトホーフェン侯爵とエッフェンベルク伯爵の間で調整するのは宰相閣下でなければ無理です。ですので、揉めないように勅命として、発布してしまってはどうでしょうか』
揉めた場合の面倒さを考え、宰相はすぐに父の提案に乗った。
更にグレーフェンベルク伯爵からメンゲヴァイン侯爵に偽情報を伝えてもらっている。
『このままではマルクトホーフェン侯爵がほとんどの軍馬を手に入れてしまう。宰相を止めなければ、大変なことになりますぞ』
メンゲヴァインはその言葉を聞き、宰相府に怒鳴り込んだらしい。
その際、宰相はのらりくらりとかわしたが、すぐにマルクトホーフェン侯爵派貴族を中心とした割り当てを決め、詔勅を発布した。
この間、僅か五日。当然王都にいないマルクトホーフェン侯爵に相談していない。
このことについて、グレーフェンベルク伯爵に報告にいった。
「見事なものだな。マルクトホーフェン侯爵派がほぼ独占したそうではないか。カルステン殿はわざわざ宰相のところに抗議に行ったと教えてくれたが、宰相は悔しがるカルステン殿に得意げな顔で王命に従えと言ったらしい。その話を聞いて腹がよじれるかと思うほど笑ってしまったぞ」
上機嫌で私の肩をバンバンと叩く。
「閣下にもマルクトホーフェン侯爵閣下に配慮しすぎているのではないかと嫌みを言いに行っていただきたいですね。それで譲歩を引き出せれば、更に効果的ですから」
「うむ。マルクトホーフェン侯爵が知る前にすべて終わらせるべきだな。すぐに動こう」
こうしてグレーフェンベルク伯爵は宰相府に乗り込み、王国軍改革で大きな譲歩を勝ち取ることに成功した。
今回の一連の謀略はマルクトホーフェン侯爵がいなかったからできたことだ。今後はこれほど上手くいかないと思っておいた方がいいだろう。
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