第9話「進路相談と模擬戦:後編」
統一暦一二〇三年十月五日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、騎士団本部。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
王国第二騎士団とノルトハウゼン騎士団との模擬戦が終わり、騎士団本部にやってきた。
今回の結果を騎士団長であるクリストフ・フォン・グレーフェンベルク伯爵に報告するためだ。
私と共にいるのはイリスだけでなく、審判として見届けていたカルステン・フォン・エッフェンベルク伯爵に加え、実際に模擬戦で戦ったカスパル・フォン・ノルトハウゼン伯爵とベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵、更にはノルトハウゼン騎士団で部隊長であったニコラス・フォン・バウマン男爵とハンス・フォン・ダイスラー男爵もいる。
私としては簡単な報告だけで終わらせるつもりだったが、バウマン男爵らが納得できないらしく、何が原因でこれほどの差になったのか説明するよう、ノルトハウゼン伯爵に頼まれてしまった。
二人の男爵は怒りを見せているわけではないが、困惑の表情を浮かべている。
何となく居心地の悪さを感じながら騎士団本部の会議室で待っていると、グレーフェンベルク伯爵がやってきた。
「結果は想定通りのようだな」
バウマン男爵らの様子を見て、グレーフェンベルク伯爵にも結果が分かったようだ。それでも見届け役のエッフェンベルク伯爵に説明を求める。
「カルステン殿、結果について報告を頼む」
エッフェンベルク伯爵は小さく頷くと、笑みを浮かべて報告を始めた。
「結果は、ノルトハウゼン騎士団側が全滅、第二騎士団側が戦死者二十、負傷者五十と、圧倒的な差で第二騎士団側の勝利となった。この結果については、カスパル殿を含め、ノルトハウゼン騎士団側も納得している。まさかこれほどの差が出るとは思わなかったよ」
伯爵の言う通り、まさに圧勝だった。
「マティアス君には最後に解説してもらうつもりだが、その前に当事者の感想を聞きたい。これは興味本位ではなく、今後の騎士団改革の参考にするためと考えてほしい」
グレーフェンベルク伯爵はそういうと、ノルトハウゼン伯爵に視線を向ける。
「カスパル殿は今回の敗因をどうお考えですかな」
同じ伯爵位にあるが、先日陞爵したばかりであることと、ノルトハウゼン伯爵の方が七歳年長であり軍歴も長いため、敬意を表して口調は丁寧だ。
「シャイデマンの打つ手が早すぎて、こちらが対応できなかったことが最大の敗因だろう。バウマンもダイスラーも今少し余裕があれば対応できたはずだが、その隙を与えなかったシャイデマンと第二騎士団の兵たちの方が上手だったということだな」
ノルトハウゼン伯爵の言葉に、バウマン男爵とダイスラー男爵が大きく頷いている。
「勝者であるシャイデマンはどうだ? 古巣のノルトハウゼン騎士団が相手で言いにくいだろうが、率直な意見を頼む」
シャイデマン男爵はその言葉に頷くと、主君であるノルトハウゼン伯爵に視線を向ける。
「バウマン殿を突出させ、騎兵を後方に送り込んで我が方の騎兵中隊を引きずり回し、更に数に劣る我が方の歩兵中隊を拘束、その上で、ダイスラー殿の部隊が重装備にものを言わせて弓兵中隊に接近して隊列を崩し、その隙を突いて歩兵中隊を殲滅する。盾となる歩兵を失った弓兵中隊をダイスラー殿の騎兵で殲滅した後、支援部隊を失った騎兵中隊が自然に撤退を選ぶように誘導する。お館様はそうお考えになられたのではありませんか」
「その通りだ。注意すべきは騎兵の突進力と弓兵の遠距離攻撃力。逆に弱点はこちらの突撃を受け止めるだけの歩兵がいないこと。ならば、一種の斜陣として時間差を付け、歩兵を混乱させた上で騎兵を引き離せれば、三つの部隊はバラバラになる。そうなれば、我が騎士団の高い防御力と兵の強さにものを言わせ、一つずつ潰していけばよい。そう考えたのだが、さすがは第二騎士団の参謀長だ。我が策は最初から見抜かれていたのだな」
ノルトハウゼン伯爵は敗れたのに上機嫌だった。
「見抜いたのは私ではありません。イリス殿です。彼女が突出するバウマン隊を見て、即座にそのことを進言してくれました。バウマン隊の騎兵が動く前に看破しておりましたから、弓兵中隊を左翼側に移動させることが間に合ったのです。今少し時間が掛かれば、騎兵五十騎に回り込まれ、これほど簡単には勝てなかったでしょう」
「ほう、イリス嬢が我が考えを読んだか。さすがは“千里眼”の妻になるだけのことはある」
そう言ってノルトハウゼン伯爵は感心し、イリスは照れたように顔を赤らめる。
「では、バウマンとダイスラーよ。諸君らはどの点が納得できぬのだ?」
グレーフェンベルク伯爵がそう尋ねると、髭面のバウマンが「はっ!」と言って頭を下げてから話し始める。
「お館様にもお伝えしておりますが、勝敗については
そこでどう伝えていいのかと悩むように言い淀む。
十秒ほど沈黙したまま口を開きそうになかったので、私が助け舟を出した。
「前線にいた者としては突然敵が現れたような感じを受けた。もしくは倍くらいの数に思えた。そうおっしゃりたいのではありませんか?」
私の言葉にバウマンとダイスラーが驚きながら頷く。
「ま、まさにその通り! 某は騎兵部隊を率いておりました。迂回する際に弓兵中隊が前方に向けて矢を放っているのを確認しております。いかに策を読んだとしても、前方を攻撃している状態で、一部ならともかく、弓兵中隊すべてが我が隊を射程に入れることは不可能。某はシャイデマン殿の後方に回り込めたと確信しておりました」
その言葉にダイスラー男爵も同意する。
「私も同じです。バウマン殿の歩兵部隊とそちらの歩兵中隊が戦闘に入ったことは見ておりました。我らは重装歩兵ゆえ、迅速に動くことは難しいですが、弓兵中隊に接近する前に歩兵中隊に遮られております。距離にして数十メートルとはいえ、同数の敵と切り結んでいた部隊が隊列を整えた状態で遮るなど不可能だと……」
ダイスラー男爵はどういっていいのか言葉に詰まるが、グレーフェンベルク伯爵はそれに頷いた。
「では、マティアス君。今の疑問に答えてやってくれるか。というより、私も聞きたい。シャイデマンがどのような手妻を使ったのかをな」
私はゆっくりと立ち上がり、「指揮官の思い込みを利用した策と言っていいでしょう」と言ってから説明を始めた。
「まず、バウマン男爵の騎兵部隊が迂回を始めた直後に、弓兵中隊であるフェルゲンハウアー隊はシャイデマン男爵の司令部と共に、二十メートルほど左翼側に移動していました」
そこで後方にいたダイスラー男爵が呟く。
「確かにバウマン殿の方に僅かに動いた気がする……あの時は騎兵中隊の動きに目を奪われて深く考えなかったが……」
「ダイスラー男爵のおっしゃる通り、騎兵中隊がバウマン男爵の騎兵部隊に対応するため、素早く動きました。それも慌てたような大きな動作で」
そこでエッフェンベルク伯爵が声を上げる。
「なるほど! ラザファムの騎兵に皆の視線を向けさせたのだな。後方に回り込もうとする騎兵に、予備の騎兵を当てることは常識だ。ラザファムの隊が動くと思っているところで、予想通りに動いてみせた。当然、意識はそこに向くから、他の小さな動きを見逃す可能性が出てくる。それを狙ったのだな」
伯爵の言葉にシャイデマン男爵が頷く。
「これもイリス殿の発案です。敵の騎兵は長弓の有効射程のギリギリ外を通過しようとするので、僅かでも動けば射程に入れられます。また、最初から最大射程と分かっていれば、熟練の弓兵ならその地点に矢を撃ち込むことは容易ですので、逆に狙いやすくなります」
シャイデマン男爵の説明に、バウマン男爵らが溜息を吐く。
「それは理解した。だが、イスターツの歩兵が増えたように感じたのはなぜなのだ? 私もあの場にいたが、まさにどこから出てきたのだと思ったのだが」
現場で指揮を執っていたノルトハウゼン伯爵が説明を求めてきた。
「バウマン男爵の歩兵部隊には、イスターツ隊長の歩兵二個小隊が対応していました。そして、残る一個小隊がダイスラー男爵の部隊に対応するよう動きました」
伯爵がその説明に異議を唱える。
「それはおかしい。あの時、我々を遮ったのは三十名しかいない小隊ということはあり得ぬ。百近い数がいたはずだ」
「最初は二個小隊です。しかしながら、そのうちの一個小隊はフェルゲンハウアー隊の弓兵小隊でした。弓を下げながら歩兵小隊の後ろに回り、槍兵と誤認させるように動いたのです。更にバウマン隊が斉射を受けて混乱した隙に、一個小隊を横に移動させ、最終的には三個小隊分の兵がダイスラー殿の前に展開しました」
それでも納得した様子はなかった。
伯爵に代わり、ダイスラー男爵は憮然とした表情で否定する。
「初陣の若造なら分からないでもないが、これでも初陣から二十五年以上戦い続けている。弓兵と歩兵を見誤ることはあり得ぬ」
「歴戦であるがために見誤ったのです」
「どういうことかな?」
グレーフェンベルク伯爵がダイスラー男爵に代わって聞いてきた。
「ダイスラー男爵はバウマン男爵隊と戦っていたイスターツ隊が、目の前の敵を無視して横に動くはずがないと思い込まれた。これまでの戦いでそのようなことがなかったためです」
「確かにそうだが……」
困惑した表情のダイスラー男爵が呟く。
「しかし、第二騎士団側は命令を受け、即座に所定の位置に動くことができます。そしてあの時、バウマン男爵の歩兵はフェルゲンハウアー隊の至近距離からの攻撃を受け、完全に動きを止めていましたので、それは充分に可能でした」
ノルトハウゼン伯爵たちは私が何を言いたいのか分からず、困惑した表情を浮かべていた。そのため、詳細な説明を付け加える。
「動けるはずがないと思い込んでいるところに、突然、イスターツ隊の歩兵が現れました。その結果、混乱し、紛れていた弓兵を誤認した。更に一個小隊が加わったため、戦力的には充分であり、最後までイスターツ隊すべてがいるように錯覚したのではないかと思います」
ノルトハウゼン伯爵は小さく首を横に振る。
「確かに思い込みはあったし、驚きは大きかった。それは理解したが、イスターツにあの状況でその判断ができたというのか? もしバウマン隊が前方の混乱を無視して突撃したら、数に劣るイスターツ隊は突破されただろう。そうなれば、全軍が崩壊することすらあり得たのだが」
「あの時、前線にいる者は中隊長を含め、命令に従っただけです。後方にいらっしゃったシャイデマン男爵が的確に見抜き、音を使って命令を伝えました。その命令は兵たちも理解していますから、一個小隊を右翼へという合図を聞き、イスターツ隊長が右翼側にいた第二小隊に命令したため、即座に動けたのです」
「兵たちが命令の合図を理解しているだと……すべての合図を理解しておるということですかな」
ダイスラー男爵が私に聞いてきた。
「すべてというわけではありませんが、パターンは分かっていますので、事前の説明さえしっかりとしておけば、今回のような模擬戦で失敗するようなことはほとんどありません。但し、実戦ではこれほど完璧に命令通りに動けるわけではありませんから、注意は必要ですが」
二人の男爵は呆然とした表情を浮かべている。
「バウマン、ダイスラー。我らが第二騎士団に及ばなかったことは事実。我が騎士団を再び王国一の精鋭と呼ばれるようにするため、改革を実行するぞ。よいな」
ノルトハウゼン伯爵が力強くそういうと、二人の男爵は「「はっ!」」と同時に答えた。
ノルトハウゼン騎士団は指揮官級の騎士を三十名ほど、第二騎士団に送り込むことに決めた。また、発端となったヴィルヘルムの第二騎士団入りに対して反対する意見は完全にいなくなった。
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