第2話「論功行賞」

 統一暦一二〇三年九月二十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、王宮内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ


 帰還から四日後、今私はイリスと共に王宮の謁見の間にいる。

 私の前には第二騎士団長のクリストフ・フォン・グレーフェンベルク子爵や参謀長のベルトホルト・フォン・シャイデマン男爵らが正装に身を包んで立っていた。


 これから国王主催の戦勝式典が行われるのだ。

 私とイリスもこの場にいる。しかし、騎士団側の出席者としてではなく、貴族の一人として参加しているに過ぎない。


 これは私が望んだためだ。

 ヴェストエッケを出発した後、グレーフェンベルク子爵が褒賞の話をしてきたので、騎士団の一員として受けることはできないと伝えた。その際、子爵は驚きと共に憤りを見せた。


「信賞必罰は軍の拠って立つところ。これは君が作った教本に書いてあることだぞ」


「私は軍人ではなく、王立学院の一教員に過ぎません。今回のことも研究の一環として同行しただけで、私が賞される根拠がありません」


「それは建前に過ぎん。第一君がいなければ苦戦したことは間違いないのだ。いや、敗北すら十分にあり得た。褒賞を受けて当然だと私は思うがな」


 憮然とした表情でそう言ってきた。

 横にいたイリスも同じように憤り感じているようで、大きく頷いている。


「それに目立たない方が、私にとって都合がよいのです」


「なぜだ? 帝国や法国が暗殺者でも送り込んでくるとでも思っているのか?」


「暗殺者なら闇の監視者シャッテンヴァッヘの護衛がいますから、それほど危険視はしていません。それよりも私と叡智の守護者ヴァイスヴァッヘ闇の監視者シャッテンヴァッヘとの関係を知られる方が厄介です。今後の諜報活動に支障が出ますので」


 私が叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの情報分析室を通じ、闇の監視者シャッテンヴァッヘを使って、様々な諜報活動を行っているということを知られることが最大の懸念だ。


 私が諜報関係の元締めだとバレると、シャッテンだけでなく、協力関係にあるモーリス商会も動きづらくなる。

 また、私自身は守られているが、父や母、姉や弟など家族を常に守ることは難しい。


 そのことを伝えると、子爵は腕を組んで考え込む。そして、渋々という感じで私の考えに賛同した。


「君が危険視しているなら、そうなのだろう。だが、我が騎士団の兵たちは君のことを口にしている。今更緘口令も敷けぬが、その点はどう考えるのだ?」


 子爵の懸念は理解できる。


「兵士の噂はそのままでもいいでしょう。王国政府が正式に褒賞を与えなければ、戦場での与太話の一つと思ってもらえるでしょうから」


 危険なのは王国が正式に私の功績を認めることだ。

 兵士の間の噂を知ったとしても、王国が認めなければ、闇の監視者シャッテンヴァッヘやモーリス商会を使って否定的な噂を流すことで鎮静化でき、有耶無耶にできる。


 しかし、王国が正式に私の功績を称えれば、マティアス・フォン・ラウシェンバッハという名が一気に広まることになる。そして、私が軍人ではなく、王立学院の教員に過ぎないと知られれば、更に興味を引くことになるだろう。


 結局、子爵は私の提案を受け入れ、更に兵士たちにも私が危険になるからと説明し、あまり騒がないようにと説得したらしい。



 式典は国王フォルクマーク十世が入場して始まった。

 宮廷書記官長であるオットー・フォン・メンゲヴァイン侯爵が国王の前に立ち、王国軍の勝利を、美辞麗句をふんだんに使って説明していく。


 その空虚な言葉を聞き流しながら、出席者たちを見ていた。

 国王は以前より更にやる気がないように見え、王国の危機が去ったことにも無関心そうだ。


 宰相であるテーオバルト・フォン・クラース侯爵は笑みを湛えているが、心の内は複雑なのだろうと想像できた。


 マルクトホーフェン侯爵派であるクラース侯爵は反侯爵派の筆頭ともいえるグレーフェンベルク子爵が功績を挙げることは認めたくない。しかし、王国が大きな損害を受けることなく、レヒト法国を撃退したことは彼にとっても好ましい事態であり、複雑な思いをしているはずだ。


 他にも侯爵派と目されている面々は国王がいる手前、笑みを浮かべているが、その笑みは明らかに作られたものだ。


 その一方、ノルトハウゼン伯爵のような反侯爵派は、グレーフェンベルク子爵の成功を心から喜んでいる。


 五分にも及ぶメンゲヴァインの話が終わり、国王が玉座から立ち上がった。


「グレーフェンベルクよ。王国の危機をよく回避してくれた。礼を申すぞ」


 抑揚のない声で子爵に言葉を掛ける。子爵は「ありがたき幸せ」とだけ答える。

 国王の言葉が終わると、再びメンゲヴァインが前に出てきた。


「では、これより論功行賞を行う。勲功第一位はグレーフェンベルク子爵クリストフ。前へ」


 白を基調とした煌びやかな正装に身を包んだ子爵が、前に出て片膝を突く。


「万全の体制で攻め込んできた三万・・にも及ぶ優勢な敵に対し、騎士団の先頭に立ち、策を講じて半数以上を討ち取り、法国の野望を打ち砕いたこと、真に見事である。その功績を称え、鷲獅子十字勲章を与えると共に、伯爵に陞爵する」


 その内容に会場がどよめく。

 鷲獅子十字勲章はグライフトゥルム王国で最も権威のある勲章だ。守備兵団のハインツ・ハラルド・ジーゲル将軍ですら受勲しておらず、ここ数十年授与された者はいない。


 また、伯爵に陞爵することも声が上がった理由だろう。

 伯爵と子爵では一つしか階位は違わないが、上級貴族と下級貴族という区分が変わる。子爵では大臣級のポストに就けないが、これで宰相にすらなれる権利を得たことになる。


 ちなみに法国軍は約二万二千人であり、三万は明らかに誇張だが、こういった場では二倍くらいには水増しするので、今回は控えめと言っていい。


 宮廷書記官長の言葉を受け、グレーフェンベルク伯爵は頭を下げる。


「陛下のご厚情に感謝いたします。今後も陛下のため、王国のために、我が身を捧げる所存にございます」


 それだけ言うと、立ち上がった。

 ゆっくりとした動きで国王が勲章を、伯爵の胸に着ける。

 そこで大きな拍手が沸き起こった。


 その後、エッフェンベルク伯爵やシャイデマン男爵らが表彰されていく。

 そして、ラザファム、ハルトムート、ユリウスの三人の名が呼ばれた。


「ユリウス・フェルゲンハウアー! ラザファム・フォン・エッフェンベルク! ハルトムート・イスターツ!」


 三人が前に進み、国王の前で片膝を突いて頭を下げる。


「フェルゲンハウアーよ。法国軍赤鳳騎士団団長プロイスを討ち取ったこと、見事である! 白銀十字勲章を授与するとともに、騎士爵の爵位を与えるものとする。以後も陛下の御ために尽くせ」


 ユリウスが勲章を受け取ると、拍手が起きる。

 白銀十字勲章は比較的一般的な勲章だが、配属半年程度の若手が受勲することは稀だ。


 ラザファムとハルトムートも功績を称えられ、それぞれ白銀十字勲章を授与した。しかし、ハルトムートには騎士爵位は与えられなかった。


 ユリウスとの功績の差を見れば妥当なところだが、ユリウスがフェルゲンハウアー騎士爵家の三男であるのに対し、ハルトムートは完全な平民だ。その差が出たとも言えなくもない。但し、ハルトムートが国王から直接勲章を授与されたことは奇跡と言っていい。


 これまで平民は学院兵学部を優秀な成績で卒業し、功績を挙げても評価されることは稀だった。これは賞罰の決定権を持つ騎士団長たちが上級貴族であることが多く、平民を差別的に扱っていたためだ。


 今回はグレーフェンベルク伯爵が団長であったため、公正な評価が行われた。聞いた話ではこの受勲に貴族至上主義のメンゲヴァインが反対したが、政敵であるクラース宰相が嫌がらせのために賛成に回ったため、受勲できたらしい。


 ハルトムートには言っていないが、マルクトホーフェン侯爵派の宰相が賛成したと聞けば嫌な顔をしそうだと思っている。


 論功行賞が終わると、第二騎士団とエッフェンベルク騎士団による戦勝パレードが行われる。


 ラザファムたちはその準備のため、急ぎ王宮を出て西地区にある騎士団本部に向かった。

 私とイリスは特にすることもないので、ゆっくりとした歩調で王宮を出ていく。


「でもやっぱり悔しいわ」


 銀色を基調とした優雅なドレスを身に纏ったイリスが口を尖らせている。

 普段あまり見られない姿につい見とれてしまう。


「ラザファムたちが正しく評価されたんだから、それでいいよ。それに君がそう言ってくれるだけで私にとっては充分だよ」


 そう言って彼女に向かって微笑んだ。

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